第20話 【帝都誕生祭 4 】
「……」
俺は目を大きく見開き、あまりの驚愕から息を呑むことしかできず、何かを言うことは無い。
というか俺はその時、喋ることすら忘れていた。
あまりのレイラの美しさによって……。
レイラはあまりおめかしをするほうでは無い。
もちろん最低限の化粧はしているし、身につけている服も、赤や白、黄色などカラフルに様々な色が使われているものを身につけており、なかなか似合っている。
が、しかしそれはレイラにとっては最低限の身だしなみというものであり、意図的に行っているものでは無いのだ。
そんなレイラを見慣れていたため、本気で意識すればどうなるのかを真に理解しておらず、実際見てみると想像を遥かに上回る美しさに様々な事柄からただただ全身を硬直させてしまった。
いつもは戦闘の際に髪の毛が邪魔にならないようにと、ポニーテールで一つにまとめられている黄金の髪の毛はハーフアップになっている。
そこにあるとても繊細な髪留めも美しい。
小さい薄紅色の綺麗な唇は口紅をしているのか、いつもよりも紅く、レイラのクリクリしている眼と合わせるととても綺麗だ。
更にはそれに合わせて他の部分も化粧されており、全体を見るとまるでとても美しい人形の様に見えた。
ゾッとしてしまうほどに美しすぎて綺麗、美しいなどのありきたりな言葉では形容できないかもしれない。
言葉で表現することは不可能と思わせる……それほど美しかった。
そして、そこに追い打ちを掛けるように着物が登場する。
レイラが選んだのは、全体的の色としては黄緑色の物であり、そして黄金の花びらを持つ花がいくつも描かれている物だ。
その女らしく細い腰には、空白を連想させるほどの白と、黄金色の装飾がされている帯が巻かれている。
それが更に美しさを際立たせていた。
レイラの髪色など、とてもよく似合っている着物である。
そんなことを本能的に考えながらたちずさむ事……数十秒。
ドールさんや、アリエルさんはそんな俺を見てはいるが、特に何かを言ったりせずに黙っている。
アリエルさんなんか、顔をニヤニヤとさせながらなにか微笑ましいものを見るような眼をしていた。
そうしてこの場を静寂が支配していたが、それに耐えかねたのか、レイラの一言がそれを破った。
「……どう……かな?」
顔を赤らめモジモジとしながらそう聞いてくる。
普段の俺なら「ギャップが……」などと言うのだろうが、あいにく今の俺にそんな余裕はない。
レイラのその言葉に反応を返すことが出来ずに、未だ魅入っていた。
しかし、そんな俺の様子を見て不思議に思ったのか、レイラは疑問の表情をうかべる。
「……カノン?どうかした?」
そして、その言葉で俺の意識はやっと現実へと戻される。
俺自身はは不可抗力だと思っているが、さすがにレイラを無視をするのは良くなかった。
「あ、ああ……。ごめん。レイラがあまりにも綺麗だったからつい魅入っちゃったよ。うん、とっても似合ってるよ」
同様からつい自身の思ったことをストレートに伝えてしまった。
少し恥ずかしくなる。
「そ、そうかな……。……ありがとう」
レイラは相変わらずの様子でそう言ってくる。
「ん……カノンも似合ってるよ」
そして、そう呟いた。
あいにく俺は処世術など知らないが、レイラの今の言葉はそれだったかもしれない。
(……それでも)
ーー嬉しかった。
……俺って結構ちょろいのかもしれない。
とまあ、そんなことを考えていたのだが、俺は「あっ……」とすぐに話を再開する。
「と、とりあえず着ていく着物も選んだし……そろそろ行かないか?」
「そうだね……」
この頃になるとようやく、いつも通り……とまでは行かなくても、かなり普通に話せるようになってきていた。
そして、いつまでもここにいても仕方ないということで誕生祭に行くことを提案すると、レイラもそう賛同してくれる。
そうして俺はレイラに向かって片手を差し出した。
「ほ、ほら……。とても人が多いからさ、はぐれないようにって……。け、決して他意は無いから……」
俺はまたもやかなり恥ずかしいセリフを口にする。
「……ん」
レイラは少しの間、ぽかん……としていたが言葉の意味を理解すると、すぐに微小をうかべ、照れながらもその小さく柔らかい手で握り返してきた。
「んふう。初々しいわねぇ」
「はぁ、店長……。まあ、確かにそうなんですけどね。」
◇ ◇ ◇
「あれはどんな食べ物なんだ?」
現在、俺たちが『やはた』で着物を選んでからおよそ1時間ほどが経過している。
あの後は着物のレンタル料金をアリエルさん達に支払い、店を後にした。
その際に色々と注意するべき点を教えて貰ったが……要約すると、期間は今日一日、着物に何らかの被害があった場合にはそれを買い取ってもらう事となるそうだ。
相変わらずレイラはそれを聞いても特に様子に変化はなかったが、俺は「買い取ってもらうって……どのぐらいの金額なんだろうな……払えなかったら奴隷とかに売り飛ばされたりしないよな?」などとお金の事ばかり考えてしまった。
そんな恐ろしい事を考えながら、内心で絶対に傷物にしないことを俺は誓った。
まあ、そんなこともあったが今は誕生祭ということで、多く展開している露店をブラブラと回っている所である。
その中で、いくつも見たことの無い……または気になる物があり、今に至るという訳だ。
「ん……あれは、たこ焼きだよ」
「たこ焼き?」
「うん。小麦粉で作った生地の中に小さく切ったタコを入れて球体状に焼き上げるってやつ。その上からソースとか鰹節とか乗っける。薬味も多くてとっても美味しいし、一つ一つが小さいからとっても食べやすいよ」
「へぇ……」
そんな食べ物があるのか……。もちろん、俺の村でも王都でも見たことの無い食べ物だ。
そして、漂ってくる匂いが俺の空腹を刺激する。
(少し……いや、とても食べてみたい……)
俺がそう考えているとレイラが言う。
「そんなに食べたいなら、私が買ってくる……」
「え?」
俺のその疑問の言葉を無視し、トコトコとそのたこ焼きの露店へと歩いていった。
「たこ焼きひとつ下さい……」
「あいよ!!!少々待っててくれよ!!!」
そんなやり取りをし始めた。
「まあ、いいか……」
俺はその行動に少し驚いたが、せっかくのレイラの厚意なんだからと、感謝しながら待つこととした。
そして数分がたった頃、たこ焼きを受け取ったレイラがこちらへと戻ってくる。
「はい」
出来たてのたこ焼きをそう言いながら俺に差し出してくる。
「……あ、ありがとう。ちょっと待ってて、今お金を……」
たこ焼きを受け取った俺は着物の懐をガサゴソと漁り始める。
このたこ焼きのお金を支払ったのは俺ではなくレイラである。
そして、このままでは代金をレイラに支払わせてしまうこととなるわけだ。
俺は貧乏人だけあって、自分で言うのもなんだが、お金の貸し借りについてはかなりしっかりしている方だと思う。
ということでパーティメンバーから借金などしたくないので、お金を支払おうとしたのだが……その手をレイラに止められてしまう。
「いい。これは私の奢りだから」
「けど……」
「じゃあ、今日一緒に着いてきてくれたお礼って事で」
レイラは話し続ける。
「私、今まで一人ぼっちだったから。誰かとこうしてお祭りに来たのは初めて。カノンと来れてとても楽しいよ。だからそのお礼」
「……そういうことなら。でもお礼は言わせてもらうよ。……ありがとう、レイラ」
俺は少し違うが、こうして祭りに来たのはレイラとが初めてである。
レイラの初めてを俺が貰い、俺の初めてをレイラが貰う。
……なんだか少し卑猥だな。
(……って、俺は何を考えてるんだ。レイラに失礼だろうに。……レイラと来れてよかったという事を考えようとしたら、変な表現になってしまった)
俺はそう考えながら反省する。そして、受け取ったたこ焼きを一つ口に放り込んだ。
「こ、これは美味い……」
生地のもちもちもした、薬味の面白い食感が味わえる。
中に入っていたタコもプリプリとしており、 とても面白い。
極めつけが上に乗っかっていたソースだ。いい加減の塩味ととても香ばしい風味が口の中に広がっていく。
要するにとても美味しいという事だ。
まあ、口に入れたたこ焼きはとても熱かったが、俺は鍛え上げられた精神……否、根性でそれを耐えきり飲み込んだ。
「これは美味いな……こんなに美味しいものを食べたのは初めてかもしれない」
「それは良かった」
俺を見て微小を浮かべながらそう返してくるレイラ。
俺はそれを見て、そうだ……とある考えが脳裏にチラつく。
「はい、口開けて」
そう、俺はたこ焼きのひとつを付属していた串で刺して、そのままレイラの口元へと持っていったのだ。
お礼と言っても、これはレイラが買ったものであり、当然レイラにも食べる権利はある。
レイラも今日はあまり食べていなかったので、なかなかお腹がすいているだろう。
「え、え、え?」
それを見てレイラは慌てだす。
まあ、当然か。こんなことは恋人同士がやるものなのだから。
しかし実際、俺にも余裕がある訳でもない。
いやかなり恥ずかしい。もしこれを長時間続けていたら、周りの人々から注目を集めることとなるだろう。
だが、俺はそれでも何とか余裕の様子を見せる。
男として、かっこ悪いところは見せられないのだ。
(なんか小動物みたいで、可愛いなぁ……)
動揺し慌てるレイラを見ていると、ついそんなことを思ってしまう。
そうすること数十秒……ついにレイラが顔を赤らめながら、意を決したかのように「ぱくっ!」っと、俺の差し出すたこ焼きを口に入れた。
そのままもぐもぐと咀嚼する。
そうするとレイラは「ん……とっても美味しい」といいながら、はにかんだ。
それに少し見とれつつも話しかける。
「だろ?この美味しさをレイラにも味わって欲しかったんだよ」
「うん、確かにそうだね。……でもさ、」
?どうしたのだろうか。
「やっぱりこういうことを外でやるのは恥ずかしいから……出来ればやめて欲しい……」
(まあ、さすがに意地悪が過ぎたか……)
俺としては少しからかうだけのつもりだったのだが、レイラの反応が予想以上に可愛かったりしたのもあり、やりすぎてしまったという実感があった。
現にそう言ったレイラは照れた様子を見せながら俯いている。
「ああ……ごめん、ごめん。確かにこういうことは今後外ではしない方が良さそうだな。……まあ、でもこれぐらいなら良いか?」
そう言って俺はレイラの手を握る。
レイラは少し考え込むようにしたが……
「……うん。まあ、これなら良いよ」
そう言って手を握る力を強めてきてくれた。
その後も俺たちは様々な露店や店を回り続ける。
たこ焼きだけではない。この誕生祭ではお好み焼きやりんご飴などという俺の全く知らない食べ物が売られている露店が多く存在していたのだ。
それを見つける度に、どのような物かをレイラに紹介してもらい、買い食いをすると言う事が続いっていった。
そして、最も印象に残ったのは大広間でたくさんの人々が膝立ちしながら天に祈りを捧げていたことである。
老若男女が関係なしに、巨大な炎の灯火を中央とし、まるで円を描くように存在していた人達が、何かを呟きながら手を合わせていたのだ。
レイラに聞いた話ではどうやら、この誕生祭の趣旨である神様たちに感謝や祈りを捧げているらしい。
俺が見たそれは、この誕生祭で唯一それらしい事を行っている光景であった。
それを一通り見た後も、俺たちは祭りを楽しみ続ける。
レイラと過ごしたこの帝都誕生祭は恐らく俺の一生の思い出となるだろう。
それほど楽しかった。
(はぁ、もっとこの時間が続けばいいのになあ………)
しかし……楽しい時間は早く過ぎていく物だ。
そんなことをしているといつの間にか、深夜と言ってもいい時間帯となり……そのようにして遂に、俺の初めての帝都誕生祭は幕を閉じたのであった。
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