第3話 【冒険者育成学校の退学 3 】
「……これは?」
戻ってきた婆さんに木刀を渡された俺は、疑問に思い思わずそう口にしてしまう。
婆さんの先程の言葉からして、何か意味のあるものだろうが、本当にただの木刀にしか見えないのだ。
長さは標準的。見た目も少し焦げたような茶色をしており、いかにも木刀といえるだろう。実際に手に持ってみてわかったが、重量も少し重いぐらいといったところだ。
たがしかし、不思議と手に馴染むその感触には、俺も違和感、というか訝しみを覚えずにはいられなかった。
「うむ、これはのう。昔、お主の両親から預かったものなのじゃよ。カノンがもしも本気で強さを求める時が来たら、渡して欲しいと頼まれている。……そして、わしは今がその時と判断した」
「父さんと……母さんが……?」
婆さんの話を参考にすると、どうやらこれは両親のものだったらしい。俺が幼い頃に死に絶えた母や父の記憶は、俺の中に存在していない。ともあって、遺品なども存在していなかったので、母と父が所有していたらしい、この木刀にはどうしても思うところがあった。
だが、なぜ強さを求めた時にこの木刀を渡す話になるのかが分からない。
木刀など、そこら辺で売っているのだから。
「……カノン、お主はもっとポーカーフェイスを学んだ方が良いのではないか?先程もそうだったが……お主はいささか、考えてることが顔に出過ぎておる」
婆さんは渋い顔をして告げた。
どうやら、俺は感情が顔に出やすいらしい。婆さんのような長命種で、様々な経験を積んできた者からすれば心の中の声がダダ漏れであるのだとか。
つまり、今の俺の考えもお見通しという感じである。それを聞いて、今度は俺が渋い表情をする番となった。
「ははは。そんなことよりその木刀について教えてよ」
俺は笑って誤魔化し、露骨に話をそらす。
そんな俺の様子を見て、見婆さんはどこか呆れ顔で話を続けた。
「まぁいい。それで、この木刀の話じゃったな。……かつて長きに渡り存在しておった世界樹ユグドラシルが自分自身から造り出したという一振りの木刀……それがこれじゃ」
「え。世界樹……ユグドラシルだって……?」
先程までの様子が一転。
俺は唖然としたまま、その場で固まった。
『世界樹ユグドラシル』
霊装神器と同じで恐らく、この名前を知らない者は存在しないのではないだろうか?
無知蒙昧な俺ですら知識として存在しているのだから、問答無用でそう思わせるほどに有名であろう。
その正体は、かつて、この世に存在し続け、様々な恵みをもたらし生命創造の母と呼ばれながら、この世界を支え続けたと言われている大樹である。
誰もが幼い時に読むであろう、おとぎ話などに登場している。伝説上の存在と言っても良いのだろう。
もちろん、俺が世界樹ユグドラシルのことを知っているのは、これを読んだ事があるためだ。
「せ、世界樹っておとぎ話の中の存在じゃないの!?」
「いいや。今はもう存在していないが、大昔、確かに世界樹は存在しておった」
「じゃ、じゃあ世界樹はおとぎ話の通りに……」
「いや、まんまその通りという訳では無い。話を盛り上げるためにところどころ嘘が混じっておるが……しかし世界樹が実際に存在していたというのは本当なのじゃ」
「へ、へぇ……。なんか、いけない事を聞いたような気がしないでもないけど……いや、まぁいいか」
確認するが、婆さんは頷くだけである。
どうやらおとぎ話ではなく、世界樹は確かに存在していたらしい。嘘ではなく、真実で。
婆さんと俺の信頼関係を、舐めてもらってら困る。嘘をついているかいないかぐらいは、表情を読むことが出来ない俺ですらもわかるのだから。
「で、でもなんでそんなものをうちの両親が持っていたのさ?」
そう、そこが疑問だ。
少なくとも、俺の家は重鎮でも王族でもない。というか、こんな水簿らしい上級貴族がいてたまるか。
自慢ではないが、俺は平凡平均が詰まった存在だ。
そんな中。そのように大きく価値のありそうな物を、なぜ俺の両親は持っていたのだろうか。
「それは家系が関係しておってな。はるか昔になるが、お主の先祖は代々世界樹の
「守人……?」
「うむ、世界樹に危険が及ばないように、身を呈して護衛をする役職のことじゃ。……名誉なのじゃよぉ?そこには、特殊な血が関係しておるでな」
「へ、へぇ……そうなんだ」
その言葉に、俺は頭を痛くする。
まさか、俺の先祖がそんなことをしていたとは。
「世界樹はかつて永き時を生きていたが、生きている以上、いつかは死ぬ。しかし死ぬ前に世界樹は、自身の生きた証としてこの木刀を自身から創り出し、それを守人の家系に代々受け継がせたというわけじゃ」
守り人の家系……今は、つまりは俺の事か。
ということはつまり、俺の家の家宝に似た存在であるのだろうこの木刀は。
まぁ、全く特殊感を感じることは出来ないが。本当に、そこいらで売ってる木刀にしか見えないのである。
「……うん。色々と信じられないけど婆さんの話はわかったよ。でも、これを俺に渡してどうするのさ。確かに希少な物なんだろうけど、こんなもの俺に渡されても」
婆さんの話はとりあえず理解したが、この木刀を渡されたところでどうすれば良いのか分からない。
両親が、俺にこのタイミングで渡すように婆さんへ伝えた意図が全く見えないのだ。まさか、俺に木刀すら買うお金がないとでも思っていたのだろうか。
って。……いや、さすがにそれないか。
「本当に良いのか?お主がそれを使えば、大きな力を手に入れることが出来るのじゃぞ?」
──なっ。どういうことだ?力を……これで?
「そうじゃ……いや、そんな顔をするな。安心せぇい、その事についても今から説明しよう」
そう言うと婆さんはよっこらせ、と言いながら椅子に座り、その説明について話し始める。
実年齢はともかく、見た目は完全に幼女であるので、その無駄に年寄り臭い行動には違和感しかない。
「霊装神器を持つものに、持たないものは勝つことができないと言われておる。……それは、普通の武器では霊装神器と撃ち合うことが出来ず、使用者を狙おうにも身体能力に大きすぎる差があるせいで、かすり傷すらおわせることが出来ないからじゃ」
「……うん。その通りだね」
──そう。それが、俺がどんなに努力をしても埋めることの出来なかった、才能の差というものだ。
「だがしかし。そこで、これじゃ。この木刀は先程、世界樹から造られたと言ったが……それはつまり世界樹の『特性』を幾つも引き継いでおるということなのじゃ。……そして、それを使いこなせば才能がなくとも
その言葉を聞いて、俺は大きく目を見開いた。
霊装神器よりも遥かに大きな力。それはつまり、霊装神器持ちが相手でも勝てる可能性は大いにある……と言うことなのか?
少々都合が良すぎる気もするが……ずっと俺が求め続けたものが今まさに目の前にある、そう思うと一気に興奮状態となり心臓の鼓動が早まった。
欲しい……欲しい。何を引き換えにしても……。
思わずそう焦ってしまうが、よくよく考えれば、既にこの木刀は俺の所有物であるということを思い出した。
「さて、では肝心の特性じゃが……。世界樹から受け継がれた特性は幾つもあるが、今のお主自身の力を高めるために使うのは2つ……『不滅』と『活性』じゃ」
そうして、婆さんからの説明を受ける。
まずは『不滅』から。まぁ、その名の通りの効果だ。
簡単に言うと、壊れないと言うことらしい。
この木刀には不滅属性が付与されており、壊れず砕けず劣化しない。手入れの必要も無いのだとか。
──いや。何気なく一言で簡単に説明されたが、これはとんでもない能力である。
この特性があれば、存在値の格を無視して、至高の道具である、霊装神器と撃ち合うことが出来るようになるのだから。もちろん、実践には使用者の技量が伴われるだろうが、しかし能力だけでいえば最高峰であろう。
一般的には霊装神器に対抗するには、霊装神器しかないと思われているが、その常識を根底から簡単に覆すことが出来る能力である。
「これだけでも十分、凄いのに……」
そして残る特性である、『活性』もとんでもないものであった。
だがしかし、言い表すのは簡単だ。『活性』の効果は大きく言えば、身体機能の大幅な活性化なのである。
大幅な身体機能強化……いや確かに強力な能力であろう。実際、大幅に身体能力が強化されれば、今まで満足に戦えなかった相手とも、戦える。だがしかし、婆さんはこの能力の本当の強みは、別にあると言う。
どうやら『活性』の本当の強みは、数ある身体機能の中でも、自己回復速度・能力の大幅な強化にあるようだ。
俺は初耳だったが、人間の体とは不思議なもので、大きな負荷がかかると、次はその負荷に耐えることのできるように肉体が作り直されるらしい。
そして、治癒が終わると同時に、その強化が済まされるのだとか。それにより、強引に、永久的な超回復を促すことが出来るという。
──そしてこれは『活性』と、とても相性が良い。
普通なら完治には数日、数週間とかかる怪我や蓄積された疲労でも、回復力と回復率が大幅に強化されているので、早ければ数十分程度で完治が完了する。
なら、それを繰り返していくと……どうなるか。
つまり、『活性』と人間の持つ治癒特性、この2つを組み合わすと通常に鍛錬するよりも何十倍、何百倍もの速度で身体能力を底上げすることが可能となるのだ。
「これは今現在、お主でしか使うことは出来ない。カノンの血液の中に、代々受け継がれてきた、特殊な魔力が入り交じっておるからじゃな。……だが、選択するのはお主自身じゃ。強くなる……口で言うのは簡単じゃが、実際にやるとなると、これまでお主が行ってきた修行など天国と思えるほどに厳しいものとなるだろう。だがそのうえでわしは再度問う。……どうする、カノン?」
「…………」
婆さんが、俺を覗き込むように問いかける。
俺は言葉を発せずに沈黙を貫いたままだ。婆さんの様子は、どこか俺に答えを期待しているような節がある。そして矛盾するようだが、俺の身を案じているような柔らかな種類の類のものも。
婆さんが言う修行。……たしかに、そうだろう。
俺のような平凡な才しか持たない者が、本気で強くなろうとすれば、それ生半可な努力ではすまない。文字通り、血反吐を吐くぐらいはしなければ。
その過酷さと、辛さは、想像しただけでも思わず身震いしてしまうほどだ────が、その2つの特性の説明を聞いた時、俺の中で何かが動いた。……否、外れた。
「……夢を見ても、良いのかなぁ……」
俺の脳裏で、今までの努力の日々が思い出される。
圧倒的に才能がなく、どれだけ頑張っても結果は着いて来なかった。無能と呼ばれ、みんなからは蔑まれる日々。それでも見返そうと何とか今までやってきたが、しかしそれでもやはり意味は無かった。
──だが、諦めの悪さとタフネスぐらいしか取り柄のない俺らしくない。いつの間にか、弱気になっていた。
そのことから、才能のない俺には強くなることなど出来はしない、いつの間にか思っていたが、……しかし、もう違う。
この木刀があれば、こんな俺でも強くなることが出来る。
これまで俺の事を、散々馬鹿にしてきたヤツらを見返すことが出来る。立場を、逆転させることが……。
──そして何より、大切なものを守れる力が手に入る。
「──っぅ──っ!?!?!?」
そう思うと、自然と涙が溢れ出る。俺の今までの努力が初めて、報われたような気がしたのだ、
もちろん今までの話は全て、俺が死ぬほどの努力をし、この木刀を使いこなせるようになることが前提の話である。
今までのものとは比べ物にならない程の努力を、だ。
……しかし、それがなんだ。俺は強くなるためならどんなことだってする。どれだけ辛くても、弱音など絶対に吐かない。ボロ雑巾のように身体がぐちゃぐちゃになって強烈な痛みが襲ってこようとも、歯を食いしばって耐えて見せよう。
そう思うと、不思議と恐怖や辛さを想像させることは無かった。そう。俺なら……出来る!!
「……婆さん、その話はホントなんだよね」
「うむ」
「……こんな俺でも強くなれるんだよね」
「うむ」
「……はは。……今の婆さんは、まるで女神のように見えるなぁ。思わず、お祈りしちゃうよ」
「うむ……う、うむ?」
婆さんは俺の問いに全て簡潔に返事を返してくる。
最後に少しジョークを混じえてしまったが、婆さんは少し戸惑っただけで、いつもの雰囲気を纏わせていた。
俺は天(天井)を仰ぎながら、涙を拭き取り、拳を力強く握りしめた。……最初から、答えは決まっていた。
「……なら、やるよ。これを使いこなして、俺は最弱から最強へと成り上がってみせる。……そして証明してやるんだ、俺は無能なんかじゃないってことを」
俺はそう決意しながら、持っていた木刀を強く握り締める。婆さんは一瞬だけ儚げな表情を見せたが、直ぐに顔をゆがめ直し……柔らかく、微笑んだ。
それはまるで、聖母のようで……。本心から、俺のその選択を喜んでいるという事が伝わってくる。
「なら、やるのじゃ。今日から、わしがカノンの先生となってやる。覚悟を決めろ、鍛えてやるのじゃ」
「そ、そうかい。ちょっと不安があるけど……いや、お願いします。……せ、先生?」
「……ぷっ、ははは。カノンにそんな呼ばれ方をする日が来るなんてのぅ。くすぐったいのじゃ」
「……笑うことないだろ」
「いやいや……いつも通りの呼び方で良い。……そして、また顔に出てるぞ?『修行って……婆さんって強いのか?』とか、そんなことを考えておるなぁ?」
「ぐっ。いやだって、見た目完全に幼女じゃん?」
図星を突かれた俺は、開き直った。
そして、俺は失言に気がつく。
「──い、いや今のはなんというか……」
「ほぉぉぅう?よう分かった。ぶっ殺す、なのじゃ」
「ごめんなさいっ!!」
そうして俺は、婆さんに全力で謝ったのだった。
そんなこんなで今日という一日は、あっという間に過ぎ去っていき……気づけば、明日を迎える。
このようにして俺の、最強へと至るための、真なる修行の日々が始まったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます