第十七幕 アタック・オブ・ザ・キラー・会長

 まさか生徒会室に入室する機会が訪れるとは思いもしなかった。

 生徒会どころか学級委員でさえ興味なかったし、そうだな、強いて言うなら小学生の頃の生き物係くらいが俺の学生生活における唯一の称号だったであろう。


 映画やアニメではよく舞台になる生徒会室はおおむねそのイメージ通り、他の教室で使われている机と同じものを二個ずつ向かい合わせに設置されていて、他の教室で使われているものよりはひとまわり小さい黒板が壁にあってそこにいつかの会議の跡が残っている。棚には分厚いファイルがいっぱいあって、これだけあれば生徒会長でさえ全部何が何だか把握できていないのではないかと思うほどだった。


 生徒会室に入るやいなや物珍しさにあたりをキョロキョロする俺の隣で英はため息をひとつついた。

 俺とは違って何度か足を踏み入れたことがあるらしく、その理由のすべてが今回と同じく高島による呼び出しだそうだ。

 表情は二人で映画の話をしている時とは違う、いつもの不良としての英らしく、随分とけだるそうなものだった。そのくせ毎回律儀に生徒会室には来るのか。


「はい、これ。返すね」


「なんで私に渡すんだよ」


 先日高島に没収されたDVDは俺の持ち物であるという嘘をついて、補講後には返してもらうという約束を取り付けたのだったが、まあそんな嘘はこの生徒会長にはお見通しだったのだ。困惑気味に英は一瞬俺の方を見たが、高島がぐいと突き出すそれを舌打ちひとつで受け取った。


「ところで、さ」


 高島が小恥ずかしそうに話を切り出す。


「あの、なにか面白いおすすめの映画ってあるかしら」


「え?」

「は?」


「いや、その、実は、二人とも映画好きじゃん? だからどんなものかなと思って配信サイトでいくらか見てみたの。でもなんか、これだっていうものが見つからなくて……」


 高島なりに英との距離を戻そうとしているのだろうか。それならばと口を開いた俺だったがそれより先に英が答えた。


「無理して見る映画はだいたい心に残らないしつまらないから、私らがあんたに薦めることはしねえよ」


「無理してるわけじゃ……」


「映画ってのはたまたまでいいんだよ。たまたま映画館で見て、たまたまテレビCMでの予告を見て、たまたま音楽が気になって、たまたま誰かに誘われて何となくついて行って」


 申し訳ないが俺の根本もその英の意見に全面同意である。しかし、今ここにおいてそれは適用外とみるべきだろう。


「いや、ほら、高島もたまたま映画に興味を持ったから、何となく俺たちに聞いてるんじゃないか? な?」


 必死のフォロー。


「で、高島はどういうタイプの映画が好きなんだ? 恋愛とかアクションとかホラーとか」


「うーん……妙に現実味があったり説得力があると、私結構冷ややかな人間だから、んなわけ無いだろって没入できないかもなんだよね。だからいっそもうフィクションですって振り切ってるような、でも面白くて爽快で、時折馬鹿馬鹿しくて、いろんな意味で笑えるような……」


 映画好きとしてはオススメの映画を聞かれることは一番多い質問で、それは同時に一番困る質問でもある。

 そのため我々は無難な回答として、だいたいどこのレンタルショップに行っても数本はストックがあるようないわゆる大作や名作を挙げるようにしているのだけれど、これは困った。高島はどうやらそんなものは性に合わないらしい。


「舞台の壮大さとか人間関係のリアルさなんて二の次三の次、いい方は悪いけどチープな雰囲気とかの方が、現実とちゃんと区別して楽しめそうかなって思うの」


 チープ。

 一見悪口だが、映画にはそのチープを売りにしているもの、そしてまた、チープをこよなく愛する者がいる。


「B級的なのがいいってことか?」


 俺がそう発言すると高島は興味津々に食いついてきた。


「B級? グルメじゃなくて映画の?」


 B級映画。もともとはアメリカで撮影予算や作品の規模で撮影場所をAとBに分類していたのがその呼称の始まりと言われているそれは、現代日本では単に映画の質や予算の低さ、モックバスター作品を意味する言葉として浸透している。


「超展開に謎編集、雑なコンピューターグラフィックもある乾いた笑いが思わず出そうなやつとか、逆に低予算ながら意外としっかり作られている掘り出し物なんかもあったりするけど、高島には前者の方が向いてるんじゃないかな」


「そんなの映画館で上映できるの?」


「まあ、大手シネコンではめったにないだろうな。後者がヒットしてあとから大手でもってケースはつい最近ゾンビものの映画でもあったけど。だいたいは小さい劇場とか、海外のものだと日本未公開だったり。まあ現代日本だとコアなファンも増えてるから、そこの焦点を当てた企画があったり、配信もされたりしてて、その敷居はだいぶ跨ぎやすくなってると思う。単純に映画の格付けとしてのCとかZ級なんて言われるものもあって、まあここは賛否分かれる議題なんだが」


 俺のぼんやりとした説明を目を輝かせながら聞く高島とは裏腹に、英はどこか不満そうだった。


「だれか一人でも、それからそんな意味でも面白いと思ったらそれは面白いんだよ。ABCとか格付けされる必要なんてねえんだ」


 それに対し高島が反論した。


「でもでも、そういうのを好む人もいるんでしょ? だったら格付けとか深い意味は無しにして、アクションとかホラーとかの同じ一つのジャンルとしてあってもいいんじゃない? アクション好きとかホラー好きとかいるのと同じでさ」


「まあ、それはそうだけど……」


 そう、語源はともかく現代でそれはマイナーと呼ぶにはあまりにもメジャーになっている。


「ね、例えばどんなのがあるの?」


 答えない英に代わって俺が声を出した。


「有名なのはサメが出てくる映画だとか、あと人間じゃないゾンビものもあったり。あと有名作品のパロディとか。ツッコミどころ多くて、頭空っぽで見れるな。俺、この前トマトが襲ってくるやつとか見たぞ」


「なにそれやばい、おもしろそう。レンタルあるかな、配信……はされてないみたい」


 スマホで調べながら熱心に聞いている高島。

 ここで英が口を開いた。


「そういうのはレンタルも配信も少ないんだよ。だから隠れた面白作品を誰よりも先に見つけられるのも劇場で見るメリットなんだ。海外の人気SF作品にだって最初は予算低くて所謂B級に分類されるものもあるらしいんだから当時」


「へえ……」


 何かを思いついたような高島。口元がにやりと。


「じゃあさ、今度連れて行ってよ、英さん」


 生徒会長状態の高島は英のことを英さんと呼ぶ。


「は?」


 当の英は面を食らったような表情をしている。


「だって、こういうのって大きい劇場ではやらないんでしょ? 私そんなに世の中に映画館があるなんて知らなかったもん」


「いや、小さい劇場でもあんたが求めてるものはそんなに多くないし……」


「でも映画はたまたまがいいんでしょ? たまたま小さい劇場に行って出会った映画……。うん、いいじゃん! ね!」


 英にぐいぐいと攻寄る高島に困った様子で俺を見る英。

 高島もそれにつられて俺を見る。


 きっと二人が仲良かったころはこんな顔で英と会話してたんだろうな。



「俺はパス。二人で行ってきな」

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