第4話 【冒険者ギルド登録と空撃の魔女 1 】
「ふー……」
俺は緊張から、大きく吐息を吐き出す。
そしてそのまま、手に握る木刀を構えた。
既に身体の至る所を温めほぐし終わっており、いつでも俊敏に突撃をかけられるだろう。突撃……と言ったのは、これが鍛錬ではなく、模擬戦であるからだ。
「そない緊張することは無いぞい?──いやというか、過度な緊張を抑えることが出来て、初めて一流なのじゃろう。適度な興奮状態緊張状態は心身ともに、ベストコンディションへと昇華させる。だがのぉぅ……今のお主は、肉体的にはともかく精神的にはガッチガチじゃ」
「……無理難題言うなぁ。貴方から教わったのは、肉体にまつわることだけなんだからさ。精神的……とか、そんな事言われても知らないよ……」
「ほほほ。男の子なのじゃから、根性で頑張るのじゃ」
「だから、バカ言わないでって……」
今、俺が立ち会おうとしているのは、俺の親代わりとなってくれ、なおかつ俺の師匠とも言える存在だった。
美しい金髪を流すように持つ少女……ユーリの婆さんである。
そんな婆さんだが、俺が構えたのを見ると手に持つ剣を俺と同じように構えた。それと同時に、不敵に笑みを浮かべながら話しかけてくる。おそらくは、今言ったように、俺の精神的に緊張している心を、ほぐそうという魂胆なのであろう。
だがしかしこれが返って、逆効果であるのだが。
俺は、これまでの修行の成果を見せるために最終試験という名目の下、立ち会いを行おうとしているのだ。
「しかし、こうして改めて見ると……やはり大きくなってのぅ。立派な男の身体じゃ。──どうじゃ?わしの婿にでもならんかえ?」
「ははは。冗談きついよ婆さん。お断りします」
「むぅ……振られてしまったのじゃ」
時間が過ぎるというのはとても速いもので、あの日……俺が婆さんからこの木刀を受け取ってから、既に3年が経過している。
いや、速かったなんてものでは無い。
もはや今気づいたら3年経っていた、というレベルである。冒険者育成学校では、2年の日々を過ごしたがそれと比べてとても時間が早くすぎたように感じた。
もちろんそれは完全なる錯覚だが。しかし、それほど濃厚で、刺激的な日々を過ごしたということだろう。
今までは味わうことの出来なかった、自分がどんどん強くなっていく感覚はとても甘美なものだった。
ありとあらゆるものを吸収し、自身の力の糧にした時に覚える喜びは、一種の麻薬のようなものなのである。
(天高く聳え立つ世界樹が如く、何事にも揺るがず、威風堂々。……全てを魅せる、威を放つ)
脳裏に、今日までの修行の日々が思い出される。
全ては、平凡が最強に化けるための努力。意味が無いとは、誰にも言わせない。
……しかし、実際問題、俺はどのぐらい強くなっているのだろうか、などとそんなことを考えた。婆さんは何度も立ち会いを行ってきたが、しかし決して、今から行う類の立ち会いでは無いのだ。
初めての経験故に、戸惑う。もし、婆さんを満足させることが出来なければ、どうしよう。卒業させることが出来ないと思われたら、どうしよう……と。
その焦りが、余計に俺の心に負担をかけたが。
「いや……馬鹿か俺は。合格したいなら、自分でコンディションを崩してどうする。……俺らしく、やれば良いんだ。ただひたすら────全力で」
俺はそれに呑まれそうになったがこの3年間で培ってきた強い精神をもって、それを抑えた。
……やってみれば、意外と簡単だった。
元々持っていた図太さとタフネスに加えて、これまでの修行の副産物として、忍耐力やその他もろもろ精神的補正がかかっているのだ。
自分の精神状態をコントロールするぐらい……これまで何度もやってきたのだから、出来ない道理は無い。
僅かな揺れも波紋も無く……俺の心は沈黙する。
「じゃ……行くね」
「うむ。来ると良い」
そうして、立ち会いが始まろうとする。
次の瞬間──
「────ッ!!」
限界まで目を見開き、婆さんの一挙一動を見逃さないように注視した。わずかでも不自然な動きをしようものならば、そこに付け入ろう──と。
「…………ふむ、来ないのか?」
だが、婆さんに動く気配はない。何かを狙うような、獰猛な笑みを浮かべたままであった。なるほど……どうやら、先手を俺に譲ってくれるらしい。
(ならっ……)
攻めて、攻めて、攻めまくろう。そうして……婆さんから初めての一勝をもぎ取ってやる。
──開始の合図は、俺の発した掛け声だった。
「はああああぁぁぁぁっ──ッ!!」
「──来るか!」
──刹那。そうして俺は鍛え上げた脚力をもって、一瞬で十数メートルもの距離を、一足で踏破した。
◇ ◇ ◇
俺はこの3年間、自分で言うのもなんだがとてつもない努力をしてきたと思う。木刀を受け取ってから、修行に勤しむと決めた一日目から、地獄であった。
覚悟はしていた……していたのだが、しかし遥かにハードな内容であった為に、何度も諦めてしまいそうになったことを覚えている。片手では、数えられないほどに。
何千回と肉離れや骨折は当たり前。筋肉繊維がねじれたり、傷口に剣をぶっ刺されたり……とにかく、正気の沙汰とは思えないほどの経験を繰り返したのだ。
それは、今まで感じた痛みが赤子のそれになる程、想像を絶するものだった。糞尿を垂れ流し、体液で顔をぐちゃぐちゃに歪め……悲鳴を挙げなかった日など、僅かにもなかっただろう。
しかし俺は今こうして、現にこの場に立っている。それはつまり、俺は3年前の想いを糧にその全てを乗り越えたということなのだ。
我慢し、努力し、耐え続けたことで……いざ気がつくと、俺の肉体は3年前とは比べ物にならないほどの強さを手に入れていた。
これはただ開き直っているだけかもしれないが、今なら言える……俺を退学にしてくれてありがとう、と。
あの日、俺がこの村に帰ってこなかったら、この木刀との出会いはまだまだ後……もしくは、無かったかもしれないのだから。そんなこんなもあって、俺がそれについて……悲しいなどと思うことは、もう無いのだ。
「────フッ!!」
そして俺は鍛え上げられた腕力と脚力、技術と体幹をフルで総動員させて、初手として全開の袈裟斬りを放ったが……婆さんは難なくそれを自身の剣で防ぐ。
──だが、これは予想通りである。
この3年間で、婆さんの力量はだいたい把握しているのだ。今の一撃は、牽制のそれ。ダメージを与えることを目的としたものでは無かった。
初手を難なく防がれた俺は、そこから全力で木刀を後ろへと引き、小刻みに動きながら360度、あらゆる方向から斬撃を放ち続ける。
「ふむ。良い速さじゃのう……。全方位からの斬撃の嵐、撹乱の意味も込めておるのか。──やるのう」
「そうっ、かい……!?あまり意味は無いっ……ようだけどっ!?」
「そりゃそうじゃろ。あんまり、わしを舐めるでない」
様々な軌道を描きながら、婆さん目掛けて斬撃のラッシュが繰り広げられた。──だが、当の婆さんといえば、それにあまり驚愕を示さずに冷静に判断するだけ。
……なんというか、婆さんは〝読み〟が深いのだ。どの角度で木刀が振るわれ、どのくらいの威力を保持しているのかを、即座に計算し観察する。
そしてそれを弾き、流し、いなせるだけの最低限の力を込めて、最小限の動きで迎撃しているのだ。いや。簡単に説明したが、そんな技、簡単には真似出来ない。
「──ぐっ!?」
「ほうっ……っ!!今のを躱すか!!」
俺が婆さんを撹乱するつもりが、彼女の独特な足運びとリズムによって、俺の方がいつの間にか、婆さんの攻撃しやすい立ち位置へと誘導させられていた。
──刹那、瞬時に放たれた刺突。だが、俺はそれを何とか捉え、僅かに頭を動かすことでギリギリ回避。
婆さんはかなり良い条件で放たれた一撃を躱されたことに、賞賛の言葉を口にしたが────正直、今の俺にそれを喜ぶだけの余裕は存在していない。
(危なぁ……。今の、もし避けられなかったら、顔面に剣がぶっささってたんげすけどぉ……。この人、まさか、俺を殺そうとか思ってんのか?)
一応建前的には模擬戦なので、今の、思わず冷や汗をかいてしまう一撃に、俺は内心で嫌味を言った。
婆さん結構、戦いが好きな節があるからなぁ……。どうせ、今のも無意識のうちに行われたものなんだろう。
「このままじゃっ、俺が不利────ならっ!!」
俺はこの3年間で、自身の身体に滲みつかせた動きで幾度も剣技を繰り出し始める。
我武者羅に体を動かし、婆さんを攻撃していくその姿は、まるで鬼神の如く。考えるよりも先に、肉体の動きと反応を同調させて要らない無駄をロスさせる。
そうすることで、僅かな攻撃動作でありえないほどの速度を生み出せるのだ。
「がああああああぁぁぁっ──ッ!!」
「ほう。ほうほうほうほうほう──」
婆さんを後方に、後ずさらせるほどに激しい怒涛の斬撃の嵐。腕を振るうと同時に、腰を逆方向にねじり、ステップを予め踏んでおくことで次の攻撃動作に繋げる。
婆さんは相変わらず片手に握る鉄剣だけで、木刀を幾度にも払っていくが────その度に、俺は弾かれた衝撃すら太刀に乗せ、身体を上手く回転させていく。
「ほうほう、ほ……う──ッ、まだ上がるのか!?」
身体を竜巻の如く無限回転させて、遠心力で木刀が振るわれる速度と威力が増していく。
──それは、留まるところを知らない。振るう度に地面に刀身が走り、暴風と衝撃で土泥、砂塵が巻き上げられていく。そんな視界も上手く確保できない中……婆さんは、あまりに速くなっていく太刀に驚愕を露にした。
婆さんは、速度と力を比べると力が優る。
そのことから俺は強力な一撃を放つよりも、手数で攻めてみようと考えていた。
身体を回転させながら攻撃を両立させることで、延伸力で威力が増し……理論上、俺の身体が耐えうる所までなら永久的に強化させる。そして、今の俺ならばおそらくは、数百の斬撃を連続して放つことが可能だ。
「今日こそは勝たせてもらうよ、小柄だから身軽と言っても、いくらなんでも限界はあるでしょ!?」
「……ッ!!──ほんに、成長したのぅ……」
連打連打連打!!初手とは比べ物にならない速さを手にした俺は、婆さん目掛けて一心不乱に、剣戟の応酬を始める。婆さんは少し複雑な表情で、それを防ぎ、躱し、いなしていくが……だんだんと苦しげに顔をゆがめ始め、ジリジリとさらに後ろへ押されていく。
そうして斬撃が互いに交差する中、刹那の応酬、俺は手数にして百五十六斬撃目にして、婆さんの頬に、僅かに木刀の切っ先を掠めた。
「──ッ!?」
(このままいけば……いける!)
避けきれなかったことが意外だったのだろう、婆さんは戦闘中にもかかわらず惚けたような表情をした。
手で拭えば、僅かながら血がその親指には付着している。ようやくながら初めて、俺が婆さんに与えられた傷であった。──かすり傷ではあるが。
そして俺はその隙を流さずに、前へ前へと推し進む。
俺目掛けて迫り来る鉄剣を、身体能力だけで強引に弾き、瞬足で間合いのうちに侵入した。
そしてそのまま一閃。比較的的が大きい、胴体目掛けて木刀が振るわれたが……。
しかし、俺が必殺の間合いに踏み込んだ次の瞬間、右頬に強烈な衝撃が走り、唐突な事ながら耐えきれるはずもなく、虚しく背後に吹き飛ばされてしまった。
(……な、何が起こった!?あのタイミングでは、婆さんの剣は間に合わないはずだが……ッ!!)
弾丸のように吹き飛ばされてる中、高速移動で目まぐるしく景色は移り変わるが、何とか婆さんに視線を向ける。そうして気づく。
彼女は足を持ち上げ、いつの間にか、その小さな足の裏をこちらに向けていた。その姿勢から推測されることは1つ。──蹴られたという事だ。
婆さんの剣に意識を傾け過ぎていたのが悪かった。その隙をつかれ、回し蹴りでも食らわされたのだろう。
(凄い。……今の蹴りの一撃。あまりのバネの完成度に、曲がるはずのない方向に足が曲がったのか……。そうしないと、あの体勢から俺の頬を蹴るなんて無理だ。いや……分かっちゃいたけど、強い……っ!)
圧倒的な強さに俺は内心で感心するが──俺も、素直に吹き飛ばされはしない。頬にはまだ、ジクジクとした痛みがあるが、しかし余裕で耐えることは出来る。
一直線に空気を切り裂き進みながらも、空中で身体を旋回しひねることで体勢を立て直し、地面に数メートル後ずさりながら勢いを殺して────着地した。
「……さすがに強すぎない?今のところ……いや、全く勝てるビジョンが浮かばないんだけど……」
「ふん。そういうお主も、なかなかやるではないか」
「婆さん程じゃないさ。……でも、腕がなくなっても俺は口で食らいつくよ。……それぐらいの気概で、今俺はこの戦いに、望んでる」
「…………昂るのぅ」
正直、めちゃくちゃ強い。
俺もこの3年でかなり強くなったと自負しているが、まだまだ婆さんには勝つ事は出来ないようだ。
身体能力だけではない、技術に経験、思考の運び方なども、今の俺では婆さんには遠く及ばないだろう。俺と婆さんの間には、それほどに隔絶した力の差が存在しているのだから。
しかし、この立ち会いの目的は勝利ではなく、あくまで成長を見せること。婆さんに認めさせることである。
別に、勝つ必要は無いのだ。本気で挑んで、それでもなお勝てないのならば仕方がない。実践じゃないのだからきっと、婆さんも認めてくれだろうから。
「今の攻防で、俺の剣技では婆さんを倒せないことが証明された。でも──」
「でも、なんじゃ?」
「やっぱり、俺にはこれしかないこれしかないからさ。通用しないと分かっても、俺は、俺の剣を突き通す!」
そのために俺は再度、婆さんへと斬りかかった。
先程と違うのは、一直線に突き抜ける突撃ではないというところだ。しなやかなバネで、大きく跳躍し、重力加速をつけた一撃を、婆さんにお見舞した。
だが──。
「ふむ、見えておるぞ」
「分かってるよ」
婆さんは鉄剣を掲げただけで、その一撃を難なく真正面から受け止める。木刀と鉄剣が衝突し、火花が飛び散るという、法則を無視する、ありえない現象が起きた。
「──チッ」
俺は婆さんの力を受け取り、体勢を立て直すようにして少しの距離を摂る。そして再度、必中の間合いまで忍び込み────袈裟斬り、切り上げ、横薙ぎなど様々な攻撃を繰り出した。
だが案の定、婆さんは先程と同じように、剣術と体術を織り交ぜて俺の攻撃を迎撃した。
ここで先と違うのは、婆さんが時織り混ぜ込んでくる蹴りや殴りを俺が躱している、という点だろう。さすがに、先程と同じミスを2度もするほど、俺は学習能力が無い訳では無いのだ。
「──フッ、ぜあっ──ッ!!」
「くふふふふ、いいのぅ楽しいぞカノン!!あぁ……今こそ、わしは生を実感出来ておる!!」
ギャギャギャギャギャリィィィィン、という剣と木刀で撃ち合っているとは到底思えない音が周囲に響く。
俺と婆さんの舞うように美しく、しかし何処かおぞましい斬り合いは、果てしなく永遠に続くかと思われた。
だが、至近距離での激しいやり合いをすること、しばらく……一見、互角のように見えたそれだが、直ぐにその均衡は崩れる。
「────ぐっ──あッ!?しま──」
──ついに、俺の限界が訪れたのだ。
能力的にでは無い、どこか身体が壊れたという訳でもない。ただただ、俺の後先考えない行動の、リスクが表に出てきたというだけである。
普段ならば悪手だと気づきそうなものだが、しかし戦闘で高揚している今の俺では全くそれに気づかなかった。
この激しい打ち合いの乱舞、呼吸する間も惜しいと、無呼吸で行ってきたツケがきた。
攻撃すればするほど、体内の酸素が消費されていき、段々と苦しくなる。そしてついに、我慢できず呼吸のために、一瞬だけ太刀筋が鈍ってしまったのだ。
しまった、不味い、と思った時にはもう遅い。
──当然、あの婆さんはそんな隙を見逃すはずもなく……手首の動きだけで、俺の手から木刀を弾き飛ばし、そのまま首元に剣先を突きつけた。
勝敗は、誰が見ても明らかだ。あと少し、切っ先が押し込まれれば、俺の喉をこの鉄剣が切り裂くのだろう。
「……俺の、負けだね。降参するよ」
そんなんこんなで、ここから逆転する手段が思いつかずお手上げといったふうに、戦闘態勢を解除した。
今日が最後だが、結局一度も勝てずに終わってしまった。勝敗は関係ないと、先程言ったが、しかしやはり1人の武人として、勝てずになかなか悔しさを感じた。
「……いやぁ、ほんに見違えるほどに強くなったのう。途中は何度もヒヤッとしたし、わしとここまで打ち合えるのはそう多くないのじゃ。誇って良いぞ」
婆さんからそんな褒め言葉を頂くが、結果が結果だけにあまり喜べない。
だがまぁ露骨に複雑な表情をするのもどうかと思うので、少しだけ苦笑しつつ、俺は弾かれた木刀を拾った。
そして、改めてこの木刀に視線を向ける。
紹介すると、銘は世界樹の木刀。様々な特性を持ち、俺が考えるに恐らくはこの世で最も強い武器である。
そう考えるのは当たり前だ。
才能がなく、無能と蔑まれていた俺に、強くなる道を示してくれた唯一無二の武器なのだから。
どこか思い出に浸るようにして、木刀に意識を傾けていた俺だったが、すぐに婆さんへと戻す。
「……いや、冗談抜きで、本当に強すぎるよ。目に見てわかるほど手加減してくれたじゃないか。……霊装神器だって、使ってないし」
そう。婆さんは霊装神器を保有しているにもかかわらず、それ無しで今まで相手をしてくれていた。
いくら強くなったと言っても、俺が婆さんにかなうはずがない。おそらく、霊装神器を用いれば、俺など一瞬で片手間で倒せるのだろうから。
わざわざ合わせてくれていたのである。悔しい……とは思わなくはないが、それよりも先に敵わないな、といういっそ清々しい気持ちが現れいでる。
「お主だって、世界樹の木刀の能力を使わず、さらには『秘剣』もなしにここまで儂と戦い続けたでは無いか。何でもありの勝負では負けるのは儂かもしれんのぅ」
「……まぁ、そうだね。勝敗については、あんまり変わらないと思うけど」
『秘剣』
それはこの3年間で俺が自ら生み出した、数ある剣技体の
ある一つの分野を奇才な技術と、我流の剣技で極め魅せる技が多いのが特徴だ。
今回の立ち会いでは使用を禁じられていたが、それを用いればもう少々良い勝負を織り成すことが出来たであろう。……まぁ、結果は変わらないだろうが。どうせボコボコにされるのがオチである。
「……で、どうかな。俺は合格?」
「うむ、当たり前だろう。文句なしじゃ。わしも久々に楽しませて貰ったのじゃ。礼……というにはなんじゃが、自由に外の世界を見て回ると良い」
「……そっか」
俺は安堵と同時に、喜びを噛み締めた。
「それでカノン、お主はこれからどうするつもりじゃ?……王都に戻るのかえ?」
立ち会いが完全に終了し、剣に布を巻き刀身を隠し終わった婆さんは、心底疑問にそう聞いてきた。
「……いや、少し掛かるけど俺はリングランド帝国に行こうと思ってる。そして、そこで冒険者としてやって行ければなぁ、なんてね」
リングランド帝国は、この王国に隣接している、世界全体で見ても、同じレベルの大国である。
いや、少し語弊があるか。同じなのはせいぜい領土の広さであり、技術水準や国内人口など様々な面で、この区によりも上であるのだから。
もちろん、冒険者のレベルもおそらくは帝国の方が高いのだろう。高質を誇っている帝国……最強になることを目標にしている俺としては、行かない手はない。
それに正直、王都には良い思い出がないのだ。
絶対に行きたくないとかは思わないが、どうせなら俺の事を知っている者がいない帝国で、何の基盤も無く、一からせこせこやって行きたかった。
「うむ。そうか……出発はいつじゃ?」
「今日は家の片付けやらなんやらしなきゃ行けないから……多分明日だね」
「そうかえ。……なら、今日の夜は卒業祝いも兼ねて豪勢にいくとするのじゃ。肉に酒……ほほい♪」
そう言って、自分の家に戻っていく婆さん。
正直、俺の祝いというよりも、ただ理由をつけて自分が豪勢したいだけだと思うのだけれど……。
でもまぁ、いいか。……と、それを見送った俺は、その場に立ち尽くしてしばらく考え込む。
なんだか、明日この村から出ていくと考えると、何処か感慨深い気持ちとなったのだ。
確かに、3年前とは違い、俺は強くなった。そこいらの人間に負けるとは思えないし、それに強者と部類される人種とも、ある程度は戦えるのだろう。
だが、それを試したことは無い。あくまで予測だ。
俺の今の技量が、あの名高い帝国でどの程度まで通じるのかとても気になった……がしかし同時に、かつて無能と呼ばれていた故、不安にも感じる。
(……いや、そんなことは考えるな)
だか、不安に感じたのもつかの間、俺は持っている木刀に視線を向けた。鈍い色だ……。美しくもなんともない、一般的な木刀の外見。
だがしかしそうすると、心が安らぎどこか安心した気持ちになる。確かに色合いもそうだが、おそらくはこの木刀が俺の半身とよべる存在だからだろう。
うーん。木刀を精神安定剤とする俺は、やはりおかしいのだろうか。いやまぁ、多分そうなんだろう。
(3年間、共に修行したからと言って、武器に相棒意識が芽生えるとはなぁ……)
と、俺は苦笑した。
(……もう大丈夫だ)
確かにまだ不安はあるが、こいつと一緒でさえあれば、たとえ相手が誰だろうと、必ず道を切り開けるはずだと、俺が初めて心の底からそう思った瞬間だった。
◇ ◇ ◇
そうして迎えた翌日、俺は婆さんと一緒に村の入口にいた。昨日の夜は羽目を外しすぎてしまい、疲れが少し残っている……が、軽いものだったので特に問題は無く行動することが出来た。
ちなみに婆さんについて、ありえないほどにベロベロに酔っ払っていたはずなのに……1晩寝ただけで、すっかり元通りになっているのだから、本当に不思議だ。
「本当に、体調は大丈夫なのかい?」
「うむ、わしにかかれば、アルコールなど秒で分解できるからのぅ……」
「……はは。冗談なのか、本気なのか分からないね」
ちなみに、帝国までは徒歩で移動するつもりだ。
馬車で移動することも考えたが、これから何が起こるか分からない以上、お金を無駄に使いたくなかったのだ。体力は自然と回復するけど、お金は増えないからね。こんな所でも、俺の貧乏性は発揮されていた。
すると婆さんは、俺がそう説明すると何かに気づいたかのように、いきなりポケットを漁り出した。
「帝国に行くならこれを使うとよい。あぁ、別に返さなくてよいぞ?大したものでもないしな。用済みになったら捨ててもらっても構わないのじゃ」
そう言って婆さんが渡してきたものは、この村から帝国までの最短ルートな書かれた地図であった。
それはとても有難いことなのだが、このような高価な物をなぜ持っているのかと疑問に思う。
地図というものは、基本的にとても希少なものだ。その辺り一帯の道のりや地形が丸わかりなので、この世界では色々と便利なのである。
それなのに、大したものでは無いと断言する婆さんに、俺は目を疑わずには居られなかった。捨てるなんてそんなことするはずがない、できるはずがない。
(……いや、そもそも婆さんって何者なんだろう?ちんちくりんな見た目からは想像できないほどめちゃくちゃ強いし、物知りだし、こんな高価なものまで持っているなんて……。物心ついた時から、ずっと一緒だったからなぁ……いやまぁ、何でも良いけどさ)
しかし、考えれば考えるほどその謎は深まる。
婆さんとは俺が幼い頃からの付き合いだが……あまり彼女の過去の経歴というものを、俺は知らない。大して気にならないからだ。
だがまぁ、弟子となってから1度だけ、本人に過去のことを聞いてみたりしたことがあったのだが、その時は上手くはぐらかされてしまったのだ。もしかしたら、昔は、婆さんは結構すごい人だったのかもしれない。
「カノン」
「ん?」
しかし、そんなことはすぐにどうでも良くなり、俺は婆さんと会話をし続ける。
「体調には気をつけるのじゃぞ」
「うん」
「何かあったらわしを頼れ。力になってやるのじゃ」
「うん、ありがとう」
その気遣いは、正直ありがたい。誰かが俺の味方であるという事実は、俺に行動力を与えてくれる。
それに、誰かから心配されるってことは嬉しいしな。
「そうか、なら──」
そうして話し続けること5分ほど。
時間的にも、これ以上の無駄話は出来ないだろう。余裕を持っても、そろそろ帝国に出発しておくのが良い。
そして、俺は忘れ物はないかと、自分の持ち物を今一度確認した。
持ち物と言っても世界樹の木刀、水と食料、ある程度の金銭などと言った最低限のものだけだが。
しかし、それら全てあることを確認した俺は「うんしょ」と言いながらリュックパックを背負い始める。
……これで出発準備は、全て整った。
まぁいざこうなるとなかなか寂しいものだ。学校を退学になって、久々に他者との温もりを獲得したのに、こうして自分から手放すというのは。別に二度と会えない訳では無いが、一人で行動するのには時間も空いたということもあり、若干の不安も感じる。
(いや、慣れるんだ。駄々を捏ねて、婆さんに、これ以上迷惑はかけられない……)
俺は、先程から心配そうに見つめる婆さんに向かって微笑み、今までの感謝の気持ちを込めてこう言った。
「行ってきます」
「…………うむ。──頑張るのじゃぞ」
くるり、と身軽に背後を振り向き、歩き出す。
こうして俺は、帝国へと向かって進み始めたのだった。
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