第6話 【冒険者ギルド登録と空撃の魔女 3 】

 俺は陽光をたっぷりと浴びながら、ゆっくり数回の深呼吸をする。

 何日もの間、鬱蒼とする木々に囲まれていたのだ。そこを抜け出したとなると、えも言えない開放感が俺を支配するのは当たり前だった。

 肉体的な疲労は問題ないが、精神的な疲労に関しては話は別であろう。

 自然の空気はたしかに美味しい。しかしながら、いつかは飽きるというもので、さすがに少しまいっていたのだ。そんなこともあって、より一層俺は大森林を抜け出せたことに歓喜を滲ませていた。

 まぁ、一抹の不安が解消されたというのもあるけど。ほら、俺はどちらかと言えば方向音痴だから。


「……眩しい」


 今までは周囲に濃く展開されていた木々が太陽の光をかなり遮っていたので、久しぶりの太陽光を肌で直に感じている。

 そのまま、ぼうっとしながら辺りを見渡す。

 大森林の近くということで、あまり開拓はされておらず、なかなかの荒地が広がっている。

 干からびた雑草がところどころからは生えているが、それは放置に放置を重ねた結果であり、手を加えられた形跡は一切存在していない。


「ん? あれは……」


 ここから少し距離があるが、適当に整備されている道路らしき隆起があることを発見したのだ。

 肉眼ではうっすらと見える程度だったので、認識するのに少し時間がかかったが……。


「あれを辿ればいつか帝都に着くのか?」


 俺はそう疑問に思った……が直ぐに、婆さんから貰った地図を見ればいいじゃないか、と考えつく。

 何故そんな簡単な事に気づかなかったのかとしみじみ思いながら、地図を取りだした。

 もちろん、地図の読み方などはよく分からない。しかしどうにか何も無い辺りの地形から場所を割り出し、当てはめ現在位置を特定することに成功した。

 あとは婆さんが示してくれている簡易ルートに沿って歩を進めるだけなのだが……どうやら、順調に程度に近づいてはいるようだ。


「このまま行くとして……でも少しペースをあげた方が良いのかもしれない。水に食料が、結構心許なくなってきたしな」


 無飲食行動における俺の最長記録は10日である。常人と比べ、かなり長いということがみてとれるだろう。

 ま、無駄に鍛えていないということだね。

 ……しかしながら、苦痛があるといのは事実だ。俺としてはそんな思いは好んで味わいたく無いため、迅速な行動を心がけるように意識するのだった。


「一応森も抜けたし、魔物が森の中ほど跋扈しているということはないと思うけど……でも気は抜いちゃいかんよな。常在戦場って言うし」


 俺はひとりげに呟くと共に、歩を進めるが。

 しかし結局──その日は特に何も起こらず……俺が行ったことと言えば、ただ1本の道に沿って歩き続けることだけだった。




 ◇ ◇ ◇




 そしてその翌日、俺はまだ歩き続けていた。

 しかしながら1日も歩き続けると、帝都へはかなり近づいてきているようで、ちょくちょく通行人や田舎ではあるが村などを見る機会が増えてきている。


(でも、通行人と言ってもおそらくは行商人であろう老人ばかりだし……)


 ここ数年、老人としかあっていないと感じる俺。

 故郷のシャール村にいるのはほとんどが老人で、若い者など俺しかいなかった。

 婆さんは見た目はとても若く見えるが、それはエルフだからであり、実年齢は300歳を超えている。

 というか、まともに話していたのが婆さんぐらいしかいないので、コミュニケーション能力がなかなか心配である俺だった。


「……ん?」


 そう考えながら歩き続けること更に数時間、俺は通行人の様子に違和感を覚える。

 先程までは通行人は老人しか見かけなかったが、この頃になると中年の成人を何人も見かけるようになっていた。

 それ自体は別に問題なかったのだが、行きゆく通行人は皆何かから逃げるようにして、こちらへと走ってきているのだ。

 急ぎすぎているせいか、人々はかなりの頻度でそれぞれの持ち物を道に落としている。

 にもかかわらず、そんなことはお構い無しと一心不乱に走り続けている。

 それが指し示すことは、落とした所持品を拾う間もないほどに急いでいるということか。しかしながら、これほどの数の人達となると……。

 その様子を見て流石に只事じゃないと思った俺は走ってくる中年の男性に話を聞いてみた。


「何かあったんですか?」


 そうすると、その男は俺に気づき、どこか焦ったようにしながら説明をする。


「魔物が出たんだよ!! ここから数百メートルは先だが、魔物の群れが襲ってきた。あれば……おそらくゴブリンだと思うが、あんなに数を集められては歯が立たない。……心苦しいが、こうして逃げてきてるんだ」


 ゴブリンは体長一メートル前後の人型魔物で、緑肌を持つ所謂小鬼である。単体で見た場合はそこまの戦闘力を発揮しないが、群れで行動する習性があり、そうなるとなかなか厄介だ。


「そのゴブリンは今どうしているんですか?」


「あいつらは今、行商人を襲っている。……行商人だったから、冒険者を護衛として数人雇っていたけど、ゴブリンの数が数だけにあの戦力だけでは勝つことはできないだろうな」


 中年の男はそう説明し、さらに焦燥を見せる。


「ていうか、そろそろ行かせてもらっていいか? あの行商人を襲ったあと俺たちが襲われないとは限らねえ。……少しでも、遠くに逃げたいんだが」


「はい。もう大丈夫です。色々とありがとうございました」


 俺がお礼を言うと、男は訝しんだ。


「いや、坊主はどうするつもりなんだ? 早く逃げないとお前さんも襲われるぞ」


 これは……なるほど、心配されているのか。

 なんと言うか、厳つい見た目にそぐわずなかなかに律儀な人だ。自身も内心では恐怖に駆られているはずなのに、俺のような者のことすら心配してくれるとはね。少し嬉しいぞ。


「大丈夫です。腕にはそこそこ自信がありますし、どうしようもなくなった時はすぐに逃げます」


「……そうか、なら気をつけろよ。ほんとに洒落になんねえレベルの数がいたからな」


 そう残して男は早急に立ち去って行った。

 もちろん、逃げるなんて嘘だ。

 そうでも言わなければ、あの男は俺を引き止めてきただろう。俺の身勝手な行動に付き合わせる訳にはいかない。

 俺は苦笑を浮かべて木刀に親指をかけた。


(襲われてる人がいて、無視出来るわけないよな。それに手遅れでも仇だけでも取ってあげたい。それが人情というやつだろう)


 俺は肺の中の空気を一呼吸で思い切り吐き出し、鍛え上げた脚力で固い台地を蹴りつけた。

 目まぐるしく変化する眼前の景色。

 既に一帯の人間は逃走が完了しているのだろう、直線に続く広路には人影は存在していなかった。まぁ俺としてはそちらの方がありがたい。混乱の最中、衝突する心配をしなくて良いし、何よりとても走りやすかった。

 そのまま走り続けること暫く。俺は遂に現場を発見する。

 鼻をつんと刺激する生臭い匂いが俺の不快感を煽り、喧騒が鼓膜を震わし始めた。

 視界情報で説明すると──そう。行商人が乗っている何台もの馬車が、大量のゴブリンによって囲まれ襲われていた。


「これは酷いな」


 その上、周囲には何人かの人間の死骸が転がっており、残忍な殺され方をしていることが分かる。

 ゴブリンは死体に全くの興味を示さず、むしろ容赦なく踏みつけたりなど、遺棄されている死体の扱い方は酷いとしか言いようがない。

 装備などの装いからしておそらく、先程、男の話に出てきた護衛の冒険者だろう。

 気持ち悪く馬車に群がるゴブリンを再度眺め、フツフツと俺の心が怒りに染まる。


「……これは、さすがに許せないな」


 世界樹の木刀を腰から引き抜き、構える。

 眠るよりも深い集中の中、考える。馬車の中から行商人と思われる人達の悲鳴が聞こえた。もはや一刻の猶予もない。手遅れになる前に助けなければ。

 世界樹の木刀を握る握力を……強め──


「あの赤狼相手には勝てた俺だけど、あれは敵が単体だったから上手くいった。雑魚とはいえ、あの数相手に今の俺はどれだけ戦えるのか」


 もちろん負けるとは思っていないが、念の為『活性』を発動させ、身体機能を活性化させて大幅に強化させておく。

 全ての準備は整った。


「滅──ッ!!」


 刹那。俺の足裏が大地から離れ、同時に無数の岩の欠片や破片が宙を舞った。

 纏う暴風。陥没する地面。

 それを傍目にも収めず、俺の体が霞みがかったように消失する。一筋の流星が……愚直に突っ込んだ。




 ◇ ◇ ◇




「はあああああぁ!!」


 ゴブリンの集団のもとまで到来した俺は、初撃に重量に任せた横薙ぎを放つ。ゴブリンは小鬼とあって、身長が低く非常に軽いのだ。

 俺の裂帛と共に穿つ一撃は、ゴブリン十匹ほどをまとめて吹き飛ばした。

 何メートルもの距離をあっという間に吹き飛ばされ、ゴブリン達の四肢や脛骨があらん方向に曲がる。その血生臭い光景に俺は一瞬眉根を寄せるが、これは殺された冒険者たちに関しての意趣返しであった。つまり、命には命で返礼する。惨たらしく殺されたのならば、こちらも容赦なく殺し返せ……婆さんがよく口にしていた言葉であった。

 言わずもがな、絶命しているだろう。

 俺はすぐさま気を取り直し、次の行動に移る。

 低い知能とはいえ、さすがのゴブリンたちも異変が起きたことを理解して、威嚇の鳴き声を上げた。


『ギィギギギ!』


『ギィギィギギ!』


『ギギギギギィ!』


 しかし、この程度の威嚇で俺は臆さない。


「ふぅっ!」


 世界樹の木刀でゴブリンを叩きつけ、骨を粉砕し、肉をぶちぎり、吹き飛ばしていく。

 ゴブリンは俺の圧倒的な膂力を前にして、抵抗らしい抵抗すらできない。

 とはいえ、如何せん数が多い。

 目算だが、最低でも百匹はいだろう。

 ということで、時間を掛けない最低限の動きで、ゴブリンの急所を的確に狙っていく。小さいとはいえ人型であるのだから、弱点は人体とほとんど変わらないのであった。


「なるほどな。存外難しいな」


 今回を含め実戦は数回目ということもあり、手のひらに残る気持ちの悪い感触に未だ慣れておらず、顔を顰めてしまうが、俺は雑念を振り払い戦闘に更に集中していく。

 俺はそういう経緯でゴブリンを蹂躙していたが 、ようやく向こうも状況把握ができたのか、俺を敵と認識して襲いかかってきた。


『ギィギィギギ!』


『ギギイィ!』


 ゴブリン達は数匹単位でまとまり、波状攻撃を仕掛けるかのように、多彩な攻撃を見せる。

 最も厄介なのがその特徴たる低身長だ。攻撃の的となる肉体が小さいので、懐に潜り込まれやすい上に、小回りの効いたトリッキーな動きに俺は少しばかり翻弄されてしまったのは事実。


「だけど甘いねッ、それ以前に彼我の身体能力には隔絶しすぎた差があるよ。強引に潰せる!」


 しかし、所詮はゴブリンだ。

 俺の肉体に攻撃が当たる前に、木刀で全ての打撃を時にいなし、時に受け流し、時に盾がわりにすることで防御と回避を成功させ──それだけでは俺は満足せず、カウンターでゴブリンどもを撲殺した。


「ーーーシッ!!」


 一回り身体の大きいゴブリンが背後から気配を消して突撃してくるが、俺はそれを最小限の動きでかわし、木刀で首の骨を叩き折った。

 確かに攻撃力は高そうだが、的が大きい上に動きも愚鈍で、殺気がダダ漏れである。俺が反応できないはずがない。というかむしろ、回避を得意とする俺とは相性が悪いのか、雑兵のゴブリンよりも討伐は容易かったように感じられた。

 ゴキュッという骨が粉砕される鈍音の後、絶命する醜い小鬼。


『ギギィ!』


 それを見た別のゴブリンが、威嚇の殺気を滲ませながら、またもや俺に飛びかかろうとする。

 しかし、真正面からとはいただけないな……。


「ーーせめて一斉に襲いかかって、逃げ場を無くすとかすればっ、まだいい勝負になるものを」


『ギャギャギャピッ!』


 俺は木刀の切っ先で素早く鳩尾を突いた。

 白目を剥き泡を吹き出すそのゴブリンを蹴飛ばし、別の個体にぶつけることで拡散させる。


「屠殺だ」




 ◇ ◇ ◇




 戦闘開始からおよそ数分……この頃になると、既に残存ゴブリンの数は三十匹を切っていた。


『ギギギギギ』


 絶対に勝てないと悟ったのだろう。生き残ったゴブリンは一目散に俺から距離を取っていく。

 なるほど。まぁ最低限の知能は備えているのか。いや、ただ単に駆り立てられる本能に従っただけかもしれないけど。

 とにかく、追撃をするかしないか。

 それを刹那の時間で考えるが、結局追わないことにする。もちろん、理由はある。そもそも今から逃走する小鬼たちを狙っても、その全てに対処することはさすがに不可能だし、ゴブリンたちは俺……いや人間族に対し本能的に恐怖心を覚えたはずなので、人間を襲うことはないと考えたからだ。

 それに、俺自身も乗り気という訳では無い。

 最初は容赦なく全て討伐しようと思っていたが、実際に命を奪取していくうちに、麻痺していた倫理観が正常に働き出したのか、それとも他に要因があるのか……その気も失せてしまったのだ。


「ふう。じゃあこれで終わりだな」


 戦闘終了。俺は木刀の刀身部分に付着しているおびただしい量の肉血を、木刀を振り、遠心力を刀身にかけることで地面に弾き、綺麗にする。

 そのまま木刀を腰に戻す。

 少しばかり辺りを見渡し、視覚と聴覚で不審な存在がいないことを確認し終えてようやき──俺とゴブリンの戦闘は完全な終了を迎えた。




 ◇ ◇ ◇




 戦闘が終了し、襲ってくる存在もいなくなり、俺さりげなく周囲を見渡す。張本人が言うのもなんだが、非常に悲惨な光景だろう。視界いっぱい、ゴブリンの遺骸と血肉で埋め尽くされていた。

 地平線まで続くというのはさすがに大仰だが、それでも赤黒い液体と緑の肉塊がおびただしい量存在しており、俺もある程度覚悟という名の耐性が無ければ、情けなく嘔吐していたかもしれない。


(鉄臭さが充満している。あまり嗅ぎたくない匂いだ)


 何気に多数を相手取るのは初めての経験だったので、色々と失点があったことを反省していると、不意に背後から声がかけられる。


「あの……」


 その声で「んぐ……」と俺は我に返った。

 行商人を助けに来たのに、その人達を放っておいて、何をしているんだ、と。


「ああ、すいません。えっと、怪我とかはしていませんか?」


「ええ。まずは謝辞を。助けていただきありがとうございました。もし貴方の助けがなかったら、私たちは今頃無惨に殺されていたでしょうから」


 お辞儀をする行商人の男。

 おそらくは商隊のリーダー的存在なのであろう。庶民の俺でも分かるほど、高級な衣服を身につけている。また、その恭しく礼をする仕草からも、非常に教養ある人物だということを理解させられる。


「いえ、困っている人を助けるのは当たり前……とは言いませんが、俺の自己満足ですので。それよりも、まずは死体をどうにかしませんか? 俺も手伝います」


 俺はとりあえずそう言っておく。

 このまま放置し続けていれば血の匂いで、他の魔物を集めてしまうのだ。魔物は凶暴なものが多く、ひとたび血肉を見れば、戦闘は避けられない。

 別に勝つ自信が無いとかそういう訳では無いが、この状況で自ら進んで魔物とは戦いたくはないわけで、早急に対処しておきたい。


「ええ、確かにそうですね。では、具体的なお話はそれが済んだらということで」


 行商人の男は、身を翻しもどっていく。

 おそらくは雇っていた冒険者や仲間の死体を弔うのだろう。俺はせめて邪魔はしないようにと、大量のゴブリンの死骸を片付けることにした。

 簡潔に言おう。気持ち悪かった。





「ふー、終わったー」


 数十分かけて、全ての死体の処理が完了する。

 ……と言っても、ただ炎を使って死体が灰燼と化すまでひたすらに燃やし尽くしただけであるが。

 地面含む周囲は荒地で炎が燃え移る心配はないし、立木があったり、とにかく可燃物は存在していない。ただ、終わりの見えない1本の人為的な広小路があるだけである。

 まさに燃え広がる心配がない、このような立地だからこそ打てる手だろう。

 俺が呆然と青空を眺めていれば、ちょうど死者の供養が終わったのか、柔らかな笑みを浮かべながら行商人の男が近寄ってくる。


「一度、私たちの馬車の方に来てもらってもよろしいでしょうか。私たちとしては、お話はそちらの方でしたいので」


 揺れるような視線に、俺は頷いた。


「わかりました」


 別に拒む理由などない。

 俺は男の背後を着いていき、ここでようやく本格的な状況を確認する。具体的に言うと、最終的に生き残った商人の人数は6人程度だった。

 元々、護衛に雇った冒険者が4人と商人が10人がいたらしいので、今回の件で8人の命が失われたということとなるだろう。

 人間の死を間近に見たのは、久しぶりだ。

 そうして、俺は馬車の中に案内された。

 俺と男は互いに着席し、ようやく話が再開する。


「では改めて……この度は窮地を救っていただき、本当にありがとうございます」


 礼儀作法に則り、深々と頭を下げる姿を見て、俺はどのように対応するべきか一瞬逡巡してしまうが、咳払いで1度葛藤を切り、素の姿勢を見せた。


「いえ、礼には及びませんよ。それよりも、俺がもっと早く到着していれば死人の数も減らせたのですが。大変申し訳ない」


「とてもお優しい性格をお持ちなのですね。そう言ってくれるだけで、彼らも浮かばれると思います」


 俺がそう言うと、行商人はそう返してきた。

 他殺……害悪的存在によって人間が殺されるのを初めて見た俺は、もう少し早くしていれば……と密かに後悔していたのだが、少し気持ちが楽になる。


「……おっと、まずは自己紹介ですね。私はこの状態を率いているディーネ・マエストロと申します」


 自己紹介をする行商人……いや、ディーネさん。

 自己紹介をされたら、返すのが当たり前だ。


「カノン・シュトラバインです」


 俺が胸に手を当ててそう告げると、ディーネさんは何かを訝しみ始めたような顔をした。

 一体どうしたのだろうか?


「カノン・シュトラバインさんですか。大変申し訳ございません。あれほどの強さならさぞ高名な冒険者なのでしょうが……あいにく私たちは勉強不足なようで」


 この人は何を言っているのだろうか。

 盛大な勘違いを、俺は苦笑混じりに訂正する。


「俺はそんな高名な冒険者とかじゃありませんよ。田舎から出てきた、ただ十五歳の少年です」


「た、ただの? いえ、そうですか。それは申し訳ない。鬼神のごとく素晴らしい戦闘を見て、勝手にさぞ高名な冒険者だと思っていました」


「お世辞が上手いですねぇ」


 確かに帝都に着いたら冒険者登録をする予定だが、今現状においての俺はまだ冒険者では無い。

 しがない旅人という扱いにでもなるのだろう。


「それで、助けてもらった報酬に関してなのですが……」


 ディーネさんがおずおずと話題を打ち明けた。

 その瞳の奥には、何か弱腰で伺うような含みが存在していることを俺は直感で理解する。

 正直、お金は欲しい……が、報酬目的で助けた訳では無い上に、ただでさえ損害を被っている人に追い打ちをかけるように金品を要求するのも気が引けるとあって、遠慮しようと思うが、次の瞬間には脳裏に良い考えが思いつく。


「そうですね……では、厚かましいお願いだということは重々承知していますが、俺をこの馬車で帝都まで乗せていってもらうことはできませんか? もちろん、その間の護衛はしっかりとしますので」


 報酬としてはまぁ十分だろう。

 彼らの馬車に乗せてもらうことが出来れば、楽して早く帝都まで連れていってもらうことが出来るのである。車体を引く馬の数頭はゴブリンに殺されていたが、それでも半数以上の馬は生き延びているし、──重量的にも──車体の屋根の上ぐらいに座るのはどうということは無いだろう。

 俺がそう提案すると、ディーネさんは驚愕したように返答してきた。

 やはり厚かましかったのか?


「そ、それだけですか? もっとこう……金銭とかコネとか、それに護衛までしてもらうなんて」


「は、はぁ……。いえ、あなた方が乗り気ではないなら別にいいんですが……」


「いえいえ!! ではぜひそれでお願いします!!」


 ディーネさんは瞠目し、身を乗り出して声をはりあげた。俺はそれを唖然として見る。

 どうやら、差し出す報酬として不満は無いようだ。

 こういう形で、俺とディーネさんの話はうまくまとまった。……良かった。思ったよりも、スムーズに行った。




 ◇ ◇ ◇





「カノンさん、そろそろ着きますよ」


 俺が馬車の屋根の上で見張りをしていると、下からディーネさんの特有の声色が聞こえた。

 俺の周り……というか、俺が乗っている馬車の周囲には、旅の当初と比べるとおこがましいほどに数多の人間が存在しており、正直なところ酔いそうになる。


「分かりました」


 我慢して、俺はディーネさんにそう返した。

 あれから、既に二日が経過している。

 俺はディーネさん達を助けた報酬として、この馬車に乗せてもらっており、本来なら一週間ほど歩く予定だったが、彼らの厚意のおかげでわずか数日で帝都まで着くことが出来たのだ。

 一応護衛という名目でいるのだが、あれから結局一度も魔物には襲われなかった。

 だが、よく考えてみればそれも当たり前である。

 大国の首都ということで、帝都目前となれば数千人規模の人達が帝都を行き来しており、もしもそんな中で魔物に襲われたらひとたまりもない。

 ということで、帝都の付近だけではあるが、魔物は定期的に討伐されているのだとか。




 そんなこともあって、暇を持て余していた俺は青空を眺めていたが……最終的に、無事に目的地であるリングランド帝国の帝都リンドヴルムに到着するのだった。

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