第21話 【大暴走と黄道十二星座 1 】

 レイラとカノンが帝都誕生祭に参加した翌日……薄暗い、大きな森の中をその冒険者達は歩いていた。


 冒険者達と言ったのはそこには四名の冒険者が存在していたからである。


 実際彼らは四人でパーティを組んでおり、男が二人、女も二人と言ったふうに同じ男女比率で構成されていた。


 パーティ名は『魔聖の力ませいのちから』。故郷の村の幼なじみだけで構成されている。


 パーティランクはDランクであり、全員が十代後半という若い年齢ということで、ギルドからは期待のパーティの一つとして扱われている。


 そして、そんな彼らの手にはそれぞれの霊装神器である物たちが既に展開されており、歩きながらも、いつでも戦闘を行う事が出来る状態であった。


 そう、彼らは現在ギルドで受けた依頼を遂行するためにこの森に来ている。


 帝都からはかなりの距離があるこの森……銀狼の森というのだが、そのまで危険度の高い魔物が出現するところではない。


 銀狼の森という名前の由来は、はるか昔にこの森に危険度Sオーバーの狼が住み着いていたというものでつけられたものであるが、今はそんな魔物は存在しておらず低い危険度の魔物がいるだけである。


 そして、『魔聖の力』はランクDと言ったが、実際にはもうすぐランクCに昇格するパーティだ。


 依頼と言っても報酬はそこまで高くはない……ならば、そんな実力も実績もあるパーティが、低ランクモンスターしか蔓延っていないこの森に来る必要が無い。


 この依頼は、普通に考えて低リスク低リターンというとても効率の悪いものなのだ。


 それなのに何故か。


 それは、ここ数週間全くと言っていいほど……と言うか一匹の魔物が出現しなくなったという報告があったからである。


 今までは低危険度とはいえ魔物はなかなかの数がこの森を周回していたのだが、それが特に前触れもなく急に全て消えたのだ。


 何かがあったと考えるのはおかしくない。


 ということでその原因を調査するためにギルドから『魔聖の力』が派遣されたのだった。


「それにしても本当に何もいないな……気味が悪いぜ」


 そう言ったのはこのパーティーのリーダーであり、最も強いゼイズという男。


 手には、聖と魔を刀身に纏わせる能力を持った大剣が握られていた。


 この大きさのものを片手で操るその筋力は一般的に見てとても関心させられるものである。


「確かにそうだけど……私たちはその原因の調査をしに来たんじゃない」


「そうそう、根気よく頑張ろー」


 ゼイズにそう返すのはパーティメンバーである女性陣二人。


 自身の身長と同じぐらいの大きさを持つ杖を持っているマーレンと、美しい短剣を持つルーラだ。


 杖と短剣と言っても霊装神器であるので普通のものでは無い。


「ははは……まあ、ゼイズの気持ちも分かるよ。こんな薄暗い森の中……一匹の魔物も出ないんだから、確かに気味が悪い」


 そう言うのは残りの一人であるエスカである。


 特徴的な狐目を持ち、このパーティーで最も礼儀作法に詳しい人物だ。


 性格も最も温厚で、頭も切れる……更には彼は自身の弓形の霊装神器の力を上手く使いこなしている。……おそらくはこのパーティーで総合的に見て最も優秀な人物であろう。


 四人とも顔立ちは普通に整っており、また性格もいいと言うことで冒険者ギルドではなかなかの人気者である。


「でもよう……俺たちもう数時間は歩いてるぜ。こんなに探しても何も無いんだから、もう帰んねぇか?ギルドの話だって、何か起こってる可能性があるってだけだろ?」


 ゼイズは面倒くさそうにしながらそう話す。


 まあ、確かに彼の考えもわかる。


 ギルドから依頼されたのはあくまで調査であって、そしてそれは何が起こっているのか分からないので行うものだ。


 よって、これだけ歩いて何も無かったのなら、ギルドには魔物が出現しない以外何も起こっていないという報告をすれば依頼は完了するのだから。


「まあまあ、もう少し歩いてみようか。それでも何も起きなかったらギルドに戻るってことで……」


 エスカはもう少し調査をするべきという事を主張する。


 少し不満もあったがこのパーティーで最も頭が良く、判断力に優れているエスカが言うのだから……と、ゼイズは渋々探索を続けることにした。


「確かに少し憂鬱になるわね。……ギルドも、私たちのことを期待の冒険者パーティって祭り上げてるくせに、少し酷使しすぎじゃないかしら」


 エスカとゼイズのやり取りを聞いてマーレンはそう愚痴をこぼす。


「あっ!そうそう、今のマーレンの話を聞いて思い出したんだけど……この前ギルドにすっごい新人が入ってきたの知ってる?」


 そうするとぴょんぴょん、と歩いていたルーラがそう皆に質問する。


 こう見るとルーラには少し緊張感が足りないのではないか……と思われがちだが、ルーラは『獣人種ビースト』であり感覚がとても鋭い。こう見えてもしっかりと索敵をこなしている。


「期待の新人ってことか?」


「うん。なんかねー、ギルドに登録してそうそう、あの『空撃の魔女くうげきのまじょ』レイラさんを倒しちゃったんだって」


「ま、まじか……。ランクA冒険者を倒すとか……俺達も期待のパーティとか言われてるけど、そいつは大概だな」


「あ、それ私も聞いたわ。どうやら私達よりも年下らしいわね」


「うん。それにその後、レイラさんと『世界樹の剣せかいじゅのけん』って言うパーティを組んだらしいよ」


「意味わかんねぇ。どういう事だ?」


「ははは……そういうすごい人たちが考えることなんて僕達が分かるわけないよ」


「……それは違いねぇ」


 そんなことを話しながら、しかし警戒もしながら四人は探索を続けていく。


 そうすること約五分後……少し砕けた雰囲気が一転、ルーラが歩を止めて何かを見つけたかのように周りを警戒し始めた。


 それを見た残りのメンバーも何があったのか理解したのだろう、陣形を組みながら一様に周りを見渡し始めた。


 そう、魔物の気配を感じたのだ。


「……敵か?」


 リーダーであるゼイズがそう聞く。


「うん。数は五匹だね。でも、ごめん。なんの魔物かまでは分からない」


「この森からは魔物はいなくなってると思ってたんだがな……だが妙だな。この森にそんな少ない数で行動する魔物なんていたか?」


 この時、ゼイズは第六感というものから何かがおかしいという事を感じていたが、少し離れた茂みがガサゴソと音を立てたのが聞こえた。


 それを聞いたゼイズは考えるのは後だ、という事ですぐに意識を切りかえ集中する。


 他の面々にしても同様だ。


 この切り替えの速さはさすが期待のパーティと呼ばれるだけあるのだろう。


 ……そうして数秒もしないうちに茂みからその魔物が現れた。


「……あれは」


 そう呟いたのはマーレンである。彼女はこのパーティーの中で一番魔物についての知識が豊富であるのだ。


 体長は約五十センチといったところの硬そうな甲羅を持つ亀が予想通りの数五匹。


 単体では危険度Eの魔物であるハードタートルだ。


 攻撃力はそこまで高いが、硬い甲羅を使われると簡単に攻撃を通すことは出来ない。


 更には、口から毒液も吐いてくるのでその点は要注意する必要性がある魔物である。


 そこまで強くもない、また珍しくもない魔物……しかし、その亀を見た瞬間、マーレンの顔に驚愕の表情が浮かんだ。


「うそ、なんでこの森にハードタートルが?ここには絶対に生息しない魔物のはずなのに」


 そう、それが問題だった。


 このハードタートルは今までこの森で確認された事例は一切ない。


 それなのに何故いるのか。


(いや、今はそんなこと考える場合じゃないわね)


 マーレンはその答えを探そうと頭をよく回転させて考え始めようとしたが……エスタが「来るよ!!」と言ったのが聞こえ、ひとまずは戦闘に集中するため、そのことを頭から追い出した。


 そうしてハードタートルと『魔聖の力』の戦闘が開始する。


 まず先に動いたのはハードタートルであった。


『クワッ!!』


 そんな鳴き声を上げながら五匹で群れをなしていたのが一匹ずつばらばらに別れた。


 恐らくハードタートルが考えていることは、相手は四人いるという事でマーレン・ルーラ・エスタの三人は一人につき一匹があてがわれ、そして最も強いリーダーのゼイズだけは二匹で相手をするというものだ。


 ハードタートルは恐らくマーレン・ルーラ・エスタの三人に一体一では勝つ可能性は低いとわかっているのだ。


よって、その三人には自身の硬い甲羅をうまく使い時間稼ぎをし、その間に二匹が挟み撃ちで最も強いであろうゼイズを倒す。


 そして、そのまま数に任せて残りを片付けると言ったところだろう。


 そうマーレンは考える。


 そして、実際その通りとなった。


 マーレン達が相手をするハードタートル達一匹一匹は甲羅をこちらに向けて時間稼ぎのため防御の姿勢を取り始めたのだ。


 そして残りの二匹はゼイズに向かって挟み撃ちで突撃していくのがマーレンから見えた。


(なるほどね。誰が強いのかを本能で把握し、二体というアドバンテージを使って真っ先にゼイズを倒そうという訳ね。……なかなか筋の通ったいい作戦じゃない。……でもね、前提として間違っているわ)


 マーレンは内心でそんなことを思う。


 どんなにすごい作戦も、そもそもその前提が間違っていれば全て意味が無いのだ。


 そして今回の場合はゼイズをハードタートル二匹で倒すという所ある。



 そうーー



「おせぇよクソ亀共ッッ!!!」


 まさに二匹がゼイズを殺すため飛びかかろうとした瞬間……甲羅ごと胴体を真っ二つにされ、その二匹は血を吹き出しながら絶命した。


『クワッッ!?』


 亀たちはそれを見て驚きの鳴き声をあげる。


 だが、それもそうだろう。


 殺すために飛びかかった二匹は時間を稼ぐことすら出来ずに瞬殺されてしまったのだから。……更には硬さが自慢の甲羅をいとも容易く真っ二つにされて。


 今回ゼイズが使ったのは霊装神器の能力の一つである聖を刀身に纏わせるものだ。


 魔物に対して聖属性はとても大きな力を発揮する。よって硬い甲羅も楽々と切り裂けたのである。



 驚きから固まるハードタートル達。


 魔物というのは基本的に知能がとても低い。


 本能で把握することもあるのだが、何かを考えることの出来る個体は少ないのだ。


 よって、隙を見せたらどうなるかなど、そんな彼らは知る由もない。


 マーレンの持つ杖から出た炎がハードタートルを焼き付くし、ルーラが短剣で首を切り落とす。そして、エスタの放った矢がハードタートルの頭を……脳みそごと貫いた。


 残っている隙だらけのハードタートル達はそのような手段で殺されてしまう。


 あっけない最後であった。




 ◇ ◇ ◇




「特に疲れてないだろうけど、お疲れ様というべきなのかな?」


「確かにな。なかなか見所はあったが所詮は亀。俺を二匹で倒せるなんて考える程度の知力しか持っていねえ。へっ……俺を倒したいならその五十倍、最低でも百匹は連れて来いってんだ」


 そうしてゼイズとエスタがそう軽口を言い合う。


 そして、それを見ていたマーレンが横から口を挟んだ。


「皆良い?ハードタートルは強くもないし珍しくもないけど、この森にいるのは異常事態だわ。私はすぐにギルドに戻ってこのことを伝えるのをおすすめするけど……」


「ああ、そうだな。俺は賛成だ」


「うん。僕も同じだよ」


 マーレンのその提案にゼイズとエスタはそう言って肯定の意を示す。


 残りはルーラの意思だけだったが、いつまで待っても返答を返さない。


 どうしたのかしら、とマーレンは振り向いてルーラを見ると……ルーラは全身に大粒の汗を多く浮かべながらその場に硬直していたのだ。


 目を大きく見開き、顔には驚愕の表情が浮かんでいる。


 ……いや、驚愕というより、恐怖の方がしっくりと来るだろう。まるで何かに脅えているような。


 それを見たマーレン達パーティメンバーは、これはただ事じゃないということを理解する。


 今まで何度も修羅場をくぐり抜けてきたルーラがここまで怯えるのは見た事がない。それほどのものだった。


「どうしたんだ!?」


 そう聞いたのはゼイズだ。彼はパーティメンバーを思いやる気持ちがとても強く、このような場合には真っ先に声をかけるのだ。


 その問いかけに気づいたのだろう、ルーラはゆっくりとゼイズの方に顔を向けた。


 未だに顔には大粒の汗が多くにじみでているが、そんな中でルーラは途切れ途切れだが、言葉を発した。


「……な……に、これ……っ!!」


 そう言ったが、それだけではゼイズ・エスタ・マーレンが状況を理解できないのも仕方ないだろう。


 そうして今度はエスタがもう一度問いかけようとした瞬間……ルーラが森の奥深くへと走り出した!!


「「「なっ!?」」」


 一瞬彼らは何が起こっているのか理解出来ていなかったが、すぐにルーラを追いかける。


 しかし、『獣人種ビースト』だけあって瞬発力や脚力はとても高い。


 三人はかなり本気で走ったが、なかなか差は縮まらなかった。


 そうして走り続けること数十秒……走り続けていたルーラだったが、いきなりある地点で速度を落として何故か止まる。


 そして、もう数秒もすると三人がルーラに追いついた。


 そのまま、ゼイズは立ちずさんで何かを見ているルーラの腕を掴み叫ぶ。


「おい、ルーラ!!どうして逃げた!!何が起こっているのかをちゃんと説明を……なっ!?」


 が、しかしそのゼイズの叫びは最後まで続かなかった。


 見てしまったのだ。ルーラが呆然と見ていたその場所を。


 ゼイズ達がいる崖の下に広がっている……明らかに自然的なものでは無い空間に、うじゃうじゃと存在している魔物たちを、だ。


 薄暗い森の中ではあるが、冒険者ということである程度夜目は効ので分かるのだ。


 ぎっしりとそこに存在している魔物は数十、数百などという生易しい数ではないということに。


 あいにく、ゼイズが見た感じでは危険度が高い魔物はいないようだが、そんなものはこの数を前にすれば関係ない。


 というかこの数を全て相手するよりは、危険度Sの魔物を相手にした方がまだマシかもしれない。そう思わせるほどの魔物が存在していた。


「うっ……!?な、なんだこれは……」


 思わずそう呟くゼイズ。


 上から見渡せば、薄暗いとあってその景色はとても不快な……嫌悪の気持ちを彼らに抱かせていた。


 現にそれを見たマーレンは少し離れた所で地面に嘔吐している。


 いつも冷静なエスタも大量の脂汗をかきながら、見てわかるほどに顔を青ざめさせていた。


「……さっきは逃げるようなことしてごめん。でもさっきこれが私の探知に引っかかったから……」


 三人より前に知っていたからか、ルーラは流暢にそう話した。


 しかしそれを聞いたゼイズたちはルーラを責める気など全く起きない。


 というか全員が、これを見てしまったらあの行動も当たり前だろう……と思っていた。


 そして少し回復したのか、ゼイズたちの所へと戻ってきたマーレンが何かを思いついたかのように話す。


「……これは多分『大暴走スタンピード』の前兆だと思うわ。こうして魔物が集まってるのだって。……いくら何でも数が多すぎるし、他にも色々とおかしなところがあるけど……」


「そ、それって不味いよね……」


 エスタが聞き返す。


「ええ、魔物には人を襲う習性があるわ。……そして、ここから一番近い都市や町は帝都リンドヴルムよ。こんな数の魔物がいきなり来たら、帝都が壊滅する恐れがあるわ」


大暴走スタンピード』の際に現れる魔物には知性はほとんど存在しておらず、本能のままに、人間を襲い始める。


 そして、本能的ということはここから最も近い帝都が襲われる危険性があるわけだ。


「な、なら早く帝都に戻ってこのことを伝えねぇとまずいだろ!!」


「ええ、全くもってその通りだわ。私が仕切るようで少し悪いけど、今すぐ程度に戻るわよ。……いいわね?エスタ、ルーラ」


「そうだね」


「うん」


 マーレンがそう聞くと、エスタとルーラは即答する。


 彼らにとって帝都は故郷ではないが、いわば家であり、何より死んで欲しくない人が沢山いる。


 そう思っているため即答すること以外、そもそも初めから選択肢は存在していなかった。


「早く行くぞ!!」


 既に走り始めたゼイズがそう呼びかける。


 ここから帝都までは歩いて三日程度かかる。全速力で走っても、体力は無限にある訳では無いので数時間……あるいは十時間程かかるかもしれない。


 とても辛く、苦しい行為となるだろう。


 だが、彼らは『大暴走スタンピード』のことを知らせるために全力で帝都の冒険者ギルドまで走り続ける。


 帝都を守るために、だ。


 このようにして、ランクDパーティ『魔聖の力』の四人は大急ぎで帝都まで戻るのであった。

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