第19話 【帝都誕生祭 3 】

 リザードマンの群れ討伐をギルドに報告してから1週間が経過した。


 俺たちはこの一週間は何かがあるわけでもなく、冒険者として特に問題なく過ごすことが出来たと言っていいだろう。


 俺たちがこの1週間で受けた依頼は三つ。だいたい二日に一つのペースで依頼を受けた。


 内容としては、オークの討伐・ウインドバードの討伐・ゴブリンの討伐だ。


 薬草採集や護衛依頼などは効率的・時間的な問題で受けず、全て討伐依頼を受けることにした。


 ゴブリンは言うまでもない。帝都に来る道中で遭遇した人型の緑の肌を持つ魔物だ。


 一体一体はそこまで強くない、そして特に希少種などもいなかったのでいくら群れをなそうとも俺とレイラの相手ではなかった。


 群れの数としては三十匹程であり、道中では俺が一人で百匹以上を討伐出来たので、相手にならないと言うのは当たり前である。


 次にウインドバードだ。これはゴブリンと比べてだが、なかなか厄介な相手だったと思う。


 外見としては数十センチ程の少し大きい鳥なのだが、いかんせんそいつには俺達には無い空を飛ぶというアドバンテージが存在する。


 更には名前の通りウインド……つまりは風を操り上から一方的に俺たちに攻撃を仕掛けてきた。


 風を集結させ、矢のようにして飛ばしてきたり風を叩きつけてきたり、というふうに。


 もちろん、ウインドバード自体が危険度Dと言うあまり強くない魔物だということもあり、風で攻撃されたからと言って回避や防御は簡単である。


 よって、俺たちは攻撃ができない、そいつは攻撃が当たらないと言うふうに、十数分にわたり膠着状態が続いたのだった。


 しかし、唐突に転機が訪れる。ある時を過ぎると、ウインドバードは体力を使いすぎたのか、目に見えて動きが鈍くなったのだ。


 もちろんそれを見逃す俺とレイラでは無い。


 しかし先程も言ったように、そいつは飛んでいるという事で俺たちの攻撃は届かない。


 ……なら、どうしたか。


 簡単だ。俺は空を目掛けて全力で跳躍し、足りない距離を補うために空中で世界樹の木刀をぶん投げたのだ。


 疲労により動きが鈍っているウインドバードに迫り来る世界樹の木刀を避ける手段はなく……そのままグシャア!という音を立てながら血肉を撒き散らかし、絶命したのだった。


 ……その時に血肉がレイラの頭からぶっ掛かり、不機嫌になってしまったのはおそらくこれから先忘れることは無いだろう。


 そして最後のオークだ。オークは2メートルほどの身長の豚頭を持ち、これまた緑の肌を持つ人型の魔物である。


 ゴブリンと同じで繁殖力が強く、その際に多くが人族の女が用いられるということで、討伐優先度が高く設定されている。


 オークの強さは固く・大きく・強いというところにあり、その中でも特に固い……つまり防御力が高いというのが特徴だ。


 ……が、しかしレイラは空間切断を、俺はオークごときなら防御力関係なしに消し飛ばすことが出来るので、苦戦などしない。


 いや、むしろ数が少なかったので、ゴブリンよりも早く倒すことが出来ていた。



 ……まぁ、そんなこともあり俺たちは帝都誕生祭までの一週間を過ごしたのだった。


 そして現在……俺はレイラと共に着物を借りるためにお店へと向かっているところである。


「それにしても……本当に人がすごいな」


 俺は歩きながらそう呟く。


 基本的に帝都は昼夜問わず多くの露店やお店が開かれ、それに比例して多くの帝都民が買い物をしたり食事をしたりと、賑わっている。


 が、しかし帝都誕生祭が開催されている今日はそれと比べてもなお賑わっていた。


(さすがに人が多すぎて歩くことすら出来なくなるなんてのは想像してなかったな……)


 そう、先程いつも通っている大通りを利用しようとしたのだが、歩くことすら困難な程に人が行き交っており、到底そこを進むことは出来なかったのだ。


 そのためわざわざ回り道をして着物店へと向かうこととなり、俺たちはこうして歩いている。


「まあ、今回はいつもと比べても人が多いと思うよ」


 俺のつぶやきに対してレイラはそう答えてくれる。


「そういえば……この前ギルドで食料品が安くなるって言ってたな……どのぐらい安くなるんだ?」


「物によって違うけど……だいたい半額ぐらい」


「は、半額!?そ、それは凄いな」


「お祭りだからみんな買う」


 そうして金額についての話をしていると次の瞬間、レイラが急に立ち止まって、呟きながらある一点を見つめ始めた。


「……あれだよ」


 反射的に俺もそこを見てしまう。


 そして、そこには小さいが一軒の建物が存在していた。


「ん……あそこで私たちは着物を借りる。お店の名前は『やはた』。なかなかいい店だよ」


 俺は帝都に詳しくないということで、不甲斐ないが店の案内などは全てレイラに任せていた。


 どうやらあの店で着物を借りることとなるようだ。


「そっか、なら早く行こう。なかなか人が集まっているようだし……」


「……ん」


 そして外観は小さくても人気店なのか、その店にはなかなかの人が着物を借りるために集まっていた。


 なので、なるべく早く行きたいということでレイラにそう言ってみたが、特に異論はないようだ。


 そのようにして俺たちは『やはた』へと向かうのだった。




  ◇ ◇ ◇




「あらぁ?レイラちゃんじゃない。ひっさしぶりねぇー」


 俺たちが『やはた』に並び始めて約数十分……店の中に入って一番にかけられた声がそれでだった。


 俺はそれにどう反応すればいいのか困ってしまう。


 というのも外見が少し特殊だったのだ。


 身長は180センチはあり、はち切れんばかりの筋肉を持っている筋骨隆々な男……これまでは良かったのだが、何故かハウスメイド服のようなものを身につけており、髪型はツインテール。更には口紅など化粧までしていた。


 そして、腰をクネクネと動かしながらそんなことを言ってきたのだった。


(こ、これは俗に言う女装……か?初めて見たけど……なかなか凄いな)


 俺はついそんなことを心の中で思ってしまう。


 しかし、張本人のレイラは俺の動揺している心など知らない、といわんばかりの冷静さを保ちながらその男?に返事をした。


「ん……久しぶり。今日は帝都誕生祭に着ていく着物を借りに来た」


 レイラがそう言うと


「うふぅん。大丈夫よん。……それよりそちらの彼を紹介して欲しいわん」


 そういって俺に視線を向けてきた。


 その眼は野獣の様にギラついており、まるで獲物を……俺を狙っているように感じられた。


 ……正直勘弁して欲しい。


「ん、カノンだよ。私のパーティのリーダー」


 そう言ってレイラは俺を紹介する。


 色々と思うところはあったが、とりあえずということで挨拶をすることにした。


「初めてまして。レイラとパーティを組んでいます、カノン・シュトラバインです」


「んふぅ……いい子ねぇ。私はアリエルよん。ここのお店の店長をやっているの。よろしくね、可愛いぼ・う・や」


「ははは、よろしくお願いします……」


 野太いおとこの声でそんなことを言われると、かなりゾッとしてしまうが、何とか我慢し俺は苦笑するだけで済ませた。


「んふ。……ドール?」


「はい。なんでしょうか店長」


「とりあえずレイラちゃんに似合う着物を出してあげて。この坊やは私が相手をするわ」


「かしこまりました……さ、こちらです」


 そう言って、ドーラと呼ばれた女性はレイラを連れて店の奥のほうへと行ってしまった。


「レイラちゃんは彼女に任せましょ。……あなたも着物を借りるのよねぇ?」


「あ、はい。……その、なるべく安いのでお願いします」


「オッケーよ。……なら、こっちね」


 アリエルさんはそう言って、レイラたちが向かった方とは別に歩き出した。


 俺はそれを追って歩き出す。


 なかなか特殊な人だけど、どうやら丁寧で親切な人なようだ。


 そうして俺は男物の着物が多く存在しているエリアへと足を運ぶ。


 そこには、ざっと見るだけでも100着以上の着物が余裕で存在していた。


「ささ、ここから好きなのを選んでちょうだい。価格は気にしなくていいわよん。ここにあるのはどれもお安いやつなの」


 そう言って勧めてくるアリエルさん。


 しかしどれも、色も柄もとても良さそうなものであり、俺はこれらがどれも安物とは信じられなかった。


 シンプルなものから細かい柄の入っているものまであり、すぐに選ぶことは出来なさそうだ。


「どれにしよう……」


 俺はそう呟きながら悩む。いつもならここまで頓着しないのだが、今日はレイラの隣に立つということで、出来るだけ似合うものにしようと考えていた。


「んふふ。沢山悩みなさい」


 アリエルさんはそう言ってくる。


 なら、お言葉に甘えてじっくりと選ばせてもらうことにしよう。





 そのまま考え続けること約三十分が経過し……そうしてやっと俺は、借りる着物を一つに絞り込んだのであった。


「……これでいいか」


 最終的に俺が選んだのはシンプルな紺色一色の着物だ。


 幾つか柄のあるものや目立つ色の着物も試着してみたのだが、やはりと言うか俺には地味な色が最も似合っていたのだ。


 ……少し自虐のようになってしまったが、俺個人としてはそれに不満はない。


 どうしてもと言う訳ではないが、俺はどちらかといえば目立ちたくはないタイプだ。


「なかなか似合ってるわよん」


 またもや腰をクネクネさせながらアリエルさんが話してくる。


 正直その動きにどんな意味があるのかは分からないが、俺はそんなことを気にしたりはしない。


 大人なのだ。


「……と、ぼうや……ようやくレイラちゃんのお出ましだわ」


 俺がそう思っているとアリエルさんが笑顔をうかべながらそう呟いた。


 確かに後ろからゆっくりと誰かが歩いてくる気配がする。


 俺はその気配を感じ取り、反射的に後ろを振り向く。


(あのレイラだからなぁ……着物を着たらどれだけ綺麗なんだろう)


 元々、レイラは絶世の美女と言っても過言ではないほどの美しさと女らしさを持っている。


 そんなレイラが着物を着て、しっかりと化粧をすればどんなに綺麗なんだろうかと考えた。


 だが心のどこかで、いつもが美しいので着物を着たところで余り変わらない、と思っていたのかもしれない。


 その結果……。


 俺はレイラのその姿を視界に収めた瞬間……あまりの衝撃から石像のように固まってしまった。

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