第十二幕 ポップコーンで昼食を

 小腹が空いていた。

 時刻は13時ちょうどくらい、俺たちは集合時刻を「だいたいお昼くらいでいいんじゃね?」なんて気軽に決めて、穫が作ってくれた朝食を昼前という中途半端な時間にそこそこに食べてしまったものだから、なんとも言えない空腹感が俺に訪れていた。


 上映スケジュールの貼り出されているイーゼルと睨めっこした後、見たい作品をせーので指差した結果、共にその指先は海外のシリーズもののアクション映画を示しており、特に揉める事なくチケットの購入へと踏み切れた。

 券売機で並びの二席を異性と購入したのは人生で初めてである。幼なじみの水月とでさえ二人きりでの映画は行ったことがなかった。


 街の中心部に位置するこのシネコンは平日でもまずまずの客入りなのだから、休日ともなれば言わずもがな。

 英がお手洗いに行ってくると言いしばらく、なかなか帰ってこないので思わず逃げられたか、なんて疑心暗鬼に陥ったところ、お手洗い入り口の大混雑模様を視界に捉えてなんとか平静を保っていた。


 さて、彼女が戻ってくるまでの間に、俺の小腹はいよいよ主張を大きくして言った。

 ホワイエいっぱいに色がるあの香りのせいだ。

 じっとその香りの方向を見つめる。


「市川、食いたいのか?」


 俺の心を読み取ったのはお手洗いから戻ってきた英だった。


「いや、まあ、小腹が空いたかなって」


「いつも映画見るとき食べてんの?」


「いつもではないかな。今みたいな小腹が空いてる時か、映画館の会員証のポイントが貯まったらか、だな。毎回はぶっちゃけ高いじゃん?」


「まあ、な。私もだいたいそんな感じだな」


 英がコンセッション上部に掲示されているメニュー看板をじっと見上げて続けた。


「せっかくだし、食うか、ポップコーン」



 妄想というのはいつも突然に降りてくる。

 映画館で二人で食べるポップコーン。

 異性と。

 二人の座席の真ん中に置かれた大きめのサイズのカップから、ポップコーンを手に取ろうと手を伸ばせば、そこには相手の手が……


「なに無反応なんだよ、食べたいんじゃなかったのか?」


「あ、うん、そうだな、食べよう、うん」


「なんか歯切れ悪いな。ま、いいや」


 いかんいかん。

 そもそも、俺と英はそういう関係ではないし、ごく普通の友達少なめ男子高校生と、巷では不良と言われる女子高校生が、共通の趣味である映画を共に嗜もうとしているだけなのである。

 脳内に浮かんだ妄想を振り払いながら、先にコンセッションのレジに並んだ英についていった。



「いらっしゃいませ! お決まりでしたらどうぞ!」


 細い目の従業員のお姉さんは満面の笑みでカウンターのメニュー表を案内している。


「市川は塩派? キャラメル派?」


「俺は普段はキャラメル派だけど……」


 だけど一緒に食べるなら塩でもいいし、二人で食べれる大きいサイズなら塩とキャラメルのハーフがあるからそれにしてもいいよ、という俺のセリフは喉から出ることはなかった。


「じゃ、ポップコーンMセット2つ、それぞれ塩とキャラメルで、飲み物は一個はコーラで、市川はどうする?」


「え? あ、俺もじゃあコーラで……」


「Mセット塩とキャラメルの2つと、ドリンクはコーラですね! 少々お待ちくださいませ!」


 ポップコーンMセットとは。

 俺が普段ぼっち映画をする際、ポップコーンを頼む時はいつもこれを頼んでいる。

 いわゆるスタンダードなサイズ、スタンダードなセット、そして英は今それを二つ頼んでいた。


 待て、想像と、や、妄想と違う。


「お待たせしました! お会計はご一緒ですか?」


「先にまとめて私払うから後で計算する感じでいい?」


「え、あ、うん……」


 さくさくとお会計を進める英。

 細い目の従業員のお姉さんから手渡された二つのトレイにはそれぞれMサイズのポップコーンとコーラが載せられていた。

 そしてそれをひとつずつ手にした俺たちはコンセッションの列を離れ、チラシタワーの少し横で立ちながら入場開始を待つことにした。

 二人で一つのポップコーンでは無かったことに対するぼんやりとした疑問を、やんわりと伝えてみることにした。


「あのー、英。ポップコーンMサイズでもまあまあ量あるけど、いつもこのサイズ頼んでるのか?」


「ん? お腹の空き具合によるけど、まあ、昼時ならこれかな。本当は二人で食べるなら一番大きいやつでシェアする方がお得かと思ったけどさ、それ、映画見るのに邪魔でしょ?」


「邪魔?」


「ほら、画面に集中したいのに、お互いなんか間に置かれたポップコーンに気になって、画面から目を逸らしてしまいそうじゃん」


「なるほど、一理ある」


 そう、俺も英も映画が好きで、映画館が好きで、それを楽しみに来たのだ。何も高校生男女のドキドキを味わいに来たわけではない。何を俺は妄想していたんだ。


「……ま、それでも大きいの一個にしようか悩んだんだけどな」


「え?」


「いや、何でもねえよ! それよりこれ、来月公開のやつのチラシじゃん! もって帰ろっと」


 と言いながら英はやけに必死にチラシタワーから公開前の映画のチラシを手に取っていた。


「ちょっとチラシカバンにしまうから、このトレイ持ってて」


 俺は既にひとつトレイを持っているのにもかかわらず、乱雑に押しつけてくる英。

 やはり不良というかやんちゃな少女だなあ、なんて少し微笑ましい気持ちになった。







『只今より、ご入場開始いたします作品は。スクリーン5番、13時20分上映開始の……』



 そんなアナウンスに吸い寄せられるまま、入場ゲートの奥へと俺たちは消えていった。

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