第五十四幕 ヤンキーのおいしい屋台
二度目ともなれば俺はもうわざわざ忠告をする気さえ失っていた。もう好きにしてくれ、と伝えたところ、穣はすっかり嬉しそうに飛び跳ねながら答える。
「じゃあ学校の友達と一緒に行くね、学園祭! その子、受験で志都美丘高校受けようとしてるから、どんなものか偵察ね!」
友達を出汁に使われたらこちらもそう易々と断るわけにもいかなかった。
跳ねる穣の肩をグッと押さえつけながら、俺は警告を発した。
「来てもいいが、俺に構ってくるなよ」
「えぇ……。詩子さんにも挨拶しないと」
「その必要もない! だいたい……」
今日は学園祭。
今までより少しだけ楽しみな学園祭。
「あいつはクラスの出し物で忙しいだろうから、基本的に時介と水月と回る予定だ」
二人とも随分珍妙な格好だった。
多くの食べ物の出店が並ぶ校舎の前で俺たち幼馴染三人は集合して午前中に回る出し物を、リストから選定しようとしていた。
午後からは水月はクラスの劇、時介もサッカー部の「百鬼夜行」へ行かなければならないので、俺はそこからはぼっちの予定だ。
「お前ら、その格好何なんだ?」
まず時介から見てみよう。
「ん? これか? サッカー部でほら、コスプレ大名行列やるからさ、まあ一部じゃ百鬼夜行とか言われてるけど、俺はこうやって女装してるんだよ」
「女装っていうか……」
校舎に反響するくらい大きな声でこうツッコミを入れた。
「砂かけ婆じゃねえか! それは女装とは言わねえよ!」
長い腰までの髪のカツラに淡い色の着物、そして片手に百均で買ってきたであろうプラスチック製の壺のようなものを持っている。顔面もしっかり不気味な化粧を施していた。
「サッカー部のやつ午後からなのに、もうコスプレしてるのかよ」
「お化粧崩れちゃうから、昼に一回メイク直ししないとね」
そこは心配するところじゃあないだろう、というツッコミを入れた水月はというと、全身緑の、言ってしまえばくそださジャージを着ている。
「そういう水月もなんでジャージなんだよ!」
砂かけ婆が指をさして緑ジャージを笑う。
「わ、私は午後の劇の着替えがスムーズに済むように仮でこれを着てるだけなんだから!」
「俺だって午後のサッカー部のそれにスムーズに参加できるように着てるだけだぞ!」
なんていう争いを片目に俺は校舎に掲げられた懸垂幕を見上げた。
水月のジャージにはいくらか絵具の跡が見てとれた。
きっと、この大きくて綺麗な絵を描くときもこのジャージを着ていたのだろう。制服が汚れないように。
幼馴染ながら、本当に凄いと思う。
気付いたときには時介もこの懸垂幕を見上げていた。
「それにしても、すげえな」
先ほどとはうって変わって、落ち着いた声でそう言う。静かに俺も頷いた。
「俺の目には大きな木に人の影? みたいなのが生命を注ぎ込んでいるみたいな風に見えるな」
「そうか? むしろ木から人の影に生命の線が繋がってるみたいな……」
抽象画というのだろうか、とても考察が楽しい仕上がりであった。
「どう思うかはみんな次第よ。私に聞かないでね」
「芸術家だなあ」
時介が感心して呟く。
「誇らしいよ。おさ……」
幼馴染として、と言いかけて飲み込んだ。
水月はそれに気づいたのかどうか分からないけれど、視線を懸垂幕から外して、話を切り替えた。
「さ、何処から回ってく?」
砂かけ婆がノリノリで答えた。
「隣のクラスのお化け屋敷から行こうぜ!」
「あのねえ、その格好でお化け屋敷行ったら演者かと思われるわよ」
「そうだぞ。それに却下だ。穣が最初に友達とお化け屋敷とか屋内の出し物を回るって言ってたから」
「また穣ちゃん来てるのか。ほんとブラコンだな」
時介が呆れたように言った。ムッとする俺に目もくれず、彼はそのまま続けた。
「じゃ、お昼前だし、空いてるうちに食べ物巡ろうぜ」
「いいね」
俺の答えを待たずして二人はさっきからいいにおいを漂わせている出店へと向かった。
その中でもひと際ソースの濃いにおいを発生させている出店に視線をやる。
「詩子ちゃん、もうちょっとストック作っとこ!」
「英、もうちょっとしたらこっちと交代な!」
「お前意外と料理できたんだな、英」
『特製焼きそば』と大きな立て看板を掲げたその一角、思い思いのエプロンをつけた生徒の輪の真ん中に、詩子はいた。
彼女は、無地紺色のエプロンを下げてヘラを器用に使いながら焼きそばを作っていた。髪の毛は同じく紺色のバンダナにしまっている。髪を上げている姿は実に新鮮だ。
満面の笑みで。
「おう! これだけ作ってから交代するわ! よろしく、ありがと!」
遠目にそんな彼女の姿を見つめていると、口角が自然と上がるのが分かった。
相当まぬけな表情に見えただろう。
先を歩いていた二人が戻ってきて、同時に俺の背中をドンと押した。
「おれ、焼きそば」
「私も、焼きそばがいい」
「は? え?」
「だから、焼きそば。新太郎も食うだろ? みっつ、買って来てくれ。金は後で払うから」
面倒臭そうに手をシッシッと振り払う時介。
二人の意図を理解はしたが、なかなか実行に至らなかった。ふと水月に視線を送る。
彼女は俺に視線を合わせなかったけれど、こう言った。
「おなか減ったから、はやく」
少しだけ頬を膨らませながら水月は目を合わせないまま出店の方を指差した。
つべこべ言うのは野暮だろう。
「わかった。焼きそばみっつな」
「いらっしゃ……。あ! ふふ、待ってね」
焼きそばの出店の外で段ボール製の看板を持って客引きをしていた女生徒が俺の顔を見るなりにやにやして出店の方を振り返った。
「うーたーこー! かーれーしー!」
周りの視線を気にせず、彼女の名と、そして彼女に対する俺のステータスを叫びだしやがった。
出店中から「ふーふー!」「おあついねえ!」と声が上がる中、焼きそばに付いている紅ショウガより顔を赤らめて詩子が引きずり出されてきた。
「ちょ、新太郎、三人で回ってるんじゃ……」
「いや、なぜかパシリに使われて……」
「あ、そ……。で、なに?」
「あ、え、焼きそばみっつ……」
ここまでぎこちないやり取りを詩子と交わすのも久々である。
詩子の後ろで控えていた別の女子生徒が作り置いていた焼きそばみっつを彼女に手渡す。
「お金、これ、ちょうどだから」
「ありがと……」
周りの生徒の視線が恥ずかしい。一刻も早くここから立ち去りたい。けれども、どうしても最初に思ったことは、鉄の熱いうちに彼女へ伝えたい。
「……エプロン、似合ってるじゃん」
出店から歓声が上がった。詩子は顔をより真っ赤にして、そして彼女の感情は照れを通り越した。
「うるせえ! さっさと帰れ!」
「ちょ、熱いって! ヘラ当たったって!」
手にしていたヘラを振り回しながら詩子は照れを越えてキレ散らかした。
冷やかしの声を背に受けながら、俺は時介と水月のもとへ戻った。
焼きそばは相当美味しかった。といっても、誰でも簡単に作れるものだけれど、ただ、俺が食べた初めての詩子の作った食べ物だった。
いつかは詩子の手料理をもっと食べてみたいものだ。
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