第九幕 キャリーの探偵学入門

 圧。

 それは英詩子のような威圧ではなく、ものすごく柔らかい優しい圧だった。


「市川くんの?」


 生徒会長高島キャリーは手にした黄色いパッケージのそれと俺の顔を交互にみて、疑わしそうに詰め寄ってきた。

 碧いその眼と、日を浴びたことないような白い肌に吸い込まれそうになる。


「てことは、市川くんが学校にこれを持ってきて、それを英さんが奪ったってこと?」


「あ、いや、奪ったってか……その、そう、貸そうとしてたんだよ!」


 嘘である。

 英が少し不満げな顔をする、しかしこの状況で下手に口を出さない方がいいと彼女も判断したのか、ふいと視線をそらしてしまった。


「ふむふむ」


 高島が俺の目を一直線に見つめる。その証言に嘘偽りがないか、心の中を探られているような感覚だった。


 しばらくして、少しニヤリとしながら高島が答えを出した。


「ま、市川くんなら初犯ってことで、二人とも中間テスト悪かったから補講期間中でしょ、それが終わったら返してあげる」


「よかった……」


「ダメだよ市川くん、なんて英さんに脅されたか知らないけど、いい様にこき使われないようにね」


「別にこき使ってねえよ。ったく、生徒会長様になってから余計口うるさくなりやがって……」


 英はそう言い終えると、後頭部を掻きながら面倒くさそうにこの場を離れて行った。

 大好きな作品の無事が確定してどことなく安心しているような表情だった。

 しばらくその背中を見送った後、俺は高島に礼を言った。


「あの、ありがとう」


「いやいや、構わないよ、同じクラスのよしみじゃあないか。それにしても市川くんがあの英さんと交流があったなんて意外だったわ」


「ほんと、なんでなんだろうなって自分でも思うよ……」


「詳しくは聞かないけどさ、あの子と仲良くしてあげてほしいの」


「え?」


 高島はそこからしばらく、英が去っていった方向を見つめながら二人の意外な過去を話し出した。



◇◇◇



 私がアメリカから帰国したのが小学生の時でね、そのとき日本の学校に転校したんだけど、同じクラスにいたのが英さん……詩子だったの。


 いまはファーストネームでなかなか呼べないわね。小恥ずかしくなっちゃって。


 異文化から来た私を詩子は大歓迎してくれたわ。

 当時は割と仲良くしてたんだけど、ある日から急に喋ってくれなくなって、どんどん彼女孤立していっちゃって。

 市川くん知ってる? あの子の家、すごいのよ。あら、知ってるの、そう。

 ま、きっとその辺でいろいろ拗らせて、引くに引けなくなって不良みたいな見た目になっちゃったんだろうね。


 私が推理するに、彼女はそんな不良じゃないし、ほら、噂になってる煙草とか援助交際とか、ああいうのもやってないと思うの。


 昔馴染みの贔屓目無しに見ても、私にはそうは見えない。だって、あんなにやさしい目をしてるもの。


 ま、私からしたら今の見た目の詩子でも、普通に友達として仲良く話したいだけなんだけどね。



◇◇◇


 寂しそうに遠くを見つめたのち、ふっと俺の顔に目を戻した高島。


「生徒会長っていう権利をうまく利用して、彼女のために何かしてあげたいな、なんちゃって」


 あんな不良少女をやっている英にこんなにも彼女のことを思う人が身近にいるなんて意外だった。てっきり孤高の存在かと思ていた。


「あの子のことで何かあったら相談のるよ。教室にいないときは大抵生徒会室にいるし、このDVDも生徒会室に置いておくから。一応立場上すんなり返すわけにはいかないから、ま、補講期間終わったら取りにおいで」


「ありがとう、たすかる」


「早く詩子に返さないと『借りパクしてんじゃねえ殴るぞ』って言われちゃいそうだね」


「え?」


「これ、詩子のでしょ?」


「なんでわかったの?」


「ふふん、簡単なことだよワトソン君、目を見ればね」


 そう告げると生徒会長兼名探偵高島キャリーは颯爽と校舎へと消えて行った。



 英に高島から聞いた話をしようかどうか、高島の本心を伝えようかどうか少し悩んだが、辞めた。

 きっとそれは英も高島も望まないと思ったからだ。


 わざわざDVDが俺のものだなんて嘘つかなくても、高島ならいずれ英に返したのでは?

 と素朴に思いながら、俺は肩の荷が下りたように安心して教室へ戻ることにした。


——そういえば高島が出てくる直前なにか英が言いかけていたような気がするけど、まあ補講で会うし、その時にでも



 こうしてだらだらと午後の授業を済ませ、だらだらと補講へ行き、英と少し言葉を交わしてその日はデオに行くことなく学校で解散、一日を終えた。


 時介と水月以外の人間とこんなにもしっかりコミュニケーションをとることがまさかあるとは、ほんの少し前までの俺からは想像もつかない。ましてやその相手が学校一の不良少女で、さらに今日は生徒会長とも。


 できれば目立たず静かに学園生活を謳歌したいのだけれどな、なんて思っていたのに、どうやらそううまくいきそうになく、謎の胸のざわざわ感を常に持ちながら、どうやら今後しばらく過ごすことになりそうだ。

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