第四十六幕 ショウほど素敵な出し物はない

 とある放課後。

 俺はまた帰らずに教室で座っているのだけれど、今日は詩子を待つために残っているわけではない。

 むしろ、詩子を待たせていると言った状況である。


 俺はクラスメイトによって黒板に大きく書かれていく文字をぼんやりと眺めていた。


『ヒロイン役 森水月』


 全て書き終えたのち、そのクラスメイトは教卓に立ち教室を見回して「以上、配役会議終了!」と高らかに宣言した。

 拍手が起こる教室に合わせて俺もまばらに手を叩いた。


 さて、一体何が始まるのかというと、来月末に控えた学園祭の出し物決めである。


 クラス連中はノリ気であれやこれやと意見を出し合い、最終的に決まったのがまさかの「劇」だった。

 これは俺からすると絶妙にありがたかった。


 劇は全員出演者としての参加は不可能。俺は裏方として、事前準備にちょっとだけ手を出す程度で、こと本番は去年同様だらっと過ごせるわけだ。

 下手にお化け屋敷とかにされると、交代制で必然的に駆り出されてしまうからな……。


 劇ほど素敵な出し物はほかにないだろう。


 そして、黒板に大きく書かれたそれの通り、劇の主役は俺の隣に座る幼馴染、水月に決まった。


 はじめ、彼女を推薦する声が多かった理由は以下の通りだ。

 まず、同時開催される美術部の展示会の準備をする必要があったため、彼女は衣装や小道具の作成など、あまりクラスの事前準備には参加できないが、劇の練習だけならまだ時間を取れる。

 そして、何より、美人だったからだ。

 幼馴染補正を抜きに彼女を見たとき、その綺麗なルックスはクラスいや、ひょっとすると学校でもトップレベルかもしれなかった。


 最終的に、全会一致で水月の主役が決まったのである。



「やっと終わったよ……」


 諸々の注意事項を述べた担任が、ようやく本日の解散を告げ、時介は怠そうな表情と共に俺の方を向き、俺の机にうなだれた。


「時介はサッカー部で何かするの?」


 ヒロインの水月が帰り支度をしながら尋ねてくる。


「去年はクラスでコスプレしただろ? それを見た三年の先輩が今年はサッカー部でやろうぜってなってさ。出店はしないけど、ただコスプレで校内を練り歩く『百鬼夜行』しようぜってなってる」


「なによそれ」

「なんだそれ」


 時介への突っ込みがシンクロし、思わず水月と目を合わせた。

 なんだか久しぶりに目があった気がする。


 咄嗟に目を逸らしたのは水月の方からだった。


「そ、それにしても、今月は体育祭、来月学園祭、再来月修学旅行ってほんとイベント詰め込みすぎよね。この学校」


 時介の方を向いて話していたので俺は何も答えなかった。


「スケジューリングが下手だよな。せめてどれか一個は春にやるべきだな」


 時介もようやく鞄を手にして帰り支度を始めながら答えた。


 その間、俺はスマホで詩子にメッセージを送っていた。

 やっと終わった、という旨を伝えるために。

 既読が一瞬でつく。


『暑いから図書室にいた。そろそろ出るわ』


 ヤンキーと図書室というこれまたミスマッチな光景を思い浮かべて俺は好奇心から「迎えにいくからそこに居てて」と返信した。


「じゃ、俺は部室行って帰るわ」


「おう、また明日」

「またね」


 時介が教室を出る。


 学園祭の出し物が決まって、なんとなく教室全体のテンションが上がっているせいか、何人かが教室を出てもなおいつもよりざわざわとしていた。

 そのせいもあって、俺と水月の無言がいつもより気になってしまった。


 沈黙を打ち破ったのも水月からであった。


「新太郎、今年も学園祭当日はおサボり?」


「サボりはしないよ。一応学校には来るし、最低限涼しい体育館でだらっとしながらうちの劇は見れたら見る」


「それ見ないやつだね」


「よく分かってるじゃん。さすが幼馴染」


「……」


「……」


 時介から聞かされた話を思い出してしまう。

 何気ないいつもの会話をしたいだけなのに、絶妙にやりにくい。


 いつ、水月の口から詩子のことを聞かれるのかと身構えていたけれど、一向にそんな様子は無く、彼女は学園祭についての話を進める。


「部活の方も準備あるし、ほんと忙しいよこの秋。師走は十二月じゃなくて今だね」


「文字通り教師も忙しいだろうしな。美術部はなに展示するの?」


「私はいつもの絵だね。あ、あと……」


 少し誇らしげな表情で続ける。


「当日、校舎に飾る懸垂幕の絵も私が描くんだよ」


「まじで⁉︎」


 素直に驚いた。

 身近な人間がまさかそんな大仕事を任されていたなんて。


「それでよく役を引き受けたな」


「まあクラスにあんまり貢献できないのも申し訳ないし、出来るとこがそこしかなかっただけだよ」


「謙遜なのか自慢なのか分かんねえ」


 さて、そろそろ図書室に向かわねば。

 遅い! と体のどこかに一撃が飛んでくる羽目になりかねなかった。

 詩子の見た目以外でヤンキーらしいところは、その腕っ節の強さくらいだろうか。


 スマホで詩子からの返信を確認する。

 「りょ」とだけ、一言。図書室で待つことを了承してくれているようだ。これは奇妙な光景が見れそうだ。


 そんな俺の様子をじっと見つめる水月。

 彼女は次にこう俺に言ってきた。


「ね、学園祭さ。一緒に回ろうよ」


「え?」


 色んなことが頭の中を巡る。

 答えあぐねていると、水月が誘い文句の第二波を放つ。


「私『たち』でさ。『幼馴染』で回ろうよ」


 言葉の端々が妙に強調されて聞こえる。


 時介と三人で、か。

 まあ二人ともそれぞれ出し物で持ち場に戻る時間もあるし、そこで詩子と回ればいいだろう。

 というかそもそも、先日話した様子だと詩子も学園祭にノリ気じゃないだろうし、学校に来るかどうかも怪しい。

 それにもし、詩子と回ることになっても後から幼馴染を断ればいいや。


 体感数分、実際は十数秒。あれこれ考えた結果。


「オッケー」


 そう答えて俺は教室を後にした。


 時介から聞かされた話によって、俺の中で勝手に生み出されたよく分からない申し訳なさをこれで払拭しようとしたのかもしれない。

 水月は嬉しそうに俺を見送っていた。





 その後、図書室で俺が見た光景は、窓際の席で小説を読む詩子の姿だった。

 入り口から見る彼女は開いた本で顔が隠れていたけれど、俺には分かる。


「詩子、小説読んだだけでも泣けるのか……」


 感受性の高い、俺の彼女である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る