第十六幕 俺たちにコミュ力はない
「で、どうだったのさ」
朝一番に俺の机の上へ乗りかかるようにやってきたのは時介だった。
「何がだよ」
週が明けて、今週もまたいつものように学園生活が始まったわけだが、この土日の間おそらく時介自身気になって仕方なかったネタについて早速切り込んできた。
分かってはいたけれども、敢えて受け流してみる。
「誤魔化すなよ。例のあいつだよ、あいつ。で、どこまでいったの?」
吊りあがった口角を引きちぎってやりたいくらいのテンションで俺に寄ってきた。
「どこまでってなんだよ。普通に映画見て、ちょっと喋って解散。それ以上でも以下でもねえよ」
「うっそだぁ。相手はヤンキーだぜ? もっとキケンなアソビしたんじゃねえの?」
「お前のその思考の方が童貞だぞ」
疑いの目を向けてくる時介には申し訳ないけれども、これが本当なのだから仕方ない。というか俺はそんな展開求めてなかったし、想像もしてなかったからいたって冷静に話せているけれども、先日映画を改めて一緒に見てから英に対する感情はそれまでとは少し変わっていたかもしれない。
なんて細かく説明をするわけにもいかず、ただでさえ補講の時に二人で仲良く帰っていったからどうのうという噂が出始めているのだから、大人しくせざるを得なかった。
これ以上学校で目立ってたまるか。俺は陰に暮らすんだ。
時介はしばらく粘って俺から色々聞き出そうとしたが、ようやく諦めてくれた頃にはもう間もなく始業のチャイムが鳴る直前だった。
水月は美術部の部室にでも行ってたのだろう、チャイムと同時に入室してきたけれども、いつもと同じように「おはよう」をかわして以降、特別変わった様子もなく、まるで先日俺と英に遭遇してしまった事が無かったかのように過ごしていた。
無かったかのように。というのはただの気のせいだったと痛感したのは昼休みのことだった。
いつからか学食の売店で買う特製爆弾おにぎりにはまってしまって、今日もそれを手に入れて学食から教室に戻ろうとしているときだった。
何の気なしに中庭を通りかかった時、俺は思わずその光景を二度見してしまった。
「お、市川」
「新太郎、また爆弾おにぎり?」
いつも英が座っている花壇、今日は水月もその隣に座っていたのだった。
「なんで?」
心の底からの疑問の言葉が喉から漏れた。
「いやぁ、映画の話すっごい面白くてさぁ。新太郎から聞くよりわかりやすいし面白いの!」
「俺の説明そんな下手なのか」
「それに英さん、私の絵とか見ててくれたらしくて、めっちゃほめてくれるの! 怖い人かと思ったらめちゃめちゃ優しくて、そりゃ新太郎でも会話できるわけだ」
「俺を何だと思ってるんだ」
水月の嫌味に顔をしかめながら、隣の英に目を移す。
「いや、一人で飯食ってたらこいつが急に絡んできて……」
「こいつじゃなくて、水月って呼んでいいから! ね、詩子!」
「う……」
状況の理解にそこまで時間は要さなかった。
「水月のコミュ力、本当尊敬するよ……」
女の子同士の会話に水を差すまいと、会話もそこそこに俺はその場を離れることにした。英も若干そのコミュ力に圧倒されている様子だったけれども。
心のどこかで先日のことをいじられなくて安心している自分がいたのだけれど、英は水月から何か聞かれているのだろうか。女子トークの内容なんて俺には想像もつかない。
「ちょちょちょちょっと!」
校舎に入るとすぐに、俺の右腕は何者かに捕まれ強く引っ張られた。
「げ、生徒会長……」
「げ、って何よ」
その正体は高島キャリー。生徒会長にして英詩子の小学校時代の同級生でもある。
「詩子になにがあったの。あれどうしたの、あれ美術部の森水月さんだよね」
「いや、俺も分からんが、コミュ力の鬼が故、ああなってるんじゃないか?」
「何のきっかけもなしに急にそんなことになる? 入学当初ってわけでもないのにさ」
「何かあいつらなりのきっかけがあったんじゃないのか?」
「市川くん、何か知ってるでしょ?」
「あれだ、そう、最寄り駅が一緒だからとかじゃね?」
何となく映画のことは話さなかった。時介に対してもそうだったけれど、特にやましいことはないのに何となく沈黙を貫いてしまう。
「ふうん……」
時介と同じような疑いの目を向ける生徒会長。俺の露骨な目逸らしにしばらく食って掛かるも、貴重な昼休みに多忙な生徒会長はそこまで時間を割くわけにはいかず、去り際に「あのDVD、今日の放課後に返すから生徒会室に来てね。詩子も呼んでるから」とだけ告げて行った。
そうか、もう返してもらえる時期か。ということは彼女と映画館で遭遇してからもなかなかに時間が経過しているということだ。
「早いなあ……」
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