第五十五幕 従姉を奪回せよ
「じゃ、俺はサッカー部の連中のとこ行ってくるから!」
「私もそろそろ着替えとか準備に行かないと」
そう告げて二人と別れた中庭で俺はしばらくぼうっとしていた。
時間を見計らって我がクラスの劇を見に行って俺の学園祭はお開きかな、と思いながらスマホのメッセージアプリで詩子とのやりとりを開く。
や、ここで一緒に回ろうと誘うのは野暮だろう。せっかくだからクラスのみんなとの学園祭を満喫してもらいたい。
という思い半分、もう半分は、あれだけ冷やかされた直後に行動を共にするとなると、一層冷やかされるだろうなという危惧。
スマホをポケットに収納して、いつもの花壇に腰掛け空を見上げた。
ぐぐーっと背伸びをしていると、突然声をかけられる。
聞きなれたいつもの声だった。
「結局ぼっちじゃん」
視線を正面に向けると、髪の毛の毛先を気にするそぶりを見せながら、詩子が立っていた。
「あれ、もう交代の時間?」
「そうだよ。あーあ、髪の毛にめっちゃソースのにおいついちゃったよ……」
「高島とかと回らないのか?」
他意なく尋ねたつもりだったが、詩子は頬を膨らませて答えた。
「せっかくぼっちの新太郎を助けてあげようとおもったのになあ」
「ごめんごめん、ありがとう」
詩子は意地悪そうに微笑むと俺の眼前に学園祭のパンフレットを開けて突き出してきた。
「この赤丸つけてるとこ、行きたい」
屋台のほかにも、校舎内の出し物や展示会など、見せられたパンフレットにつけられた赤丸を目で追う。いくらか既に行ったところもあったけれど、俺は花壇から立ち上がって「よし、全部行くか」と言った。
なんだかんだ言って、詩子はこの学園祭を楽しみにしていたのだろう。
嬉しそうに頷く詩子に向かって俺は自然と右手を差し出しそうになった。
おっと、ここは学校だ。うっかり手をつないでいるところまで見られるようなことがあれば、さっきの比じゃない冷やかしが襲い掛かってくるに違いない。
差し出しかけた右手をごまかすように後頭部に持っていき不自然に頭を掻いた。
詩子に、俺の動揺している素振りを察している様子が感じられなかったので助かった。
ただ手は繋がなくとも、校内をこうも大っぴらに二人で歩くのは恐らく付き合ってからは初めてだろうか。その様子を見ては「お似合いじゃん!」とか「お、噂の!」と話したこともない生徒から指をさされるこの有様。
その都度、詩子は熾烈な視線で相手を睨みつけるも、ほんの少し前のヤンキーという名のみ一人歩きしていた頃とは違って、だれも怯むことなく冷やかし続けるのだった。
そんな生徒たちに混じっていた、とある一人の少女に遭遇した。いや、再会した。
「律華……?」
高校生たちに混じって、詩子の従妹、律華がなぜか我が校にいた。
他の生徒たちからすれば誰かの妹か何かだと思うだろう彼女は、相変わらず高そうな装いで学校の廊下を歩いていたのだ。
律華がいまどういうわけか海辺の街から、詩子の家に来ているという話は少し前にチラッと聞いていたけれど、まだ滞在していたとは、そして、学園祭に来ていたとは。
「何しに来たんだよ……」
露骨に嫌そうに詩子が言う。
「せっかくこっちに来てるので、姉さまがどんなスクールライフを送ってるか気になったので……。相変わらず随分と仲がよろしいようで、微笑ましいですね」
露骨に嫌味を交えて律華が言う。
この幼女、年齢の割に色恋沙汰がずいぶんとお好みなようである。
「お久しぶりです。新太郎さん、あ、いえ、お義兄さま」
俺のツッコミの代わりに詩子の拳骨が律華を襲った。
「ところでなんで従妹の律華がこっちに来てるんだ? それも結構長い期間いるじゃん?」
「私も知らねえよ、家のことなんか」
「まあ、別に私には関係ない用事ですわ。親の付き添い。だからこうして暇つぶしに姉さまの高校に遊びに来てるんですよ」
手でパタパタと顔を仰ぎながら答える律華。その視線は俺たちを離れた。
「そんなことより、姉さまと新太郎さんが恋仲になったなんて私知らなかったんですけど! ここに来て廊下ですれ違う生徒が噂してるのを聞いて初めて知ったんですけど!」
「言ってなかったのか?」
「言う必要あると思うか?」
俺が反論せず、静かに頷くとそれが不服だったのか律華はキーッと唸り詩子に詰め寄った。
「そう言うことは早く言って欲しかったのです!」
「そんなムキになるなって……」
「よくも私の姉さまを奪いましたね! 奪い返します!」
「ええ……。そんな従妹に急に恋敵ロールプレイされても……」
「冗談ですよ。まあ今日お二人が恋仲になっていたと言うことを知れただけでもこの高校に遊びに来た甲斐がありましたわ」
納得していない表情のまま、この場を去って行く律華。
あの夏では感じなかったけれど、振る舞いの割には話してみると年相応なところもあるものだ、と思った。
いや穣という妹と長年暮らして、年下の女の子の扱いには慣れているからそう感じるだけだろうか。
詩子は苦虫を噛み潰したような表情でその去りゆく背中を睨んでいた。
「そろそろ新太郎のクラスの劇だろ? 体育館に行くか?」
「もうそんな時間? よし、行こう」
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