第三十一幕 ぼっちたちの沈黙
夏休みもあと二日になってしまった。
結局、英から今日やっとこちらに帰ってくるとの連絡があったけれども、きっと疲れているだろうからと、映画に誘うのはやめた。決して怯んだわけではないぞ。
扇風機だけではまかないきれないくらい熱気を帯びた部屋で俺は椅子に腰掛けぐーっと背伸びをした。
あれから、時介はサッカーの練習で、穣は塾の夏季講習で忙しくなり、いつも通りの日常を取り戻していた。
一方、水月はというと、まあ彼女も美術部の活動でたびたび学校に行っているらしいが、いままでと異なるのが、頻繁に連絡がくるようになったということだ。
こちらとしては、たとえ「今日暑くない?」とか「宿題終わった?」とかたわいの無い内容でも、幼馴染と仲良く話せる毎日に不満など全くないのだけれど、急にどうしたのだろうか。
海での水月を思い出す。
その桃色の水着は……。じゃなくて。
そういえば何かを訴えるような表情を時折していた気がする。
そこへ畳み掛けるように時介のセリフが再生される。
『仮に女の子側が遊びに行こうって言ってきた時のごめんなさいの返事で一人映画を言われてみ?』
「でも水月は今までそんな映画を見たそうな感じでもなかったからなあ」
時介の発言は芯を食ってると思ったけれど、それを果たして水月に当てはめても構わないのだろうか。という疑問が浮かぶ。
しかし、俺たちは幼馴染だ。
たとえ俺がこの夏、海に行かなかったとしてもその関係性が変わることはないだろう。それくらい妙な信頼関係がある。
「関係が変わることはない……?」
もし変わるとしたら。
いやいや、考えるだけ野暮だ。
気分を切り替えるために俺はスマホを手に取った。
ブックマーク登録されたサイトのほとんどは近隣の映画館のホームページで、俺はそのひとつひとつをタップして、今から家を出てちょうどいい時間に見れそうな作品を探した。
こういう空いた時間に、それを目的とするのではなく、何となく劇場に足を運ぼうとするのが一番楽しい。
3つほどの作品をピックアップして、俺は映画レビュー専用のSNSを起動した。
これは半年前にサービス開始して以来、多くの映画好きが多角的なレビューを残してくれるから重用している。
作品検索だけじゃなく、俳優や公開年代でも検索できる優れものだ。
ハンドルネーム:イチシン
とある映画に溺れた高校生。
ジャンル不問。なんでも見る。
というくだらない自分のマイページから、候補となる作品を検索して調べていた。
ひとつはスパイ映画。アクションとCGが見どころらしい。
残り2つは恋愛映画。一方は悲恋ストーリー。もう一方は友情あり青春ありの甘酸っぱいストーリーと言うことだそうだ。
レビューを色々と眺めていると、たとえそんな気分じゃなかったとしても、無性にその映画を見たいという気持ちが溢れてくる。
お腹が空いてなくても焼肉やラーメンの画像を見てると食べたくなるそれに近い感覚が押し寄せる。
それに加えてこの夏、人生で初めて誰かに猛烈に惹かれている自分がいるという事実が、より一層、「恋愛映画見たいなあ」と思わせた。
自分としては珍しいパターンだった。
よく、例えばスポーツものの映画を見れば、帰宅部のくせに自分も何か運動をしたくなる気持ちになったり、アクション映画を見れば、外のビル群を見上げて、屋上から屋上へ飛び移る様を妄想したりと、後から映画の影響を受けることはザラにある。
しかし、今回ばかりは、自分の今の気分が見たい映画に影響を及ぼしていた。
「たまには悪くない」
そう呟いて俺は甘酸っぱい青春恋愛映画を見るために、いつものシネコンへと向かうことにした。
映画館のホワイエには夏休み最後の思い出を、と言わんばかりと人で溢れていた。学生っぽい若い人や家族連れがそのほとんど。
いつもの俺なら眉間に皺を寄せてやり過ごしていたのだろうけど、そんなネガティブな感情は湧いてこなかった。
早めに来て正解だった。
上映開始までまだ1時間ほどあるのにも関わらず、ほぼ座席が埋まっていて、いつもの最後方真ん中の席は取れず、なくなく前の方の座席を券売機で押下する。こりゃ首がしんどいや。
スクリーンへの入場開始時間が近づくにつれ、入場ゲートの周りには若い男女が自然と列を成していた。
おそらく俺と同じ恋愛映画を見るために来たカップルたちだろう。
俺はその様子を遠巻きに眺める。
こういうところが日本人だな、なんて他人事のように心で呟いた。
特にアニメ作品にその傾向は顕著に出ていて、全席指定の映画館がほとんどな現代において、この並ぶという行為はなんとも俺にはあまり理解ができなかった。そんなに早く入場しても協賛企業のコマーシャルしか見れないし、誰もいないスクリーンに1番乗りに入りたいという欲もなさそうな人々がこうも列を成す理由が。
普段なら真っ先に入場して、スクリーンの雰囲気にいち早くのまれたいと思う俺も、こういう繁忙期には一歩気持ちが引けてしまう。
「ただいまよりご入場開始いたします!」
スタッフがそう言うと、続々とその列に加わる者が増えた。
それにしてもカップルばっかりだな。
大きなポップコーンをシェアして食べる者、チケットを顔に寄せてスマホで自撮りする者、取ったチラシを読み合う者、どれも男女のペアだった。
その中に紛れて、たまに現れるお一人様達が実に心強く思える。
俺も含め、彼らは夏の映画館という陽の雰囲気の中、沈黙を貫き、個々、映画館という特殊空間に身を投じていた。
ある程度、列が短くなってからようやく、俺も入場ゲートへと近付いた。
今までならこうは思わなかっただろうセリフを心の中で叫んだ。
「羨ましい!!!」
英詩子を思い出しながら、ぼっち映画。
そんな夏の終わりの思い出。
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