幕間 私はヤンキーと歩いた!
転校したてだった小学生のころの私はとても浮いていた。
というのもやっぱりこの外国人である親譲りの見た目のせいが大きかったのだと思う。
教室の前で自己紹介をして、先生が黒板に私の名前、「高島キャリー」を書いた時に騒ついたあの日はよく覚えている。
この国の人間は子どもの頃から絶妙な人との距離の測り方を知っていて、それは決して誰から教わったわけでもなく、常にクラスメイトとは数枚の壁を感じながら接することになった。
ある日、いつものようにひとりで音楽の授業の用意をしている時だった。
突然、なんの前触れもなく話しかけられた私は、意味もなく謝ってしまったのを今でも覚えている。
「なんで謝ってんの?」
今でもその面影がある彼女の顔は小学生ながら「かわいい」と思った。
くもりなき瞳で私を、や、私の髪の色をじいっと見つめて彼女はこう続ける。
「それって、地毛?」
ついこの前まで海外で暮らしていて、日本語もあまり詳しくなかった私は、地毛の意味がわからずキョトンとしてしまった。
しかし、彼女はそれを察して言い直してくれた。
「あー、えっと、その髪の毛の色って生まれつき? それとも染めてるの?」
「あっ、えっ、生まれつき……。……もともと」
切り貼りしたような言葉を返す私。
身体的特徴でどうこう言われるのは慣れだつもりだったけれど、彼女の不思議な魅力に惑わされた私は目が相当泳いでいたに違いない。
「すっごい! 綺麗じゃん! 映画に出てくる人みたい!」
拍子抜け。という言葉をここで私は覚えたのだろう。
彼女の予想外の返答は、逆に私を困らせた。
そんな私を差し置いて、彼女は次々に言葉を繰り出す。
「お肌も綺麗だし、目もおっきい! 可愛いね! キャリー!」
大きな声で私を褒める彼女の声につられて、クラスの何人かがこちらへ寄ってきて、「ほんとだ、目、おっきい!」とか「芸能人みたい!」とか口々に言い出した。
私は何も答えれなかったけれど、初めて壁を感じないやり取りをしている気がしてとても嬉しかった。
自然と笑みが溢れる。
「笑ったらもっと可愛い!」
「いや、その、そんなこと……」
「私、英詩子! 詩子でいいからね。仲良くしよ!」
「あっ、えっと、高島……。高島キャリーって言います……」
「アハハッ! 知ってるよ!」
詩子とのそんな出会いは私にとって一生の思い出。
このこと出会わなければ、私はこうも周りに馴染むことが出来なかっただろう。
それから数年後、訳あって詩子は私とも周りとも距離を置くヤンキーになってしまったけれど、これまた訳あってまた仲の良い友達に戻れた。
久々に二人きりで出かけた先は映画館。
と言っても大きいシネコンじゃなくて、とてもちっちゃい劇場だった。こんな映画館もあるんだ、と初めて知った。
私たちは入場開始までの間、そんな昔の、私たちが歩いてきた道の話をしながらロビーのソファに座っていた。
「なんで私に声かけたの?」
長年の疑問だ。
「なんでって、単純に気になったから」
「外国から来た人だったから?」
「うーん、それもあるけど。うちの親が昔仕事の都合で引っ越すかどうかみたいな話をしてたこともあって、それが嫌だって嘆いた思い出があったんだよ。だから、遠いところから転校して来るってめっちゃ辛いんだろうなって思ってさ」
「詩子の家庭も色々あるもんね。いつ転校があってもおかしくない状況だったんだ?」
「親はグループ経営者の血縁関係だけど、グループ大きい分、全国どこにでも支社っていうのかな、それがあるからって言われたよ。そんなの嫌だって泣いてたかな、当時」
「だから詩子はグレちゃったんだね」
「ま、理由のひとつではあるだろうな」
昔がどうとか、ヤンキーになった理由がどうとか、そんなのは関係ない。
私と詩子はこれからも仲の良い友達でいるんだ。
『ただいまより、入場開始致します』
「お、行くか、キャリー」
「行こう、詩子」
私は詩子と並んで歩いて、スクリーンへと入って行った。
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