第五十六幕 グレイテスト・オーディエンス

 脚本家志望のクラスメイトが仕立てたオリジナルの恋愛劇は、それはもう大好評だった。


 生徒、教師、保護者、見ていたものはみなスタンディングオベーション。


 手芸部が仕立てたヒラヒラのドレスをまとったヒロイン役の水月を中心に、ずらっとカーテンコールに現れたクラスメイト達は満足げな表情を見せている。


「新太郎はあそこに居なくてよかったのか?」


 顔を両手で覆いながら、そのせいで随分くぐもった声になっている詩子がそう尋ねてきた。


 相変わらず涙もろいやつである。


「俺、というか、ほとんど男連中は裏方か不参加だよ」


「なんで?」


「見てみろよ、ほぼ女子生徒で構成されたこの配役を」


 ヒロインの水月と対等に並ぶいわゆる王子様ポジションに立つのは男装した女子生徒だ。


 配役会議時に一番もめたのがこの王子様役だった。


 さすがに立候補するほどの図々しいやつはいなかったけれど、顔がいい上に幼馴染である時介だけでなく、単純に仲が良いという理由から俺までも候補に挙がったくらいである。


 が、難航の末、クラスのボーイッシュな女の子に男装させようと全会一致。

 その結果、遠慮なく手をつないだり抱きついたりの演技が出来たわけだ。



「どっかの歌劇団みたいだな」


 ようやく収まったのか、手を顔から話して詩子が突っ込みを入れた。


 ちなみに我がクラスはこれで文化祭で最も優れた出し物に送られる志都美丘賞を手にしたらしいが、俺には関係ないことであった。



「美術部で、ヒロイン役で、かわいいって、新太郎の幼馴染の属性強すぎじゃね?」


「大企業のトップの孫で泣き虫ヤンキー属性の詩子が言っても説得力がなあ」


「ぶん殴るぞ」


 詩子がそう言い終わる前にみぞおちに一発食らってしまった。




 ここからはその後文化祭であったことをつらつらと回想して行こうと思う。

 まあ、いつか誰かとじっくり語る機会もあるだろうけれど、体育祭と文化祭と慣れない大イベントを満喫した俺は家に着くなりすぐにベッドに倒れこんでしまったので、今はそんな元気はない。


 さて、最も優れた出し物を選ぶ以外にもわが校には奇妙なお決まりがあった。


 それは、最も目立ったお客を選ぶ賞だ。


 なぜ時介たちサッカー部が、出し物をするわけでもないのに、妖怪のコスプレをして校舎を徘徊していたのか、という疑問の答えがこれだ。

 ウケたもん勝ち、目立ったもん勝ち、撮られた写真は卒業アルバムにでかでかと載る、一生の勲章。


 文化祭の終盤、グラウンドに立てられた仮設ステージに上がる生徒会長の高島と副会長が、マイクを手に「それでは最も目立った客、グレイテストオーディエンス賞の発表です!」と叫んだ。


 陳腐なネーミングだな、と思いながら俺と詩子はグラウンドの端っこから高島を見守る。


 ステージに向かって異様な盛り上がりを見せつける妖怪のご一行たち。


 彼ら以外にもコスプレをしている集団や、フラッシュモブをやった集団など、我こそはと盛り上がっている。


「今年もたくさんの候補がいましたが……」


 と言いながら高島が辺りを見回す。

 おおーっと囃し立てる生徒たち。



 一瞬、目があった気がした。

 いや、気のせいではなさそうで、どうやら高島は遠巻きに眺める俺をじっと睨みつけていた。


「大賞は、二年の市川新太郎くんアンドは英詩子さんです!」



 いったん静まり返ったグラウンド。


「は?」

「え?」


 俺と詩子が目を合わせて確かに呼ばれた自分たちの名前に疑問を呈する。


 直後、先ほどとはまた違った盛り上がりを見せ始めた妖怪ご一行につられるようにして、歓声と拍手が巻き起こった。


「詩子! 市川くん! ステージにきなって!」


 高島が大きく手を招いて俺たちを呼ぶ、その視線を追ってか、グラウンドにいたほぼ全員の視線が俺たちの方へ向いた。


 これまでの、どの冷やかしよりも恥ずかしい、顔から火が出る、いや、火だるまになるくらいの思いだった。


 それは詩子も同じだったらしく、真っ赤な顔をして仮設ステージに向かって叫んだ。



「うるせええええええ! ぶっ飛ばす! ぶん殴る! 覚えとけよおおおおお!」


 そんな声が反響する中、詩子はグラウンドから逃げるように去り、俺もあとを追った。


 こうして受賞は辞退させてもらった。







 さて、体育祭と文化祭を終え、あとはずるずるっと修学旅行に行けばもう俺の高校二年生としてのイベントは終わりであった。


 帰る前にファミレスで何気に会話を詩子として、次に見たい映画の話や、続編が制作中止になった映画の愚痴やらを喋って、解散した。


 今年はいつもと違って、詩子という存在が俺に「それだけで終わると思うなよ」と思わせているのだけれど、まあ陰のものをやっていた頃には関係のなかった色々、そうだな、クリスマスだったり、お正月だったりも目と鼻の先に迫ってくるわけだ。


 何事もなく終わるとは思えなかったけれど、まあ、何とかなるだろうとは思っていた。






 けれど、事態が急変したのは文化祭の直後だった。


 急変?


 そんなものではない。


 初めて聞いたときは天地がひっくり返った気分とはこういうことかと痛感した。




 始まりは詩子でもなく、水月でも時介でもない。もちろん穣でもないし、高島でもない。



「新太郎さん、話があります」



 詩子の従妹、律華だ。

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