第42話 【侯爵家と炎帝の学院編入試験 2 】

「ん……良かった。目覚めたんだね」


 俺の呟きを聞いたレイラは少しの間が空いたが、いつも通りの様子でそう言うと扉を閉めて、こちらへと歩み寄って来た。


 そうして、俺の寝ているベットの横にあった椅子にちょこんと座る。


「あ、ああ……今丁度、目覚めたばかりだよ……」


 俺はどのような反応をすれば良いかがよく分からず、少し戸惑いながらそう話す。


「そう……ん、これ、お見舞いの品」


 俺のその言葉を聞いたレイラはいつも通りの様子で、そう言って手に持っていたフルーツ盛り合わせの籠を差し出してきた。


 ……正直、体調的には悪くは無いが、何故か食欲と言ったものは全くなかったのだが、ここで受け取らないのは失礼ということで、「ありがとう」とだけ言って、それを受け取る。


 そのまま、近くの棚の上に置くこととした。


 話すことが無くなったのか、レイラは俺の事をじいっと見つめてくる。


 俺もレイラを見返したのだが、何処か気まずい雰囲気が生まれ始めたという事で、「……あー」と言って、俺は話を切り出した。


「さっきも言った通り、今目覚めたばかりで……よく状況が掴めてないんだけど……」


「……なんでも質問して。私に答えられる範囲なら答える」


 レイラは即答する。

 俺は寝ていたとあって、そう感じてはいないが、久しぶりの再会ですぐにこんな話をするのはどうかとも思ったが、しかしレイラは特に気にした様子は無さそうであった。


「ああ、ありがとう。……それで、俺の記憶はレッドドラゴンと戦っていた所まであるんだけど、その後はどうなったんだ?」


 あの世界樹の意志の話では、表に出たと言っていたが、それがよく分からない。


 表とはなんだろうか?


「ん……カノンは一回、気絶……死んだの。それで私達か死にそうって感じになった時に、神様が現れた」


「……神様?」


「そうだよ。……カノンに憑依したって言ってた。それで、その神様がレッドドラゴンを瞬殺してくれて……私達は何とか助かった」


 レイラのその話を聞いて、俺は「なるほどな」と、パズルのピースが組み合わさった。


 表に出たというのは、恐らくは世界樹の意思が気絶した俺に憑依したということだろう。


 それで、俺の代わりにレッドドラゴンを倒してくれたということか。


「でも俺達じゃ、手も足も出なかったあのレッドドラゴンを倒すなんて……やっぱり神とあって強いんだなぁ」


 俺は何気なく呟いたつもりだったのだが、それを聞いたレイラは少しギョッとしながら、俺に話しかけてきた。


「……強いなんてものじゃないよ。私でも全く剣筋が見えなかった。一振りで、文字通り天を割ったし……」


「て、天を割る?……それにレイラでも見えなかったのか……」


「ん……それに、それでも力の一割もないって言ってた。あの神様に勝てるのは、最低でも人間にはいないと思う」


 俺はそのレイラの話を聞いて、驚愕の表情をうかべる。


 一振りで天を割り、レッドドラゴンを瞬殺する。

 どちらも、今の俺には不可能な芸当であるのだ。


 というかユーリの婆さんですら、そんな事は不可能だろう。


 まさに、文字通り神の御業。


 さらには、それでも力の一割も無いときた。


(……世界樹の意思、か。あの性格的に……本気で敬わないと、殺されるかも)


 俺はそんなことを思ってしまった。


「あ、そう言えば……レイラは世界樹の木刀はどこにあるか知らないか?この部屋には無いんだけど……」


 当事者?である世界樹の木刀が見当たらないことに、俺は気づく。


 しかし、俺がキョロキョロと周りを見渡していると、レイラが話した。


「……私の異空間に入ってる。持ち運ぶのに少し邪魔だったから……」


 そうして、レイラの手のひらの上にグニャグニャと空間が捻れて、一個の穴が開く。


 そこからズズズと、一本の木刀が出てきた。


 そう。俺の愛武器で、レイラとは別の相棒の世界樹の木刀だ。


「ありがとう」


 俺はそのまま世界樹の木刀を両手で受け取る。


 見た目、長さ、重さ、質感など……いつも通りではあったが、しかしこれは何故か、どこか懐かしいような感じがした。


(しかし、これに意識があるなんて思いもしなかったなぁ。……世界樹から造られてるけど、見た目はただの木刀だし。……こういうの、インテリジェンスウエポンって言うんだっけ)


 俺は実は意思があるという事実に、少し違和感を感じたが……しかし、気を取り直す。


 意識があろうが、なかろうが、この世界樹の木刀は俺を強くしてくれた、最高の武器であるのだから。


「まあ、いいや。……それで、レッドドラゴンを倒した後はどうなったんだ?」


 俺はレイラに問う。


「ん……神様がカノンの身体から居なくなって……その後は冒険者や騎士の人達が残ってた魔物を討伐した。……数が多かったからめんどくさかったけど、無事、私達の勝利」


「そうか……それは良かった」


 色々あったが、俺たちは無事『大暴走スタンピード』から、帝都を守りきったという事だ。


 これでもう帝都の住民を脅かすものは無い。


 恐らくは……というか、確実に帝都にはいつも通りの活気が戻り、賑やかとなっているはずだ。


 現に微かにだが、部屋に設置されている窓から、様々な音が聞こえ、その様子が伺えるのだから。


「ん……カノンは丸三日間寝てたから参加出来なかったけど、帝都では大きな祝賀会があった」


「へぇ……そうなのか。……というか、俺はそんなに寝ていたのか」


 祝賀会という言葉よりも、三日間も寝ていたということに意識を持っていかれた俺。


 それは俺にとってだが、なかなか驚愕する内容であった。


「しょうがないよ、疲労困憊だったし。……あ、でも皇帝陛下を見れなかったのは残念だね」


「……皇帝陛下も参加したのか?」


「うん、帝都の危機だったからね……演説とかもしてた。それに、今回の『大暴走スタンピード』の一番の活躍者は間違いなくカノン。望めば、謁見ぐらいは叶ったかも」


 俺はそれを聞いて、少し残念な気持ちになった。


 帝国にいる者として皇帝陛下には一度は会ってみたいものであるのだが、ただの平民が皇帝陛下に謁見できる機会などはそうそうない。


 そしておそらくは、それが最初で最後のチャンスであるだろう。


 ……どうしても、落胆の気持ちを覚えてしまった。


「はぁ、考えても虚しいだけだし……諦めるか。……それで、ここはどこなんだ?病室っぽいけど」


 俺は気を取り直して、質問した。


「ん……そうだよ。帝都一番の病院。カノンの状態は結構酷かったから、ここで回復系統の霊装神器を持つ人にずっと回復してもらってた」


「……そんなに酷かったのか?」


「外傷というよりは、内部の……特に筋肉が酷かった。ボロボロでぐちゃぐちゃ。強引に使ったのがわかるって、お医者様は言ってた」


「そ、それは面目ない……」


『活性』や『昇華』の使いすぎで、恐らくはそうなったのだろう。

 強引に身体能力を上げた末路が、これだ。


「外傷はあの神様が一瞬で直してたから無い。ついでに私のも治してもらったし……」


「へぇ……」


 俺はやはり世界樹か、と感心せざるを得なかった。

 強いだけではなくて、回復能力も使えるとは。


(というか、さっきから世界樹に意思があることを俺は特に疑問なく受け入れてるな……普通は訝しむ物なんだろうけど……これも神様の力ってことか?)


 ふーむ、と俺は腕を組みながら、そんな考えに没頭してしまう。


 すると……レイラが俺に向かって口を開いた。


「神様……あれは世界樹?」


「え!?なんで分かるんだ!?」


 レイラのその言葉を聞いて、本日最高の驚愕の表情を浮べる。


 世界樹自身が他言するなと、言っていたので俺はレイラにその事を伝えていなかったのだが……


「ん……少し考えて、カノンのことを見てれば何となく分かる。それに、鎌をかけた?……今の反応で確信した」


「れ、レイラ……」


「大丈夫、誰にも言わない。……ふふふ、私達だけの秘密だね」


 レイラは蠱惑のような笑みをその顔に浮べる。

 俺はその妖艶的な美しいさに目を見開くが、すぐにハッと我に返った。


(はぁ……まあ、いいか。世界樹も信頼出来るものなら良いみたいな事を言っていたし……)


 俺は夢の中でのあのやり取りを思い出しながら、そう考えた。


「ああ、頼むよ。……世界樹に頼まれているんだ」


 俺は手に握られている世界樹の木刀を見ながらそう呟く。

 これが世界樹ユグドラシルの木刀だと知っているのは婆さんとレイラしか居ないので、他の者には予想が出来ないだろう、という判断であった。


「それにしても、俺とレイラだけの秘密って……そんなに嬉しい事なのか?」


 レイラなら秘密は守ると思っているが、そこまで喜ぶ意味がわからなかったのだ。


 ……そんな俺の言葉を聞いて、一瞬キョトンとするレイラ。


 ーーーそして、衝撃的な内容を口にする。


「ん……前も言ったと思うけど、私はカノンの事を一人の男の人として好きだから。……好きな人との秘密は良いもの」


「ぶっ!!?」


 思わずそんな反応を返してしまう。

 それほど衝撃的な内容であった。


「え?え?……前はかもって言ってたよな?」


「うん。で、今回の『大暴走スタンピード』を通じて、カノンのことが好きだって分かった。……自分でも驚いてるけど、私って意外と乙女なんだね」


「いや、乙女っていうか……」


 と言うか、レイラがそんなことを思うなんて、俺が気絶してる間に一体何があったのだろうか?


 レイラからそんなことをストレートに言われて、更にはトロンとした眼で、少し恥じらいながらこちらを見られると、俺まで顔を赤らめてしまう。


(俺なんかのどこが良いんだろうか……取り柄なんか少し腕が立つってだけなのに……)


 俺は恥ずかしさからまともにレイラの眼を直視することが出来ない。


(俺は……レイラのことをどう思っているのだろうか。……レイラの事は間違いなく好きだ。大切な存在でもある。でも、それが恋愛感情かって聞かれると……好意を伝えられたのなんか初めての経験で、よく分からない……)


 俺は頭をくしゃくしゃとかいた……が、その瞬間レイラの声がさらに聞こえる。


「答えは今すぐにじゃなくても良い。カノンが私の事を好きになったら、また言うから……」


 いや……そんな可愛いい顔をされたら、意識しちゃうじゃないか。


 ……とまあ、俺はそんなことを内心思っていたのだが、せっかくレイラがそう言ってくれるのだから、とその言葉に甘える事とした。


「……ヘタレでごめん。恋愛感情かは分からないけど……レイラの事は大切に思ってるから、さ」


「ん……今はそれで良いかな」


 しかしそんな俺の最低な返しにも、レイラは穏やかな様子でそう答えてくれる。


 これが客観的に見て悪手であることは理解しているが、中途半端に答えを返すよりはマシだと俺は判断したのだった。


 ……そうして、刻々と進みゆく時間。


 先程レイラに気持ちを伝えられたが、しかし不思議と気まずい雰囲気などになることは無かった。


 一度似たような事があったからか、それとも他に何か要因があったのか……それは分からないがこの場では好都合だった。


 その後、レイラが「……そういえば」と話しかけてくる。

 それに反応し、こちらからも話を切り出していく俺。


 俺達はたくさん笑い、喜び、驚き合う……そのような時間を過ごす。


 こうして俺はレイラと話を続けて……今日という一日を過ごしていくのであった。

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