第八幕 最高の優等生の見つけ方
緊張。
それは高校一年生の入学式の時よりも。
別に何ともない日常のはずだった。ただ朝学校に行って、授業を受けて飯を食いまた授業、そしてそのまま帰るか映画館に行く。
しかし、いつもよりしっかりと抱える制鞄の奥にはそう、昨日英詩子から借りた黄色いパッケージのDVDが入っている。
わざわざ持ち物検査があるわけではないので、よっぽどのことが無ければバレないのだけれど心配になる。
英詩子と知り合ってから自分が一気に不良になってしまった様な気分が続く。
登校中、サッカー部の朝ミーティングに遅刻しまいと走り行く時介に右肩を叩かれただけで心臓が飛び出そうになり、校門前で朝の挨拶活動に勤しむ生徒会長の視線がいやに気になってしまったり。休まらない思いでなんとか教室へたどり着いた俺はいつもの席に座って次の作戦を考える。
いつ渡しに行こうか。
昨日、流れゆくまま英の自宅に上がり込んだものの、結局連絡先さえも聞かず退散してしまったが故、彼女に再度会いに行く術がなかった。家の場所を知ってるならまた行けばいいじゃないか? 否、仮にも異性、俺にそんな真似はできない。昨日はたまたま英のご家族がお留守だったからいいものの。というか、家族からよく思われていない英が男を連れ込んでいるなんて知ったらどうなるだろうか。
昨日の英との会話を思い出す。
家族の話をしていた時、彼女は寂しげな表情をしていた。
俺は鞄の机の上に鞄を置き、その奥に隠してある黄色いパッケージを見つめた。
英がお兄さんに勧められて初めて見た映画。
ただ初めて見ただけではない、きっと、彼女が一番好きな映画なのだろう。昨日の話っぷりからして間違いない。
それは夢と希望、家族愛が詰まっている素敵な作品だった。
昨夜早速それを見た俺はまず、申し訳ないけれども、英の柄に合ってるとは到底思えなかった。
細かい家庭の事情には突っ込まなかったけれど、彼女はいったいどんな気持ちでこの作品を見ているのだろう。自分の感想を伝えることよりも、今は彼女の感想が知りたくてたまらなくなっていた。憧れ、嫉妬、虚無、この作品は彼女にどの感情をもたらしたのだろう。まあどれであれ、きっとまた泣いていたんだろうな。
さて、ひと通りいつどこでこれを英に返すかを朝のホームルーム中ずっと考えていたのだけれど、結果、昼休み中庭に行ってみよう、で落ち着いた。
英がひとりでサンドイッチを食べていたあの花壇なら、きっといるだろう。もし空振りだったらそれはその時だ。
◇◇◇
「いた」
いるとは思っていたが、本当に前と同じ花壇に腰かけて前と同じサンドイッチを咥えている英を見つけると、少しドキッとしてしまった。
「なに? いたら悪いわけ?」
口をもごもごさせながら答える英は、じっくりと俺を眺めてこう続けた。
「早退すんの?」
当然の反応だった。
まだ昼休み、行きかう生徒はみな片手に財布、ある人は片手に弁当、またある人はコンビニのレジ袋などなど、一方俺は両手でしっかり制鞄を抱きかかえていたのだから。
「いや、その、あれを返そうと思って……」
英は声をあげて笑いながら答えた。
「それで鞄まるごと持ってきたんだ。何か隠してるの丸分かりじゃん」
鞄の中から黄色いパッケージを手に取り、彼女に渡そうとして俺はハッとした。その様子で察した英は左手を払いながら面倒くさそうにこう言う。
「ああ、いいよ、そのまま渡してくれれば。このサンドイッチ入ってた袋にでも入れて持ってくから」
「や、でも、さすがにバレるんじゃ……」
「そんな心配するくらいなら昼休みに返しにくんなよ」
「ごもっともです」
周りの目を気にしながら素早くそれを手渡した。英はそのパッケージを満足そうに眺めてからクシャクシャのビニール袋に入れて小脇に置いた。
「で、どうだった? 感想」
「評価されてるだけあるなって思った。ロードムービー定番の展開に、ホームムービー要素とブラックジョークも面白い。もう少し大人になってから見直すとまた違った見方が出来そうだし、そういう意味では一生添い遂げたいなと思える作品だった。それに」
「それに?」
家族愛って素晴らしいな、というセリフを俺は飲み込んだ。
「まあ、うん、最高だったよ。劇場で見たかった」
なぜか得意気に同意してくる英は、もう学校随一の不良ではなく、ただの映画好きであった。相変わらず外見は不良だけれども。
「わかってるじゃねえか市川!」
そうは言うものの、急に立ち上がる英の威圧感に少し後退りしてしまう。
「や、うん、本当に、貸してくれてありがとう……」
「人に作品薦めるのって、個人的に価値観押し付けてるんじゃないかって気になっちゃうんだけど、そういってくれるなら私も貸した甲斐があったってもんよ」
そういうところを気にするあたりが、不良らしくない。
「なあ市川、来週……」
「ちょっと! 英さん!」
何かを言いかけた英を遮るカン高い声、俺たちの視線はその主の方へ一気に向かった。
「ゲ……」
「あ……」
絶句。その声の主は俺たちの顔を交互に見つめた後、さっきまで英が腰かけていた花壇に目をやる。無意識にその視線の先を辿った俺は冷や汗がにじみ出るのを感じ取った。
そこにはクシャクシャのビニール袋があった。中に入っている物の黄色さが透けて見える。
「怪しいと思って見てたら、これは何かしら」
声の主はそう、志都美丘高校生徒会長、高島キャリー。日本人の父とアメリカ人の母を持つ俺と同じクラスの少女で、この春の生徒会選挙で会長の座に就いた白い肌にブロンズの髪の毛、容姿端麗、学業優秀、素行良好、学校で最も信頼されている生徒、一部教師からは過去最高の優等生とも言われている。今日も笑顔で朝の挨拶活動を校門前で行っていた。
不良少女と対比して、天使のキャリーと悪魔の英、なんて揶揄されているとかいないとか。
その高島はずいずいと英へ詰め寄り、花壇に置いてあったそれを手にした。
「これは……何かのDVDですね」
「んだよ、高島。別に法律にかかわるもんじゃねえぞ」
「法に触れなくても校則に触れるの! 学校に不要なものは持ってきてはいけないって小学生でもわかるでしょ!」
「別に視聴覚教室ジャックしてこれを見るわけでもねえし、誰にも迷惑かけてねえじゃねえか」
「またその言い訳! 英さん、もう何回目だと思ってるの? とにかくこれは没収です。前科多すぎ、これはもう卒業まで没収です」
「は?」
卒業まで? 二人の会話に圧倒されていた俺はハッとした。
「当たり前でしょ。初犯ならともかく、もう流石にダメです」
「いやそれはさ、どうよ、一週間くらいでさ、な、反省するから」
露骨に弱る英。
このままではまずい。俺のせいだ。
態度を崩さない高島と、一気に弱った英に意を決して割って入った。
「それ、俺のものなんだ!」
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