第24話 【大暴走と黄道十二星座 4 】

「じ、人為的……ですか?」


 俺はギルドマスターの話を聞いて、そう返した。


「うん、そうだよ。恐らくは……と言ったけど、ほとんど百パーセントだと思ってくれて構わない」


 そう言ってくるが、『大暴走スタンピード』というものはどうやら普通、自然的に発生するものらしい。


 それなのに人為的とはどういうことだろうか。


「……先程のギルドマスターの話から『大暴走スタンピード』の発生条件はほとんどわかっていないように聞こえます。……それなのに人為的に引き起こすって……どうやって大量の魔物を凶暴化・暴走化させてるんでしょうか?」


 普通……原因がわかっていないのだから、それを人為的に引き起こすことはできないだろう。


 なので俺がそう聞いてみると、ギルドマスターは待ってました、と言わんばかりの様子で返答してきた。


「そうだね、カノン君の言っていることは最もだ。……でもね、君は一つの可能性を見落としている。そして、今回の答えはそれなのさ」


 俺が可能性を見落としている……か。


 俺はそう指摘され、考え始める。


 魔物を凶暴化させることが出来るナニカ……。


(あ……っ!!)


 そして、考え始めて数十秒もした時、俺は一つの答えを思いついた。


「まさか……」


「うん、その通りだよ。そう、霊装神器さ。この世の理を書き換えるほどの力の結晶である霊装神器……。その者の正体は分からないけど、恐らくはその力で魔物を凶暴化させたり支配したりしているんだろうね」


 俺は才能の問題で霊装神器を発現させることが出来ないので、そもそも霊装神器の可能性を見つけるのに時間がかかってしまった。


 原理不明な摩訶不思議な力を持つそれならば確かに可能だろう。


 そして俺がなるほどな、などと納得をしているとギルドマスターがまたもや話す。


「今からそれについての具体的な説明をするからね……入っておいで」


 最後の一言は俺にでは無くて、この執務室の扉の方を向いて喋っていた。


 俺は一瞬何をしていたのか分からなかったが、考えがまとまるとすぐに納得した。


 扉の向こう側に複数の人間の気配を感じとったのだ。


 しかし、敵意などは特に感じることは無かったため、俺は安心する。


 ギルドマスターがそう言って数秒もしないうちにガチャリ、という音を立てて扉が開いた。


 そうして執務室の中に入ってくる四人の冒険者達。


 その冒険者達を見て、俺が持った第一印象は、強い……というものだ。


 さすがにレイラとは比べられないが、それでも歩き方や重心・関節の可動範囲などを見ると一流の冒険者と言ってもいいほどに強そうだった。


(更には……全員美形で、性格も良さそう……と。俺みたいな貧弱な見た目じゃなくて、こういう人達が冒険者として皆から好かれるんだろうなぁ)


 俺は彼らを見てそう思ってしまったが、彼らが俺のそんな心の中を知る由もなく、まずは一人が話しかけてきた。


「俺はこの『魔聖の力ませいのちから』っつうパーティのリーダーをしているゼイズだ。パーティランクはD。よろしくな」


 その四人の中で最も大柄な男がそんな自己紹介をしてくる。


 見た目や話し方からなかなか豪快そうな性格を持っていそうと考える。


 だがやはり、リーダーとあってこのパーティーの中で一番強いという印象を感じさせた。


 そうすると男……ぜイズさんは俺に手を差し出してきたので、俺は「あ……はい」と少し戸惑いながらだが、手を握り返した。


 そして、それに続いて他の三人も自己紹介をしてくる。


「僕はエスカ。会えて嬉しいよ」


 エスカさんはなかなか優しそうな男性であった。


 なぜ俺と会えて嬉しいのかは分からないが、とりあえず俺は「え、ええ」とだけ返しておく。


 処世術?社交辞令?……いや、どれも違うか。


「んー。私はルーラ。よろしくねー」


 次はルーラさんという可愛らしい女性だ。


 背が低く、まるでハムスターなどの小動物に見える。


 話し方も語尾を伸ばすことが多くて、そこも可愛らしい。


「マーレンよ。よろしくお願いするわ」


 最後がまさに妖艶の魔女と言える雰囲気を持ったマーレンさんである。


 女性らしいプロポーションを持ち、知的という印象を伺わせる。


 四人の中では近接戦闘は最も不向きではあるが、それ以外の面ではとても優秀そうだった。


 しかし、それもそこら辺にいるもの達と比べると圧倒的に強いので、ある程度自衛はできるだろう。


 やはり、全体的に見てもバランスがよく、とても優秀なパーティである。


 そうして全員の自己紹介が終わったので、今度は俺が……と、しようとしたのだが、しかしゼイズさんに止められてしまう。


「お前さんの自己紹介は不要だぜ、カノン・シュトラバイン。そこにいるランクA冒険者のレイラをサシで倒した期待の新人……。このギルドの冒険者なら誰でも知ってるぜ?」


 そうして彼はソファの上で未だにもぐもぐとお菓子をむさぼっているレイラを見ながら、話した。


 (というか、まだ食べてたのか……)


「何かっこつけたんだか……。あなた、昨日ルーラが話すまで知らなかったじゃない」


「ぐっ……!!そ、それ今のタイミングで言うかぁ?しかも本人の前で……」


「あんたが謎に偉そうにするからでしょ」


 そして俺がレイラを見ていると、ゼイズさんとマーレンさんがそんなやり取りをし始めた。


 同じくパーティメンバーであるエスカさんとルーラさんはいつも通りの光景なのかそれを微笑ましそうに眺めていたので、俺はその様子に苦笑するしかない。


(この人たちとは仲良く出来そうだな)


 そんな光景を見て、そう思う俺。


 これが俺とランクDパーティ『魔聖の力』との初会合であった。




 ◇ ◇ ◇




「……それで、どうして彼らを呼んだのでしょうか」


 今俺とギルドマスターは人為的に『大暴走スタンピード』が引き起こされた件について話していた。


 そんな時にギルドマスターは彼らを呼んだということは、彼らがそれについて何か関係しているのは間違いないだろう。


 ということで俺はそのを知るために聞いてみたのだった。


 そして実際聞いてみると、俺の後ろにいた『魔聖の力』の面々の雰囲気が少し変わったの感じ取った。


 俺は、やはりそうなのか……と考える。


 すると少しの間、黙っていたギルドマスターだったが口を開いた。


「今回の『大暴走スタンピード』……それを第一に発見したのがそこの彼ら……『魔聖の力』なんだよ。まあ、彼らは優秀だからね。魔物の群れを発見したらすぐに帰還し、それをギルドに報告してくれたおかげで、今こうして戦うことが出来ている。彼らがいなかったら恐らくは間に合わなかっただろうからね」


 そんなギルドマスターの言葉を聞いた俺は後ろの彼らを見る。


 そうすると彼らは微小を浮かべて俺を……ゼイズさんに至ってはドヤ顔とも言うべき顔でこちらを見てきた。


「でもね、ここからが特に問題だったんだよ。『魔聖の力』が、銀狼の森で発見したものの群れ……その中に微かに人影が存在していた。……そうだよね?」


「……はい、ギルドマスター。カノン君、僕達もあの時は動揺から気づかなかったんだけど、魔物の群れの中に微かにだけど人影があったんだよ」


 ギルドマスターとエスカさんが重苦しい様子でそう言ってきた。


「じゃあ、その人影が今回の『大暴走スタンピード』を起こした可能性が高いと……」


「ああ」


 ギルドマスターが今回の『大暴走スタンピード』は人為的に引き起こされたと言い切っていたのはこの目撃証言があったからなのか。


 凶暴化している魔物達の中に、無関係の人間がいたとすれば、あっという間にその魔物達に攻撃され、殺されてしまうはずである。


 つまりその人影が霊装神器で魔物達を操っているということになるのだ。


 彼ら『魔聖の力』は実績などから冒険者ギルドから高く評価され、信頼もされている。


 よって彼らが嘘をつくはずがないと判断してのことだろう。


「彼らから連絡を受けたギルドはすぐに調査を開始したんだ。数匹とかなら苦労するけど……何せ数が数だけにね、簡単に見つけられたよ。……でも、その時には既に魔物達は帝都に進行を始めていた。その事を知った僕達はすぐに冒険者達を招集して……今に至るというわけさ」


 ギルドマスターは更に言う。


「それに今回の『大暴走スタンピード』は色々とおかしな所があるのさ。私は『耳長種エルフ』だから何度か『大暴走スタンピード』自体は経験したことがあるが、そのどれとも違う」


 エルフは数百年……場合によっては千年生きたりもする。


 スタンピードは数十年に一度しか起きないらしいが、ギルドマスターがそれを経験したことがあると言われても納得することが出来た。


「幾つかあるが、一つ挙げるとすれば今回の『大暴走スタンピード』には複数の種の魔物が存在しているという点だ」


「複数の種類の魔物が?それの何処が……あっ!」


「そう。『大暴走スタンピード』で凶暴化している魔物達はとても飢えている。そんな時で自身とは違う種の魔物……つまり食料が近距離に存在していたらどうなる?」


「……普通なら、お互いを喰らうために争い合うはず……ということですか」


「その通りだよ。通常状態の魔物でもそのほとんどが人間種だけではなく、他の種類の魔物も食料とみなしているのだからね。しかし、今回のものは凶暴化しているのにも関わらず、そのような様子はない」


 ギルドマスターはそう言った。


 確かに納得できる話である。


「まあ、他に幾つかおかしなところがあってね。一つ挙げるとすれば、『大暴走スタンピード』とはいえ今回のそれは魔物の数が多すぎるところだ。それも問題だよね。……まあ、霊装神器の力なのかどうかの真偽は不明だけどね……」


 ギルドマスターは疲れたようにして小声でそう言った。


 長い時を生きているとはいえ、このような非常事態に直面したら、疲労が溜まるのも無理ないだろう。


 そして、俺はそんなことを思いながら更にひとつ質問をした。


「『大暴走スタンピード』については理解しましたが……それにしても、レイラはなぜここにいるのでしょうか?」


 そう、それが疑問である。


 俺がこのギルドを訪れた時、ギルド職員がとても焦りながら冒険者を全て収集したという報告をしている会話を聞いていたのだ。


 この帝都に大量の魔物が攻めてきている中、ランクA冒険者という一騎当千の猛者は貴重な戦力になる。


 それなのにレイラはここでお菓子などを食べながら、座っていたのだ。


 ギルドマスター……いや、ギルドとしてその判断はあまり宜しくないのではないのか、と俺は考えていた。


 しかし、俺のそんな予想とは裏腹にギルドマスターは言う。


「ああ……レイラには君と共に行動を共にしてもらうためにここに残ってもらった。いくら君が強いと言っても体力は無限じゃない。レイラと共に戦うことが出来れば互いにカバーが可能だよ。まあ、実際これはなかなか難しいことなんだけど……あいにくパーティメンバーだけあって私の見立てでは君たちなら十分可能だと判断した」


(……確かに……理にかなってるな)


 実は一対多、というのは思っているより圧倒的に難しいのである。


 敵の対象が自分よりも二倍なら難しさも二倍・三倍なら難しさも三倍というふうな単純な話ではない。


 複数いるだけで自身の集中力は、一体一の何倍も削がれてしまうのだ。そして、時間が経つと綻びがではじめて……というふうに。


 圧倒的な力を持っているのであれば力技で押すことも出来るが、俺には百ならまだしも、数百・数千の魔物を相手にできる実力も経験もない。


 しかし、ランクA冒険者のレイラがいれば話は別だ。


 もちろん全てという訳では無いが、レイラがいれば好きをつかれて攻撃されてもある程度カバーできるのである。


 隙というのはそのほとんどが疲労などから無意識に作ってしまうが、そのような事態が起きた場合、これ以上隙を作らないという意識が生み出され、そのために動きが洗練するのが人間の考え方だ。


 まあ、つまり何が言いたいのかといえば、多くを相手にする場合、つまり今回はレイラがいることで討伐数も生存率も大きく跳ね上がるということである。


「ぅん……まあ、分かりました……」


 俺のその言葉に「理解が早くて助かるよ」とギルドマスターは返す。


(少し胡散臭いこともないけど……とりあえずは俺の身の安全を考慮してくれたってことでいいのか。……それともただ単に魔物を一匹でも多く倒して欲しいだけなのか……。まあ、なんとなくだけど前者の方が強い気がするから、とりあえずは信じてみるか)


 俺はそう思う。


 こうして話は終盤に突入していくのだった。

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