第四十五幕 サイコウ
二学期も数日経ち、夏休みボケもおさまってくる頃。これから我が校は行事ラッシュに入るということで、どことなく忙しなくなっていた。
「学園祭と体育祭、私ら二年は修学旅行もあるからなあ」
意外にも楽しそうな詩子に俺は驚いた。
「新太郎って去年の学園祭なにやってたの?」
「その日は実質休みだ」
「は?」
説明するまでも無かった。学園祭など参加する気にもならなかったからだ。ただいつものように登校して、授業がない代わりにだらっと校舎の人通りが少ないところを狙って歩き回り、そして夕方、しれっと退散。
クラスの出し物、たしか去年はコスプレ喫茶だったか、もちろん俺は不参加だ。時介がノリノリでメイド服を着せようとしてきたが全力で断った。ちなみに時介はチャイナドレスをピチピチに着こなしていた。
「新太郎のメイド姿……」
「変な想像やめろよ」
さて、俺たちは今日も一緒に下校して、いつものシネコンにやってきていた。
もう慣れたもんで、他の生徒に見られても特になにも思わなくなっていたし、おそらく大体の生徒が「あいつら付き合ってんじゃね?」なんて見当がつきはじめているだろう。
「ところで、高島と映画見に行ったんだろ? どうだった?」
「楽しかったよ。久々にいっぱい話せた。でも……」
「でも?」
「あいつあんな低予算サメ映画にビビり倒してやがるんだよ。映画中ずっと手握ってきやがってさ」
そうして右手をヒラヒラと振り払う動作をした。
あの真面目そうな生徒会長のビビり倒す姿は是非とも見てみたいものだ。学校一のヤンキーが号泣してる姿といい勝負をしそうだ。
「詩子はああいう映画、怖くないのか?」
「所詮作り物だからな」
「ホラーとかスプラッターは?」
「……」
「あのー、詩子さん?」
「だからこうやって新太郎誘って来てるんだろうが」
軽く肩を叩かれる。
そう、今日俺たちが見にきた映画は紛れもなくスプラッター映画。夏にホラーやスプラッター映画がいくらか公開されて、結局夏の間に見ることができなかったうちのひとつを、シーズンが若干ずれたが見にくることになった。
誘ってきたのは詩子のはずだったが……。
「あれだよ、怖いもの見たさってあるじゃん?」
「苦手なんだな……。1人じゃ見ないのか?」
「これまでは嫌でも1人で見るしかなかったんだよ。だからレンタル開始まで待って、部屋でクッション握り潰しながら叫びながら見てたよ……」
その光景を想像して頬が緩む。
「ほんとヤンキーらしくないよな」
「うるさいばか」
さっきより力強く肩を叩かれた。
「新太郎は平気なんだな」
「まあ、ね。好きな映画監督も海外のスリラー映画監督だし、割とその手の作品は好んで見る方だな。一番好きなのはやっぱ女性がバスルームで急に後ろから……」
「やめろやめろ! 想像するだけで怖いから!」
学校一のヤンキーを、こんな風に小馬鹿にできる日が来るとは思いもしなかった。
しばらくして、スクリーンへ入場すると詩子の顔はかなり一層青白くなっていた。もともと健康的な白い肌だったものが、すっかり血の気を失っている。
この映画館のコリドー独特の静けささえも彼女を不安にさせているのだろうか。
入場前に呑気にも「ポップコーン食う?」と聞いた俺の背中を殴って最後、彼女はただ俺の後ろをついて歩くだけの機械のようになっていた。
「詩子、ほんとに大丈夫か?」
「だだっ大丈夫……」
嘘である。
けれどもここで変に気を遣って見るのを諦めるのも彼女に失礼だし、あとお金も払っている以上勿体無いし、何より少しこの詩子の様子を見ていたい気もしていた。
つい最近ミニシアターに行って改めてこのシネコンに来ると、スクリーンのデカさを再認識させられる。
音響も、座席も、金をかければいいってものじゃあないけれど、そりゃ金をかければいいものにはなるんだなと技術の進歩に感心する。
3D、4Dときて次は何になるんだろうな。
なんて会話を詩子に振るも、彼女は俺の右側の座席に座って、まだ予告編も流れはじめてないのに目を閉じていた。
「早いよ、まだ」
「終わったら教えて……」
「いや、ちょっとくらい見ようさ。せっかく来たんだし。1人じゃ見れないんだろ?」
「う……」
恐る恐る目を開ける詩子。
「やばいシーンが来そうだなって思ったら目を瞑る」
「まあ本当にやばくなったら一旦外出るのも……」
「それだけはだめだ!」
意地でもスプラッター映画を最後まで見るという意志と、怖すぎて耐えられないという意志が詩子の中で天秤にかけられ続けていた。
その秤に俺が乗ることによって辛うじて均衡を保っているらしい。
上映前の予告編なんて随分良くできているもので、アニメ映画の上映前には別のアニメ映画の予告が多く流れてくるように、ホラースプラッター映画の上映前にも同じような系統の予告編が流れてくる。
なるほど、この作品面白そうだな。チェックしよう。なんて思ってスクリーンを見つめていた俺だが、ふと隣に視線をやると、予告編で早くも瀕死の詩子がいた。
彼女の感受性の豊かさははっきり言って異常だった。
自分が悪霊に襲われているかのように、自分がシリアルキラーに追われているかのように、ビビり倒している。
この光景、しっかりと目に焼き付けておこう。
さて、上映がいよいよ始まる。
いつもの盗撮禁止の映像が流れ出し、場内が幾分暗くなると、小声で詩子が囁いた。
「手、掴んでていい……?」
スプラッター映画を見るときのドキドキとは違う鼓動の高まりを覚えていた。
はっきり言って最高の時間だった。
一方の詩子はなんとか画面を見ようとはしていたけれど、座席の上で丸まって、俺の右手や、右腕ごとをしっかりと握っていた。
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