第28話 【大暴走と黄道十二星座 8 】

 俺が『大暴走スタンピード』の魔物達の群れへと突撃してからおよそ数十分が経過していた。


「ーーぜぁっ!!」


 俺の今の最優先目的事項はパーティメンバーである一人の少女……『空撃の魔女』の異名を持つレイラを探すことなのだが……


(やっぱりレイラらしき人影はいないか……っ)


 しかし、やはり範囲が広すぎてなかなか見つからないのが現状であった。


 そして、戦場を駆け抜けていると、どうしても魔物達が一人でいる俺に格好の獲物として襲いかかってくる。


 現に今も、横からゴブリンが三匹程俺に向かってきていたところだった。


 だが、ゴブリン如き魔物は相手すらならない。


 俺は世界樹の木刀を、身体をねじりながら一息で一閃する。


 その一振で全てのゴブリンが真っ二つに切り裂かれ絶命するのだった。


「ぐああああぁぁあぁっ!!」


 そして丁度その時、前方の方から明らかに人間が発している悲鳴が聞こえる。


 身体をねじったということで体勢が少し崩れてしまったが、俺は流れるような動きを意識することで崩れたそれを元に戻し、走りながら前方を見る。


 冒険者だ。自身の脇腹を体長二メートル程のリザードマンが持つ鋭利な鉤爪によって、撃ち抜かれていた。


 その男の冒険者の周りにはパーティメンバーが三人存在している。それに対して敵のリザードマンも三匹ほど。


 しかし、このままでは殺られるのは時間の問題だということが理解できた。


「ーーその人たちから離れろっ!!」


 俺は前方へと大きく跳躍し、空中で蜻蛉返りをして体勢を整えながら、リザードマン達の背後へと着地する。


 そして、横薙ぎで一体目のリザードマンを吹き飛ばす。


 そのまま二度目の跳躍。リザードマンの背中に飛び移って、それを認識する前に俺は世界樹の木刀でプツッ!と首を切り落とした。


 今の俺の援護によってリザードマンは残すところ二匹だ。


 俺はそう考えて残りも討伐しようと動き出したが……辺りを見渡しているが、この辺りには既に生存しているリザードマンはいなかった。


 俺はそれに一瞬混乱したが、状況的に判断をして理解する。


(流石だな……やっぱりベテラン冒険者だけあって行動が早い)


 俺の助けが入ったとは言え、すぐさま驚愕から我に返り、俺に驚愕しているリザードマンの隙をついて討伐した……その切り替えの速さに俺は感心せざるを得なかった。


(ん?)


 すると、リザードマンに腹を穿たれていた巨漢の冒険者腹を抑えながら、仲間に抱えられてこちらへと近づいてくる。


「すまねぇ。お前のおかげで助かったぜ。あのままじゃ、俺ァ殺られてただろうからな。……坊主の名前は?」


「カノンです」


「あぁ、坊主があの……。噂じゃすげえ言われようだったが、こう見るとそんな風には見えねぇな」


 どうやらこの人も俺のことを知っているらしい。


 俺は悪い意味で有名になってしまっているのかもしれない。


「ははは。……脇腹の怪我は大丈夫ですか?」


 俺が苦笑しながらそう返すと、


「っぅ……。くっそ痛てぇが、命に関わる程じゃねぇ。……まあ、俺はこれ以上戦えないだろうからな……帝都に戻って治療を受けさせてもらうとしよう……」


 彼はそう言って、ここから距離があろう帝都の方角を見た。


 その目にはどこか悔しそうな様子が見て取れる。


(いや、実際彼にとってはここで離脱することは結構悔しいんだろうなあ……)


 とても強い愛国心だ。そして、そんな相手には何か慰めの言葉を投げかけることはかえって侮辱になる、ということを俺は実体験から知っている。


 ということで、俺は最低限の言葉だけを話し、その場から離れることを決めた。


「帝都に戻る際には気をつけて下さいね。……では、俺はこれで失礼します」


「おう、改めて感謝するぜ。坊主も気をつけろよ」


 そう言って仲間と共に、この場から去っていく彼らパーティ。


 それを見送った俺はレイラを探すために先へと進む。


 先程から俺はこのような状況に陥っていた騎士や冒険者達を見かけると、助太刀に入り助ける……ということを何度も繰り返していた。


 それで時間が刻刻と過ぎていくことは理解しているつもりだが、目の前でそんなことが起きてしまうと、どうしても俺には無視できないのだ。


 恐らくは俺の倒した魔物の数は既に百匹を越しているだろう。……それほどの数だった。


(そろそろ不味くなってきたぞ……。ここからの戦闘は、今までと比べ物にならない程、体力を消耗するな……。本気でレイラと合流しないと)


 俺はそう思って、天秤をかける。


 体力は出来るだけ無駄に使いたくは無かったのだが……俺は、さらに移動速度を上昇させたのだった。




 ◇ ◇ ◇




「そこ……だっ!!」


 俺は地面スレスレの低姿勢から身体のバネを最大限活用して、世界樹の木刀をすくい上げるようにして振るい、青色の鱗を持つ蛇型の魔物の顎を砕く。


 俺としては顎を砕いて、動きが止まったその一瞬を生み出そうという魂胆だったのだが……しかし、その蛇の頭は思っていたよりも小さく、その頭ごと吹き飛ばしてしまった。


「うおっ!?」


 血肉が辺り一体に散らばり、俺は驚愕から唸る。



 あの冒険者達を助けてリザードマンと戦闘を繰り広げた俺が駆け出してから更に、今度は二十分ほどが経過していた。


 相変わらず俺はレイラを探していたのだが、その最中にまたもや助太刀が必要な場面に出くわしてしまい、今こうしているのである。



「だ、大丈夫ですかー?」


 恐らくは俺やレイラと同年代。……そんな雰囲気をまとった少女が俺のその様子を見て駆け寄ってくる。


 今回俺が助けようとしたのが、この少女だった。


 別に侮る気などはないが……こんな俺が言うのもなんだが、この戦場で一人きりで行動するのは危ない、と俺は思ってしまう。


「は、はい。思ったよりも弱かったので、少し計算が狂いまして。……それに驚いただけですので、ご心配なく」


 俺がそう返すと、少女が驚いたように、


「これがよ、弱い?……そ、そうですか」


 と話した。


 その様子をじっと見つめていた俺だったが、俺は自分自身の目的を思い出して、すぐに言って踵を返そうとする。


「じゃ、じゃあ魔物の驚異も去った事だし俺はこれで失礼します。パーティメンバーを探さないと行けないので……」


 そうしてレイラの捜索を再会しようとした瞬間、少女が目を見開きながら、「あっ……」と俺に話かけてきた。


 それは今、最も俺が欲しがっている情報についての話だった。


「あの!!あなたのお名前はカノン・シュトラバインさんでいいんですよね!!」


「え?あ、はい」


「といことは、そのお探ししているパーティメンバーとは、レイラ・イーグリアさんのことで宜しいでしょうか!?」


「そうですけど……あ、まさか……」


「あ、はい!私、先程レイラさんにも危ないところを助けていただいて……移動していなければですけど場所、分かります!!」


 彼女はまさに元気溌剌な様子で俺にそう言い切ってきた。


 俺は彼女のそんな発言にまさに犬の様に飛びつく。


 この戦場に訪れてから、ずっと求め続けていた情報を、彼女が持っていたのだ。


 俺はようやく、レイラを見つけたという歓喜の感情を感じた後、彼女を急かす。


「そ、それは本当なんですか!?ぜひ教えてください!!」


 俺は彼女の方を掴みながら、至近距離でそう叫んでしまった。


 彼女はそれに驚いたのか、固まって少し伸びているようにも見える。


「あ、すいません……」


 予定外のことが引き起こってしまうと、つい興奮してしまう……俺の悪い癖である。


「あ、あの。そんなに興奮しなくても、案内しますから。……カノンさんもレイラさんと同じで私の命の恩人ですので」


 彼女は先程までの驚愕の表情が一転。優しく微笑みながらそんなことを言ってきた。


 そうして「こっちです」と俺を案内して、俺が進もうと思っていた方向とは微妙に異なる方へと走り出す。


(ここで彼女と会えたのは僥倖だったな。……俺だけだったらまだまだレイラを見つけるのに時間がかかっただろうからな……)


 俺はそんなことを考えながら、彼女の後ろをついて行く。


 その際に彼女がレイラに助けられた、ということについて尋ねてみた。


 彼女の名前はレフィーアというらしく、歳は17歳。冒険者となってからは既に二年が経過しているらしい。


 冒険者として活動している理由はお金を稼いで貧しい両親に仕送りをするためだとか。


(なんか……まさにいいって感じがするな。……俺も田舎出身だからその苦労は痛いほどに分かるけど、)


 俺はそれを聞いてそんなことを思わずにはいられない。


 ……話が脱線したので戻すと、今回の『大暴走スタンピード』に参加したのも、帝都を守るという理由以外にも報酬が高いというのがあったらしい。


 そこでその時までずっと一人で戦っていたが、敵の数に殺られそうになっていた時に、たまたま通り掛かったレイラに助けて貰ったという。


 そのまま、多くの数がいた魔物達を一撃で瞬殺していく。彼女はレイラに促されて、隙をついて逃げ出してきたらしい。


 それが三十分程前だとか、なのでレイラがその場所にまだ居るかは分からない……が、俺はその手がかりを離す訳にはいかず、走り続けていた。


 ちなみになぜ俺の名前を知っていたのかも、ついでに問いかけてみると、


「え?だってカノンさんって問題児という意味で、冒険者ギルドの中ではとっても有名ですから。誰でも知ってるんじゃないですか?」


 と、当たり前の様にしてそう返される。


 どうやら本当に俺の(ほとんど嘘であるが)悪い噂はギルド全体に広がってしまっていたようだ。



 そうして彼女の後に続いて移動すること十分ほど……遂に目的地へと到着する。


 俺たちは今、帝都から見てかなり外れの方を走ってきていたのだが、これ以上は道が存在していなかった。


 いわゆる切岸というやつである。


 俺達がたっているのは下から見て、ほとんど垂直に近い程に切り立っている崖の上。


 よって、さらに進むにはここから崖下に降りるしか道はない。


 そして、どうやら彼女とレイラに助けてもらったのはこの崖下であったらしい。


 この場所は多くの木々を抜けた所に存在しており、あまり整備らしき整備はされていないことが分かる。


 冒険者や騎士達もこんな場所まで魔物はいないと考えたか、それとも単に余裕がなかっただけか……冒険者や騎士などの人間はこの場所において一人の影も見受けられなかった。


(つまりレフィーアさんはレイラが来るまでは、こんな所で一人戦っていた……ということだよな?やっぱり少し危なっかしい……ん?これは、崖下に魔物が結構いる。……くそ、数が多すぎてレイラがいるかどうかが分からないな)


 俺はそんなことを考える。


「……ありがとうございましたレフィーアさん。どうやらこの下にはかなりの数の魔物が居るようです。……レイラが居る居ないに関わらず、この数相手に俺はあなたを守りきる自信はありません。……レフィーアさんは先に戻っていてください」


 俺は気配で、恐らくは数百匹程……魔物が存在していることを感知していたので、レフィーアさんにそう話す。


 もしここに残られた場合、彼女のことを気にかけながらの戦闘となるだろう。そうなれば、俺には彼女を守らなければならず、戦闘に支障が出る可能性があった。


「え……でも、いくらカノンさんでも」


「俺なら大丈夫です。……俺はランクA冒険者に勝った男ですよ?この程度なら特に問題はありません。」


 彼女はそれを聞いて恐怖しているはずなのに、それでも俺のことを心配した様子を見せてきたので、俺は自信満々という感じでそう返した。


(レフィーアさんみたいな人をここで死なせる訳には絶対に行かない……)


 彼女は言葉を発しない。


 俺も彼女のことを黙って見続けていたので、その場を静寂が支配する。


 遠くにいるであろう、何処からか聞こえてくる魔物の咆哮や冒険者達の声が、とても鮮明に聞き取ることが出来るほどに俺達は無言だった。


「……分かりました。でもカノンさんも気をつけてくださいね。それと……レイラさんに会うことが出来たら、出来ればでいいんですけど、レイラさんに感謝していたということを伝えて欲しいです」


 俺がそう考えていると、彼女はこれ以上は言っても無駄だという事を悟ったのか、それとも自身の命について考えていたのか……とにかくその俺の言葉を、どこかモヤモヤとしていた様子ではあったが、了承した。


「ええ、もちろん」


 俺が微笑を浮かべながらそう返すと、


 彼女はどこか驚いたように、「ありがとうございます」という後に「……それでは、本当に気をつけてくださいね?」と言い残して、踵を返す。


 そうして彼女は走り始め、元来た道を戻っていく。


 彼女には十分に役目を果たした、ならこのような所にはもういる意味は無いと、俺は考える。


「それに、レフィーアさんは何か勘違いしていたようだけど、別に俺は今から死にに行くわけじゃない。魔物を倒しに行くんだ……」


 レフィーアさんの後ろ姿を見送った俺は独りげにそう呟く。


 そうして姿勢を低くしながら、ジリジリとゆっくり前に進んでいき、崖下をそっと覗くようにして見た。


 とりあえず、下はどのような状況なのかを確認するためだ。


「……っ!!」


 そして、俺はその光景に目を見開く。


 ここからおよそ十メートルほどの崖下……そこには大量の魔物の死骸が存在していた。


 オーク・オーガ・ゴブリンなどの俺が知っている魔物達はもちろんの事、双頭の犬や大きな昆虫型の魔物などの俺の知識には存在しない魔物達など……そこに存在していたそれらは多様な種類に渡っていた。


 どれもこれもスッパリと綺麗に切断されているということが切断面や出血の量を見れば分かる。


 そして、恐らくはその数は百を優に超えているだろう。


 もちろんその場にいる魔物が全てこのように死んでいる訳では無い。ここより少し奥ではまだまだ魔物達が蠢いているというのが見て分かった。


「……ん?」


 その時、俺は違和感を覚える。まるでその魔物達は何かを殺すために行動しているような様子がみうけられたのだ。


 俺はそのという部分に反応する。


 そして、レフィーアさんの言葉を思い出す俺。


「まさか……」


 俺はそう考え魔物達が蠢いている様子を視覚を研ぎ澄ましながら、じっと見つめる。


 一匹また一匹と、何かに首や四肢を切断され、吹き飛ばされながら死んでいく魔物達。


 その瞬間、僅かな隙間を見逃さず、俺はしっかりと捉える。


 傷つきながらも、この魔物達に相手に一歩も引かずに渡り合う黄金の髪を持つ美しい少女。


 俺の大切な仲間であり、パーティメンバー。


 そして、幾度も見たその手に握られている霊装神器。


「……レイラ」


 俺は無意識のうちにそう呟いていた。


 俺がこの戦いに参加してから、ずっと探してきた少女がすぐそこで、演舞のように舞いながら魔物達を着々と斬っている。




 こうして俺は思わぬ所からの助けもあって、遂にレイラを発見したのだった。

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