第四十二幕 となりのミヅキ
その日は結局、終始ふわふわしていた。
朝、自動販売機の横で夢のような衝撃の展開からスタートして、ようやく一日が終わろうとしている。
ミニシアターデートを終えた俺と詩子はその後どこかに寄ることなく素直に帰宅した。
理由はひとつ。テレビで映画の再放送があるからだ。
毎年何度もテレビで再放送されている人気アニメーション映画だけれど、うんざりしてるかと思いきやその日が近くなるとやはりどうしても見たくなるのが不思議なのだ。
そして夜、俺は居間で穣と二人ソファに並びそれを見ていた。片手にスマホを持ち、詩子とやり取りをしながら。
『このシーンカットされてるんだ』
「まあテレビ用だからしょうがないだろ」
なんて感想をメッセージアプリでリアルタイムにやり取りしながら。
すると俺の様子を変に思った穣がこう言う。
「兄ちゃん、スマホいじりながら映画見るの珍しいね。何かあったの?」
さすが我が妹。鋭い。
俺はテレビで放映されているものやレンタルしてきた映画を見るときでさえ、スマホやその他電子機器は一切手に持たない。普段は。
それに集中したいからというのもあるだろうが、むしろ、集中してしまうからスマホを手にすることを忘れるという方が正解だ。
「いや、ちょっと連絡事項があって」
「ふーん。てっきり彼女とやり取りしてるのかと思った」
ジト目がちに俺を見つめる穣。
彼女のことはおろか、詩子という近しい存在についても穣に言及したことはないが、この妹、察しが良すぎる。カンの良いガキはどうのこうの、だ。
「んなわけないだろ」
一拍おいてニヤニヤしながら穣が次のように答える。
「まあそうだよね。水月ちゃんはこういうのはあんまり興味無さそうだもんね」
ん?
何も考えることなく疑問に思ったことをすんなりと口に出してしまった。
「なんで水月の名前がここで出るんだ?」
すごく間の抜けた顔を俺はしているだろう。そんな俺の顔を、目をまん丸にして穣は見つめ返した。
「え?」
「いや、『え?』は俺のセリフだろ」
「……あれ? え?」
嘘だろ? と言わんばかりの穣の顔。
状況を整理しよう。お互い何かすれ違いが起きているかもしれない。
穣は俺が誰か女の子と連絡を取り合っていると思っている。まあ事実なのだが、その相手が詩子だとは知らないし、詩子をそもそも穣は知らない。
したがって、ここで詩子の名前が出ることは万が一にも無いのだけれど、代わりに出てきた名前が「森水月」というこの夏一緒に海に行った幼馴染だ。
これが意味することとは。
「兄ちゃん、そっか……。違うんだ……」
何が違うのだろう。
水月は俺にとって、時介と同じ小さい頃からずっと隣にいる幼馴染である。や、まあ、俺がぼっち映画に傾倒してからは疎遠がちにはなってはいたけれども。
それでもその関係性は簡単には崩れないはずだ。
「違うって、何が……」
穣は俺から目を逸らしていた。
「ごめん、兄ちゃん、なんでもないや」
そのまま穣は黙ってテレビを見続けた。
俺も腑に落ちないままではあるが、テレビに目をやり、時折スマホで詩子にメッセージを返す。
詩子からの返事を待つ間、手持ち無沙汰だったので、スマホを何となくいじり続けてカメラロールを開いた。
この間の夏の写真が大量にある。
はしゃぐ穣の写真。戯ける時介の写真。青く綺麗な空と海。
その中で一枚、これは水月が自撮りした俺とのツーショット写真に目が止まる。
めんどくさそうに日陰から動こうとしない俺は取り繕うようなピースをしている。その手前で笑顔をカメラに向ける水月。
俺は一瞬よぎった可能性を振り払うようにして、テレビに意識を向けた。
ちょうどエンドロールが流れ始めていた。
詩子からの最後の返信は『明日も朝、今日も同じとこで待ってる』だった。
一緒に登校しよう、ということであろう。
「わかった」と返事をして、俺はエンドロールが流れ終わるのを待たずに居間を後にした。この場が映画館のスクリーンだったら詩子に怒られていたところだろう。
部屋に戻って早々、俺は電気を消してベッドへ飛び込んだ。
明日恋人と一緒に登校するという映画のようなスクールライフが始まるのかと思うとわくわくが止まらなかった。出来れば毎日一緒に登校したいくらいだったし、下校も同じく。
下校でふと今日の水月を思い出した。
夏休みというか、あの海以降、どうも水月は積極的に俺へ声をかけてくれている。気にかけてくれてありがたいのだけれど、どうだろう、ここは正直に詩子と付き合い始めたことを伝えるべきではないだろうか。
海での詩子との一件にも絡んでないわけではないし、水月は詩子のことも気にかけてくれているようだったし。
よし、明日詩子と相談してみよう。
聞かれたら答えるスタイルを貫くのも、やれ、色々疲れそうだな、と思った。
ついでに時介にも伝えようか。あいつはいち早く色々察した男だから、言わない理由もないし。
穣は……。まあ、いいや。
そのうち、また家に呼ぶこともあるだろうし、いくらでもその機会はあるだろう。
ベッドで横になりながら、あの日、宿題を写しに来た詩子が座っていたあたりの絨毯を見つめて、思い出す。
変態みたいで恥ずかしくなって、真っ暗な部屋、誰から見られるわけでもないのに枕で顔を隠して眠りについた。
しかしさすがに暑かったのだろう、翌朝、枕はベッドからかなり離れた床の上に放り出された状態で発見された。
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