第四章
第五十三幕 前売り券と共に去りぬ
さて、体育祭の筋肉痛の完全に癒え、詩子の捻挫もすっかり治った頃。
年々短くなってきている気がする十月の秋の風を浴びながら、俺は一人で下校している。
おや? ぼっち再来か?
なんて度々弄られたけれど、決してネガティブなぼっちではない。
というのも、二学期第二のビックイベントである学園祭がそこまで迫ってきているからだ。
詩子は学内で孤立したヤンキーである、なんてのはもう過去のこと、今ではすっかりちょっと見た目がやんちゃなクラスの女子、となっている。
そんな彼女から「ごめん! 学園祭の準備で放課後残るから、先帰ってて!」というメッセージが来たので大人しく退散しているというわけだ。
これ以外にも詩子は、キャリーやその友達と一緒に遊びに行ったりなんなりと、彼女の願いであった「普通の高校生活」を大変謳歌しており、俺としても大満足である。よかったよかった。
というわけで俺は度々こうしてぼっち下校をしているのである。
駅に向かうまでの間に、学園祭の準備中だろう、買い出しから学校に戻ってくる我が高校の生徒と何度もすれ違って、その都度「ああ、いよいよ明日か」と思うそんな秋の夕暮れだった。
さてさて、ぼっち下校といえばそう、ぼっち映画である。
俺は学園祭や詩子のことをいったん忘れて、自宅の最寄り駅とは逆方面の電車に乗り込みいつものシネコンへと向かうことにした。
相変わらずこの時期の映画館は人が少ない。
暇そうなスタッフも、きっと繰り返しホワイエで流れる人気ラブコメ漫画の実写映画の予告編の音楽や台詞は耳にタコができてうんざりしているのだろう。
特にグッズ売り場にいるスタッフ、彼はこの時間は一人でセクションを任されているのだろう、コンセッションなどと違ってひとり誰ともコミュニケーションとることができない状態で随分と退屈そうである。
時折、眼鏡を押し上げ、売り場内をふらっと歩き、陳列を整え、あとはまたレジ付近でぼうっとしていた。
そんな彼の行動を追ってグッズ売り場を見ていると、ひとりの少年がレジ横に置いてあるイーゼルを凝視しているのに気付いた。
そこには現在販売中の前売り券が一覧で表示されている。
見た感じ中学生くらい、アニメ作品か何かの前売り券を狙っているのだろうか。
俺も、その彼も、かなしいかな前売り券を買うメリットは実はそんなにないのだ。
今ではカードタイプの前売り券が一般化していて、インターネットで先に座席指定できるというのは、クレジットカードを持っていない俺たちからすれば大変便利なのだが、その多くは実は大人料金のみ。
実は学生は普通に見るのと値段が変わらなかったり、むしろ安かったりするのだ。
一部子供向け作品などには、いわゆる小人券があるけれども、日曜の朝にやっているようなものはあいにく俺は見ていないので、買う機会がない。
しかし、なぜそれでも俺は前売り券を買うのか。
特典がついてるから? それもあるけれど、もっと大きな理由がある。
それは、コレクションだ。
カードタイプの前売り券は、従来の紙と異なり保存性が非常に高いのだ。もちろん紙の前売り券の半券千切ったあとも一興、しかしこの保存性の高さはやはり魅力的だ。
ちなみに俺は名刺ファイルのようなものを百均で買ってそこに入れている。
これは詩子も同じらしく、この話をしたときはお互い声をそろえて「それな!」と言った。
しばらくレジの近くで他のグッズを見ていると、その少年は眼鏡のスタッフに前売り券の購入を申し出ていた。
盗み聞きをしているわけではないが、自然と耳に入ってくる情報によると、彼は計五作品の前売り券をご所望のようだ。
眼鏡のスタッフはしばらく考えたのち、こう返す。
「こちら一般券のみの販売でして、当日料金のほうお安くなると思いますが……」
人を見た目で判断してはいけないということは詩子で散々学んだが、彼はどう見ても俺より小さい子供だった。それはスタッフの目から見ても明らかで、当然の返しと言えるだろう。
もしかして、親のために買っているのかな、なんて思ってその経緯を見守る。
「大丈夫です」
「かしこまりました。少々お待ちください」
スタッフが前売り券を取り出す。この五作品、どうやら特典も何もないらしく、つまるところかなりの確率でこの少年は俺と同じ前売り券コレクターなのだ。
お会計の後、少年はレジから離れてすぐに、買ったばかりの前売り券を取り出した。
と、同時に自身のリュックからA4サイズのクリアファイルを取り出す。
おお、と思わず声が出そうになる。
そのファイルにはびっしりと前売り券が保管されていた。
彼は本物だ。やるじゃあないか。と、ひとり感心しながら、エレベーターに乗り込む彼を見送った。
そうして俺もグッズストアのレジに向かい、眼鏡のスタッフに同じ作品の前売り券二枚の購入意志を伝えた。
明らかに高校の制服を着ている俺に対して、スタッフは先ほどの少年同様、料金はお得ではない旨を伝えてくるかと思ったけれど、何故かそんなことはなく、代わりにこう返ってきた。
「かしこまりました。いつもありがとうございます」
少しだけ恥ずかしい気持ちになったけれど、まあこう頻繁に劇場へ足を運んでいれば、こんな大きなシネコンであっても何人か常連さんとスタッフが把握している人もいるのだろう。どうやら俺はその中の一人だったようだ。
会計を済ました俺に、その気恥ずかしさは消えることなく残り続けたので今日は映画を見ずに去ることにした。
急にスタッフからの視線が気になって仕方なくなったのだ。まあ、寝て起きたら忘れているのだろうけど。
眼鏡のスタッフはほんの一瞬の繁忙期を終え、再び暇そうに立っている。
視線を自分の手元に移して、先ほど買った二枚の前売り券を見た。
『十二月二十四日公開』
と書いている。
早めに、予定を決めておこう。
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