第10話 【冒険者ギルド登録と空撃の魔女 7 】
「ーーフッ!!」
先に動いたのはレイラさんだった。
審査が始まってしばらくは睨み合いが続いていたのだが、このままでは埒が明かないと思ったのか、レイラさんは俺に向かって突進を仕掛けてくる。
(速い!!)
大森林で戦った赤狼もかなり速かったが、レイラさんはそんな赤狼と比較してもなお圧倒的に速かった。おそらくは、俺がこれまで生きてきた中でも三本の指の中に入るであろう。
そして客観的に見ると、一秒にも満たない一瞬の出来事である……が、俺はそれに対応した。
(確かにレイラさんはめちゃくちゃ速いけどっ……婆さんよりは遅い!!)
俺は素早い動作で斬りかかってくるレイラさんの斬撃を、木刀で受け止めた。なるほど、速度と力は比例してはいないようで、その事実からは彼女が威力よりも速度を重視してる事がわかった。
ガギィィィィィンという甲高い音が周囲に鳴り響き、そして両者の攻防は拮抗する。
「なっ!?」
「よし!!」
俺とレイラさんの反応は真逆。
彼女は不慣れなのか自身の攻撃が防がれた驚き、俺はレイラさんの攻撃を防いだ喜びをそれぞれ示す。
(よし、よし、よし、よし!!霊装神器を防いだっ……!!戦える、俺でも戦える!!)
戦闘中というのにどうしてもそう考えてしまう。
実際に霊装神器の攻撃を防ぎ、戦えるという事実を初めて実感して喜びが抑えきれなかのだ。
俺はそんな事を考えていたが、レイラさんは一回距離を取るべく、後ろに大きく跳躍して離れる。
繰り広げたのは、たった一回の攻防だったが、俺とレイラさんの心情は大きく異なっていた。
「驚いた……まさか私の攻撃を防ぐなんて……その木刀?それともカノンの力?……前言撤回する。分からないけどただの木刀なのに霊装神器と打ち合って壊れないなんて」
「……俺にはなんの力もありません。全てこの木刀が凄いだけですよ」
「でも、結構本気だった私の攻撃に対応した。やっぱりカノンは強いよ」
ランクA冒険者に褒められたということで喜びを覚えたが、直ぐに意識を切替える。
「……では、次はこちらから行きます」
「うん、来て」
そう言うと同時に、俺は脚力を総動員させて一足で世界樹の木刀の間合いまで踏み込んだ。
威力と速度を上げるために回転しながらレイラさんに四方八方、様々な角度から攻撃していく。
「っう……」
レイラさんはいきなり間合いに入れた俺に驚きながらも霊装神器を振りかぶり、俺に攻撃をしてきた。
……が、俺はその振り下ろしを半歩、横にズレることで回避する。
そして、その動きのままレイラさんの背後まで移動し袈裟斬りを放つ。
「ふっ……!!」
レイラさんはそれを、身体をねじることで回避し、カウンターとして俺に剣を振ってきた。
俺はそれを上手く防御し、更に木刀を打ち込んでいく。
「はあぁああああっ!!」
レイラさんはそのほとんどを霊装神器で防いでいくが、時間と共にかすり傷だが、ダメージを負っていく。
「す、すげぇ……」
「なんつぅー戦いだよ」
「もはや速すぎて目で追うのがやっとなんだが……」
戦闘中ということもあって、何を言ったのかは聞こえなかったが観客の冒険者達が何かを話していることが微かに耳に聞こえた。
「はあああああぁぁぁっ!!!」
そんなことを考えながら、そのまま俺は攻撃をしかけ続ける。
そうして、袈裟斬り・逆袈裟・横薙ぎ・刺突など様々な攻撃方法を用いて俺はレイラさんに攻撃をし続けている。
……が、その尽くを彼女は回避、あるいは防御することで無力化した。
さすがはランクA冒険者というべきか。
しかし体力は無尽蔵ではないし、男と女……その性別の性質上、異なる点は様々ある。
今回でいえば筋力。
一つ一つの攻撃が重いため、それを防御したりいなしたりするのにも当然体力が消費されるのだ。
よって、彼女の体力は段々と……そして、確実に削られていった。
「そこだ!!」
そうして、立ち会いが始まって69手目に俺は左横薙ぎを繰り出したのだが……そこで、ついに体力が厳しくなってきたのか一瞬、目に見えて動きが鈍った事を俺は確認する。
もちろんそのチャンスを逃す俺ではない。
俺はいなしきれなくなるまで攻め続けてやる、という気概で責め出した。
「させない……っ!!」
……が、レイラさんは女性特有のしなやかな体のバネを使ってその全てを避けては受け流す。
「……嘘!?」
そうして、109手目ついに俺の攻撃をレイラさんが捉えた。
が、しかし彼女も実力者である。
俺の太刀を薄皮一枚で躱し、そしてそのまま、レイラさんは俺と呼吸を合わしながら、鍔迫り状態に持ち込んだ。
先程とは違い、観客達は何かを言ったりしない。
その静けさから鍔迫りの音が響き渡る。
そうすることしばらく……鍔迫りの状態を維持したままレイラさんは話しかけできた。
「はぁ、はぁ……やっぱり強い、多分カノンは私が見てきた中でも上位に入るぐらい強いと思うよ」
「……それはありがたいですね」
「でも……ダメ、霊装神器に対抗するには霊装神器じゃないと……今から身をもってそれを教えてあげる」
それはどういう……と、聞こうとしたその瞬間、レイラさんは鍔迫りにかける力を一気に抜いた。
俺はその影響をまともに受けてしまい、前方につんのめる様な体勢となる。
(……上手い!!)
その技術に感銘を覚えたが……しかし、つんのめってしまっただけである。
ここまでの攻防で技術はともかく、身体能力はこちらが勝っていると分かっていた。
俺はその身体能力をフルに使って体勢を瞬時に立て直す。
そして、そのままレイラさんが放った横薙ぎを攻めの姿勢で受けようとしたのだが……
(……いや、まてっ……!!これは……不味いッ!!)
計算が狂った。
すぐさま木刀を掲げ、防御体勢をとる。
そのわずかコンマ数秒後、木刀にとてつもなく大きな衝撃が走る。
「ぐううぅ……っ!!」
その衝撃に耐えられず、俺は後ろへと吹き飛ばされていまった。
およそ数十メートル程吹き飛ばされたが、何とか地面に木刀を突き刺すことで吹き飛ばしをそれ以上は拒否する。
「はぁ、はぁ……っ!!」
今の攻防で体力を大きく消耗してしまったが、そんなことよりも今の攻撃について考える。
(なんだ今のは……?今の攻撃はレイラさんが放てる速度の限界を軽々と超えていたぞ。それに、攻撃を受けたあの感触……、あれもなんだ?)
今受けた一撃は、レイラさんの身体能力では不可能なほどの速度と力で放たれていた。
更には木刀を受けた時に感じた、何かを削られるような不快な感触。
どういうことだ、と疑問に感じたがとりあえず次の攻撃に備える。
あれを連発できるなら、このままではかなり厳しくなるからだ。
「やっぱり……今のも防ぐんだね。本気で、更には不意打ちで放った一撃だったのに……」
「本気、ということはまさか……」
「うん。今の一撃凄かったでしょ?……あれ、霊装神器の能力を使ったから」
レイラさんがそう教えてくれる。
……失念していた。
霊装神器は『霊装能力』という、一人一つ必ず何かしら能力を持っているのである。
それらは摩訶不思議な能力であり、原理などは分からず、考えるだけ無駄なものだ。
(今のがレイラさんの霊装神器の能力というなら納得はできるけど……なんの能力なんだ?)
そんなことを考えながら、深呼吸をして木刀を正眼に構える。
(……とりあえずは、レイラさんの能力を見極めることが第一だ)
「本気で行くよ!!」
俺がそう考えるとレイラさんがまたもやこちらに突っ込んできた。
超高速とも呼べる速度で剣を振ってくる。
先程までは充分対処出来ていたのに、もはや防ぐのでいっぱいいっぱいである。
「っ……!」
しかし、激しい攻防の中でも俺は、冷静にその能力を見極めていた。
(……移動する速度は変わってないな……ただ単に霊装神器を振るう速度と力のみが上がっている……それで、あの不可解な感触)
彼女が放つ刺突を俺は薄皮一枚というところで回避しながら考える。
(……まさか)
そうして考えていると俺はある可能性を思いついた。
それを確かめるために行動へと移す。
どうやら、レイラさんは急な変化のためか、それを完全に使いこなせておらず、攻撃の後に少しの隙ができるのが幸いだった。
「ぜぁっっ……!!」
レイラさんが振るう霊装神器の攻撃を俺は何とか避け、その隙をつきレイラさんの懐へと飛び込もうとする。
そうして木刀をその身体に叩き込もうもした時……
「うっ……!?」
唐突に呼吸が出来なくなる。
しかしそれも一瞬のこと、次の瞬間にはそれが嘘だったかの様に呼吸は出来るようになっていた。
(やっぱり、……この人の能力は……っ!!)
俺のその一瞬の硬直をついてレイラさんは振り下ろしを放ってくるが、予め来ること予想していた俺はそれを避けバックステップで距離を取る。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
……レイラさんとの距離は充分にある。
俺はそれを確認すると構えを解き、レイラさんの霊装神器の能力のカラクリについて話し始めた。
「なるほど……なかなか面白い能力ですね」
「……分かったの?……ならぜひ聞かせて欲しい」
「ええ、もちろん……レイラさんの霊装神器の能力は
「っ……!?」
やはり図星だ。
そう、この能力ならば全ての辻褄が合うのだ。
「あのとてつもなく重く速い斬撃……あれは一見、強化に見えますが、本当は一瞬だけ空間ごと空気をえぐり取り、霊装神器の周囲を真空状態にしていたんですね」
驚愕しているレイラさんだったが、俺はそのまま説明を続ける。
「通常、剣を振るう時には空気の抵抗などを受けるため、かなりの力をロスしてしまい威力が落ちてしまいますが……
レイラさんの能力を使えば、全ての抵抗が無くなるので、力の全てを剣を振ることに使える。
そうすることで、速く強くなったという訳だ。
しかし、それも万能ではない。
空間を斬れるのは見たところ精々、霊装神器の周辺数センチと言ったところであるので、別に移動速度自体は速くなったりはしないのだ。
(あの息が出来なくなるのも当たり前だ、真空状態となっていたんだから……)
そして、木刀と霊装神器がうち会った時に感じた違和感は俺の木刀を空間ごと斬ろうとした事によるものだろう。
「……」
レイラさんは俺の説明を聞き、黙り込んでしまっている。
が、そうすることしばらく……ついに口を開いた。
「正解。私の礼装神器『
レイラさんは素直にそう白状した。
「それに……その木刀は何?空間ごと斬ろうとしたのに全く斬れない」
世界樹の木刀は特性『不滅』を持っているので絶対に破壊されることは無い。
……が、俺はそれを教える訳には行かない。
格上の相手に自身の能力を教えるのは愚か者がすることである。
(……しかし、空間切断って強すぎないか?……俺は世界樹の木刀を持ってるからともかく……理論上、それを使えば霊装神器をも斬ることが出来るぞ?)
霊装神器は所有者の力を集結させたものであり、その中には当然精神力も入っている。
霊装神器が破壊されるのは、力が破壊されるのと同じと言っても過言では無いのだ。
もしそうなれば精神力も破壊され、気絶と行かなくてもかなりの疲労が襲いかかってくる。
そんな状態でこの少女と戦えば、百パーセントと言ってもいい程に勝ち目はない。
「まさか『
確かにそうである。
現に俺は彼女の攻撃を防ぐので精一杯だった。
確かにこのままでは俺の体力が先に尽き、負けてしまうだろう。
……
「勝負はやってみないと分かりませんよ?」
「……なら、やってみようか」
(レイラさんの能力は把握したし……勝つ為には……
俺は内心、そう思いながら世界樹の木刀をゆっくりと構える。
レイラさんも同時に、最高の一撃を放つための構えをとった。
こうして最後の攻防が始まる。
……そして瞬間、俺たちは同時に地面を蹴り、一気に距離を縮めた。
グングンと相対的に縮んでいく距離。
それは一瞬の出来事だったが、時間が引き伸ばされたように感じた。
「
彼女はそう言いながら初めとは比べ物にならない速さを持つ空間切断の一撃を放つ。
恐らく今日一番の速さと強さを持つ攻撃であるが……もう俺には関係ない。
俺は世界樹の木刀の持つ特性『活性』を発動させる。
俺の身体機能の全てが活性化した。
(これだけだけではレイラさんには勝つことは出来ないだろう……けど、条件は揃った!!)
俺は思考が加速する中でそう考える。
だから、俺はこの状況でも勝つことの出来る一手を発動させるのだ。
そうして俺は世界樹の木刀を振る……が、これはただの太刀では無い。
剣の奥伝として俺が作り出した、
其の名は……
「
秘剣一式『天叢雲』は俺が持つ秘剣の中でも、一番の速さを誇る一刀である。
先程、剣を振る時には空気の抵抗により威力が落ちると説明したが、この秘剣は特殊な振り方をする事で、その抵抗すらも太刀に乗せ威力と速度に上乗せするというものだ。
『
しかし扱いが難しく、現時点の俺では世界樹の木刀で身体機能を活性化させていないと使えないというデメリットも存在する。
ともかく、俺のその『天叢雲』は爆発的な速度を見せてレイラさんへと襲いかかった。
「なっ……!?」
それを見たレイラさんは驚きながらも、流石と言える速度で防御姿勢をとったが……ギィィィィィンという有り得ないような音を立てながら、いとも簡単に吹き飛ばされてしまった。
ものすごい速さで吹き飛ばされていき、遂に練習場の壁まで到達する……そうしてレイラさんは、そのまま壁に大きなクレーターを作り出し、
「っ!?……なん……で……」
そう呟きながらあまりの衝撃故に気絶してしまった。
◇ ◇ ◇
「「「……」」」
それを見た周りの冒険者達は何が起きているのか分からない、とばかりに驚愕の表情を浮かべる。
(まぁ、それもそうか……。この人たち、絶対俺ではランクA冒険者には勝てない……つまり、当て馬だと思ってたからな)
そんなことを考えるが、俺もそこまで余裕がある訳では無い。
もはや肉体的にも精神的にもクタクタである。
秘剣の中でも特に扱いの難しい、『天叢雲』を使ってしまい、腕の筋肉が痙攣し始めてもいた。
ここまで激しい戦いは婆さん以来である。
(流石はランクA冒険者と言ったところか……)
そして、唖然としていた人達の中で最もはやく我に返ったカレラさんが勝敗を告げた。
「し、勝者……カノン・シュトラバイン……」
勝者って……これは試合じゃなくて審査なんだけどな……。
俺がそう思うと同時に、冒険者達の歓声が響き渡った。
「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
あまりの大声に驚いていまう。
「すげぇっ!!すげぇっ!!すげーよっ!!」
「あのバケモノランクA冒険者に勝ちやがった!!」
「や、やっべぇ……」
冒険者達はどうやら、ランクA冒険者相手に勝ってしまったという展開に大きく興奮しているようだ。
最初の方は罵声が多かったが、今となっては俺を称える声の方が多くなっている。
褒められて悪い気はしなく、顔を少し赤らめてしまう。
その後は、ギルドの職員数名がやって来てレイラさんの治療に取り掛かった。
全身に怪我を負っているが、命に関わるものは特にないとか。
そのままギルドの治療室まで運ばれていく。
(怪我が完治したら……ぜひもう一度話してみたいものだ……)
こうしてレイラさんとの戦いは、俺の勝利という結果で幕を閉じたのだった。
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