ぼっち映画中の俺の隣でヤンキー少女が号泣してるのだが
小町さかい
上映開始
ああ、この何かが始まるという空気。
特別重厚な壁を何枚も隔てているわけではないのに、入場ゲートを越えコリドーに足を踏み入れた瞬間の、音が一気に吸い込まれていく感覚が俺はたまらなく好きなのだ。
一面に敷かれたカーペットを進むこの靴底から伝わる感触、公開をいまかいまかと待ち構える数多の作品のポスターが壁に等間隔に配置され、俺を目的のスクリーンまで導く。
ふと、見上げれば、ちかちかと点滅するお目当ての数字。
「入場開始」の合図だ。
開けっぴろげられた重たい両開きの扉へ一歩入ればそこはもう、スクリーン。
まだ他のお客様はいない。
真っ暗なスクリーンの中央に、ここの映画館のロゴマークがでかでかと映し出されていた。
足元の案内に従って、俺は階段を上り、真ん中最後方の座席へと向かった。ここが俺の定位置だ。
人によっては真ん中中央がいいとか、端っこがいいとかあるだろうけど、俺はこの最後列からスクリーン内全体を見渡せるポジションを好んでやまない。
ちらほらと、他のお客様がスクリーンに入ってくる。
誰かは片手にドリンクを、誰かはトレイにポップコーンを載せて、誰かは恋人と手をつなぎながら。
俺は映画が好きだ。
そして、それ以上に映画館が好きだ。
映画館に行くために映画を見ている、とまで言えるだろう。
料金が高い?
デートの相手がいない?
どうせテレビでやる?
配信の方が気楽?
否定はしない。むしろ、大きな声で「それな」と同意できるだろう。
だが、俺は映画館というこの日常の中に堂々と存在する非日常空間、再現不可能なこの空間に魅せられ続けて生きている。
作品の内容も、映画館の設備も、十人十色なお客模様も、そのすべてが俺を楽しませ、癒してくれる。
ひとりで映画を見る、それが俺の生き甲斐だった。
なんだって? もう十七歳になるのに、寂しいやつだなって?
構わん、好きに言うがいい。
誰にも邪魔されたくないがために、俺はこうして高校の最寄り駅から電車で少し離れたところにある大きいシネコンに来ているのだ。
ここは俺の通う高校からも遠いから知り合いに声を掛けられる心配もない、さらに都会故に万が一誰かが居合わせたとしても、紛れることができるのだ。
俺にとって最高の場所だった。
さて、ここまで俺がいかに映画館を愛し、そしてなぜ愛すのかを語ってきた。
今日も例によって、そのシネコンでぼっち映画をしているのだ。ちなみに見ている作品は海外の作品で、病の少女と彼女の病気を知らない少年との王道悲恋ものである。
実に構成もうまく、ストーリー中盤からはスクリーン内からすすり泣く声がかすかに漏れ聞こえている。
人によっては気になって集中できないかもしれないが、俺からすればこれも映画館の風情だ。
ところで話は変わるのだけれども、
隣の席で不良少女が、その外見からは想像できないくらい号泣しているのだが?
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