第9話 【冒険者ギルド登録と空撃の魔女 6 】
「ここが練習場……。流石に、すごいな」
俺がレイラさんに練習場へと案内されて出た第一声はそれであった。
冒険者が戦闘訓練などに使用する事もあるだけに、とても広い空間である。いや、広いなんてものではない。それこそ、数百人単位で戦闘を行なっても、まだまだスペースに余裕はあると思われるのだから。
俺はそのあまりの広さに驚きを隠しきれなかった。
その練習場内では現在、何組ものパーティが丁度戦闘訓練を行っていたが、集中しているのか、距離があるのか、俺達には気づいた素振りを見せない。
「こっちだよ」
俺は色々とぽかん、と反応を見せていたが、レイラさんは俺についてくるように促して来たので慌てて追う。
相変わらずというには、まだまだ初対面に等しいが、掴みどころのない人だ。
そして、練習場内でも、俺たちが入ってきた入口から少し距離は離れている、周囲には誰も存在しないスペースへと足を運んだ。
「ここでやろうね」
そう言いながらぽつねん、と体育座りをするレイラさん。それに習い、俺もその隣に座ることとした。
「はい、分かりました」
というわけで、とりあえず審査を行うスペースは確保出来たようである。
後はカレラさんが来るのを待つだけだったが、その間、特にすることが無かったので、俺は彼女にいくつか質問をしてみることとした。
コネクションを作っておくのも、冒険者の仕事だ。
「レイラさんは何故、俺と戦おうと思ったのですか?」
そう質問するとレイラさんは俺の方を横目でチラリ、と見据えながら、ぽつぽつと答えてくれた。
「さっきも言った通りカノンが強いから……私は強い人が好き、そしてカノンが強いのは一目見てわかった」
レイラさんは少し顔を赤らめながらそう言う。
「……だから私はカノンと闘いたいと思っただけ」
その様子は、まるで恋する乙女のようだ。
頬はほんのり紅潮し、瞳はうるうる湿っている。
どうやらレイラさんは戦うことがかなり好きらしい。
まぁ、俺も戦うのは好きであるため、その気持ちは何となく理解出来た。
そして、その後もレイラさんに質問をしていく。
彼女は淡々とだったが、しっかりとその全てに答えてくれる。どうやら人付き合いはそこまで得意ではないようであり……その似たような境遇に妙に共感を持った。
俺は、同年代の人と話すのはとても久しぶりだったので、その間は楽しい時間を過ごすのだった。
……まぁ、好きなことは何かと聞いた時にぼうっとする事と答えられたのにはさすがの俺も苦笑したが。
──ともあれ、楽しい時間は早く感じるものである。
気づいた時には、受付嬢のカレラさんがこちらへと向かっているところだった。
「大変お待たせ致しました……手続きが完了したのでいつでも始めてもらっても大丈夫ですよ」
やっとか、と思いながら立ち上がったが……その時、俺達はカレラさんから思わぬお願いをされた。
「すいません。一つお願いがあるのですが、あのカウンターにいた冒険者たちに、観客として、これから行われる審査を見せてもらうことは出来ませんか?」
可愛らしい仕草でそう言われる。
俺としては別にどちらでも良いのだが、なぜそんなことをするのか必要があるのだろうか。
……そしてあざとい。さり気なく俺の隣によって来て、至近距離での頼み事である。男ならドギマギするのか普通だ。つまり、俺は正常である。
「ん……たぶん、私が戦うところを見たいんだと思うよ。私はどちらでもいいからカノンが決めて」
レイラさんにそんなことを言われてしまう。
(俺も立場が逆だったらAランク冒険者の戦いを見たいと思う可能性が高いし別にいいか……ああ、でも)
そう思いながら答える。
「構いませんけど、どの……」
「ありがとうございます!!先程からその事についての問い合わせがすごくて……じゃあ、早速準備してきますね!!」
俺の言葉を途中で遮り、そう言って笑顔のまま、颯爽と立ち去っていくカレラさん。
(えぇ……。どのぐらい待つ必要があるかを聞こうとしたんだけど……、話ぐらい聞いてくださいよ……)
俺は「はぁ……」と重苦しい嘆息。
別にそれについてネチネチとどうこう言うつもりは無いが、ひとつ言えるとすれば受付嬢として、もう少し彼女は人の話に耳を傾けた方が良い。
「どんまい」
レイラさんは、しかし興味なさげにそう呟いた。
こうしてまたもや、俺たちはカレラさんが来るのを待つこととなったのだ。
◇ ◇ ◇
「ではこれより、本ギルド所属ランクA冒険者レイラ・イーグリアと新人冒険者カノン・シュトラバインの実力審査を始めます」
あれから更に数十分が経ち、今度こそ準備は出来たということで、今こうしてカレラさんとの戦いが始まろうとしていた。
観客を呼ぶのを許可した俺だが、一つ誤算があるとすればその人数についてだろう。
てっきり数十人程度だと考えていたのだが、今俺たちの審査を見るために集まっている冒険者は最低でも百人は超えていたのだ。
その観客たちはというと、始まるのは今か今かと待ちわびている様子だった。
その子供のような様子には、苦笑せざるを得ない。
(それだけ、ランクA冒険者が持つ影響力は大きいんだろうけど……)
俺たちの戦闘の邪魔にならないように、およそ百メートル四方を囲む様にして観客達は存在している。
距離は少し離れているが、多数の人間から一斉に見られていることには変わりなく、少し緊張し始めたが。
(いや、実践と比べればこのぐらいはなんてことは無い……)
そう思うことで平常心を保った。
いや、思うというより言い聞かせるようにして。強引に心臓の脈動を抑え、心身ともに冷静を維持する。
すると、笑みを浮かべたレイラさんが話しかけてきた。
「ふふ。君と……カノンと戦うの楽しみだよ……あなたの強さを私に教えて。そうすれば、私はもっと高みに登れると思うから」
「ええ、ご期待に添えるかどうかは分かりませんが、全力を尽くさせてもらいますよ。まぁ、とりあえず失望はさせないように努力しましょう」
「ん……戦いは、楽しむことが一番だよ」
レイラさんとそう軽口を言い合っていると横からコホン、と言う音が聞こえてくる。
カレラさんがバツの悪そうに俺たちを見ていた。
「一応、審査前なので軽口はそこら辺にして貰います」
俺は確かにそうだ、と考えながら意識を切り替えた。
要らない感覚を閉ざし、冷水に浸かるがごとく滑らかな動きで自身の身体の動きを確かめる。
そうして、横腰から愛武器である世界樹の木刀を抜き、ゆっくりと構えた。
それを見たレイラさんは、何故か少し訝しみながら自身の感覚を研ぎ澄まし、いつでも戦闘を始められるように準備をする。
「一応、戦闘を行うということで私が審判をさせて頂きます……では、両者ともに準備はいいですね?」
両者ともにこくん、と首を小さく縦に振り頷く。
「──ではっ、始めて下さいッ!!」
そう開始の合図がなされた。
「
開始の合図とともに、レイラさんはそう漏らす。
すると、彼女の背後にいつの間にか、白光で構成された三頭三首六目の巨大なドラゴンが現れる。レイラさんの深層心理がエネルギーをもとに形作った姿である。
しかしドラゴンとは、なかなか攻撃的だ。
強さは精神にも比例する。さすがはAランク冒険者といったところだろうか。
そしてその白竜は彼女を起点に段々と縮小し始める。
おそらくは数秒も経過していないだろうが……いつの間にか、 レイラさんの手の中には、主に赤緑色で形成されている輝かしい一本の長剣が握られていた。
「へぇ。あれが……レイラさんの霊装神器か」
そう。あの力の超高密度物質こそが、所有者の才能という才能全てで造られるとされている、霊装神器だ。
あらゆる基本値が乏しい俺には、そもそも発現させることができないもの。更には、レイラさんの持つそれはその中でも一級品ときた。それを実感する度、俺は自身の情けなさに嫌気がさす。
その長剣から発せられるプレッシャーは、嫌でも俺とは存在の価値すら違うことを自覚させられた。
述べるとすれば、抗うことすらおこがましい。
「ん……次はカノンの番だよ。そんな木刀じゃなくてカノンの霊装神器も見せて欲しいな……」
そんなことを言われたが、俺はそもそも霊装神器を発現出来ないので、その解答に困る。
「あははは……俺もご期待に沿いたいところなんですが、俺はそもそも霊装神器を持ってないんですよ」
「ん……嘘言っても無駄。カノンのその鍛え上げられた肉体は霊装神器持ってない人には無理だよ」
「……すいません。本当に霊装神器は持ってないんです」
「そんな木刀で戦っても、すぐ壊れちゃう。霊装神器には霊装神器、これ常識」
「…………」
「……そう、あくまで霊装神器を使わない主張をするんだね。……まぁいいよ、なら、手加減したことを私が後悔させてあげる。すぐに本気を出させてあげるから」
霊装神器は持ってないと主張したら、どんな解釈をしたのかレイラさんは、俺が舐めてかかっていると思い始めたらしい。どうやら信じてもらえないようだ。
まぁ勘違いするのも分かるといえばわかる。冒険者である戦士において、霊装神器を発現できない方が圧倒的に少ないのだ。……いや、少ないなんてものでは無い。それこそ俺以外居ないのではないかというレベルである。
そうしてレイラさんは、そのどこか神々しい霊装神器の鋭い剣先をこちらに向け、霞の構えをとった。
(ふぅ……。霊装神器と実際に戦うのはこの木刀を手にしてから初めてだけど……きっと出来る。……いや出来なきゃ本当に困るぞ。とりあえず、最強を目指すなら、彼女にも勝たなければいけないし)
先程のレイラさんとのやり取りで、周りの冒険者達は俺の事を色々と非難し始めているが、戦闘となった以上、外野が何を言おうと気にしない。
気にしないというか、深海のように深い集中力が効果を発揮し、既に聞こえていない。
俺は正面のレイラさんだけを見据える。
──こうして、才能の塊である霊装神器に相手に、たった一本の木刀で挑むという、客観的には無謀無策無茶としか表現出来ない戦いの幕が開けたのだった。
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