第十八幕 ぼっちでなぜ悪い

 高島からDVDを返却してもらってから数日。

 我々高校生はまたしても定期テストという苦悩に頭を抱える時期を迎えていた。


 中間時点で見事に補講をくらった俺は各教科の先生からおそろしくマークされてしまい、いつもならぼんやり窓を眺めながら、春の終わり夏の始まりの匂いを感じながら受ける授業も、いつ「次、市川答えてみろ」と言われるかわからない恐怖から、集中して受けざるを得なくなっていた。


 その反動は休み時間に一気に俺を襲い、チャイムと同時に俺は誰と会話することもなく自分の机に突っ伏してため息をその天板に向かって大きくついた。


「新太郎珍しく頑張ってるじゃん」


 隣の席から嫌味半分感心半分な口調で水月が話しかけてきた。


「今回成績悪かった奴は貴重な夏休みの数日を補講で持ってかれるんだろ……。それだけは避けたい」


「ふーん」


 含みのある返事をする水月が気になって俺は上体を起こして訝し気に彼女の顔を見た。


「いや、てっきりまた補講おわりに詩子と映画デートするのかと思った」


 しばらくそのネタでいじられていないと思って油断していた。思わず吹き出してしまう。


「いやいや、そんな予定ないし」


「そっか、補講前提じゃなくてもいつでも約束できるもんね、同じ最寄り駅だし」


「そういう意味じゃなくて……」


 あれ以来、具体的には英と俺は二人で映画館に行ってから、特別なにか彼女と連絡を取っているかと聞かれれば答えは否だった。というより、そもそも中庭で見かけて声をかける程度、つまり「普通の同級生の友達」のような関係性になっている。まともに長時間会話したのは先日の生徒会室での一件くらいだった。


 そんな俺とは打って変わって、この俺の幼馴染森水月は英との仲を急速に発展させていた。

 一緒に登校していることも何度かあったくらい。まあ水月の方が時間を合わせて英にくっついて行ってるような、英からすればいい迷惑な状態に見えるが。


 美術部の星である水月と不良の英の関係は他の生徒連中から始めこそはいろいろ噂されたけれど、どう見ても水月の方が好んで寄って行ってる事からそんなネガティブな噂など自然消滅。そしてそんな水月と幼馴染である俺についても、「森さんと英さんが仲いいから市川くんも英さんと仲良かったんだ」「あいつら最寄り駅一緒らしいぜ、そりゃ仲いいわけだ」なんて具合に、当初時介が冷やかしていたような噂も同じく流れて行ったのだった。


「詩子、いい子だよ本当に。なんでもっと早く仲良くならなかったのかな。もっと早く話しかければよかったぁ」


 すっかり詩子呼びが板についている。

 いい子というのには全面同意しておこう、心の中で。


「ところで新太郎」


「なに?」


「夏休みは詩子とどっか行く約束してるの?」


 幼馴染と言えどこんなふうに長期休暇の予定を聞かれるのは初めてだった。

 というかおそらく「どうせ毎年一人映画くらいしか予定ないでしょ」くらいの認識なのだろう。まあ例年その通りで、実際今年も特別予定ないうえ、英ともそんな約束全くしていないのだけれど、俺は妙に動揺してしまった。


「な、なんで?」


「なんでって、せっかく仲良くなったんだからもしかしてと思って」


「別に。特に何もないし」


「ふーん」


 心の内を探られているような不気味さがあったけれども、俺は事実を述べているだけだ。しかし、妙な居心地の悪さを感じたのもまた事実だった。


 結局、それ以降「夏休み」や「英詩子」に関連する話は出なかったけれど、俺はその後ずっと何とも言えないその妙な感覚と共に授業を受けることになった。せっかくの集中力はもう完全にぷつんと途切れていた。



◇◇◇



 放課後、学校から駅へ向かう帰宅途中に前を歩くは見覚えのある銀髪セミロング。

 そういえばあの補講以来一緒に帰っていないな、なんて思った俺は後ろから彼女に声をかけた。


「英!」


「ん、ああ、市川か」


 振り返りざまに少し微笑む英。水月と仲良くなってからその表情は確実に豊かになってきている。以前みたいな不機嫌そうなそればかりではなかった。


「期末の勉強、ちゃんとやってる?」


 英と横並びになって歩き、駅を目指しながら何気ない会話をする。


「さすがに夏休みまで補講くらうのは勘弁だから一応な」


 夏休み、というワードに耳が反応した。


「ところで、市川」


 話の切り出しはだいたいいつも英の方からだった。


「夏休みもいつもみたいにぼっち映画三昧か?」


「悪いかよ。あとぼっちっていうな。崇高な趣味だ」


「まあ私も人のこと言えないけどさ」


 クスリと笑うその横顔はもう見慣れていた。珍しいという感情はもうなかったけれど、違う何かが間違いなくそこに在って、そう、休み時間に感じた居心地の悪いそれに近いものだった。

 話の切り出しはだいたいいつも英の方からだった。

 だから今回は俺から。


「せっかくだから、また一緒に映画行こうぜ」


 一瞬時が止まったような気がした。

 なんだよせっかくだからって。セルフツッコミを心の中できめる。


 一方の英は少し考えるような仕草のあと、申し訳なさそうに緩めた表情で答えた。


「行きたいのはやまやまなんだけど、夏休みちょっと家族で面倒ごとに巻き込まれそうでさ、じいちゃんのとこ、うちの本家に顔出さなきゃいけなくて……」


「ああ、そうなんだ……」


 心の中でなにかがぽっきり折れた音がした。

 誤魔化すように俺は言葉をつなげる。


「本家ってことはグループのお偉いさんが集う親戚の集まりみたいなことか?」


「まあ、ただの帰省みたいなもんだけど、うちは変だからさ。夏休み中ほとんどそっちで過ごすことになるかもなんだ。毎年毎年、息苦しい夏だよ」


「でも毎年ちゃんと行ってるんだ?」


「家族が全員うるさいわけじゃないからな。じいちゃんは好きだし」


「大変だな相変わらず」


 そう話しているうちに駅に着き、電車に乗り込んでからはわが校の補講システムについての愚痴を少々交わしたあと、最寄りの青葉台駅に到着し、それぞれ北口と南口へと解散した。

 別れ際に思わずこんなことを言ってしまった。


「なんか困ったことあったら相談しなよ」


 誰目線なんだ俺は。

 去っていく英の背中を見つめながら俺は自分の頬を両手で叩いた。

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