第三幕 ぼっちの決死圏
友人。
と呼べる人間は片手で数えきれる程度しかいない俺にとって、おそらく英詩子のそれは紛れもなく杞憂だろう。
恐怖心と不安感と両肩に乗せ、志都美丘高校二年B組の窓際最後列にある自分の座席に着座するや否やそのひとつ前の席に座っていた、片手で数え切れる程度のうちの一人である岡田時介がこちらを振り返る。小学生のころからの腐れ縁で、高校生になってすぐに髪の毛を茶髪に染めたことからもわかる通り、目立ちたがり屋である。
時介は開口一番こう言った。
「お、今日の試合はヒット打てそうか?」
「野球選手じゃねーって、これさっきもやったわ」
先述のとおり、目の下でかなりの存在感を放つ俺のクマは時介も弄りたくて仕方なかったのだろう。
続いて同じく数少ない友人のひとりにしてこちらは生まれる前から親同士が仲良く、まさに幼馴染といえるであろう、森水月が俺の隣に着座した。
「おはよって、どうしたの新太郎。また夜更かしして映画見てたの?」
ここに来てようやくまともな心配をしてくれた水月。やっぱりまともな感性を持つ友人は大事にしないとな。
さて、彼女の呼ぶ「新太郎」とは無論、俺のことである。
市川新太郎、今年で十七歳になる高校二年生。帰宅部。彼女なし。趣味、映画鑑賞。特技、映画鑑賞。生き甲斐、映画鑑賞。以上、特筆事項無し。
いかにも就活で苦労しそうな自己紹介しかできなくて申し訳なくなってくるが、これが本当なのだから仕方ない。
周りの人間からも、「クラスメイトのひとり」や、せいぜい「時介や水月とは仲がいいやつ」程度の認識だろう。
そう、声を大にして言おう、陰キャラであると。
「新太郎本当に映画しか興味ないんだな、華の高校生活も折り返しだぜ? もっと遊ぼうぜ?」
「昔っから誘っても『見たい映画あるから』って言うこと多かったもんね」
「うるせーなー」
その通り。
そうしているうちに陰キャラに加えてまた別の称号が俺についていた。「ぼっち」と。
時介はこれでもサッカー部に所属していて、一応レギュラーを張る実力者。水月は美術部所属、美大への進学を考えている。かたや俺は帰宅部だ。いくら「時介や水月とは仲がいいやつ」でも、これでは放課後には紛れもなくぼっちになってしまう。
しかし、それでいい。
「ひとりの方が落ち着いて映画を見れるんだよ」
俺のぼっち弄りもそこそこに、始業のチャイムが近づくにつれ、水月は他の女子たちと、時介はまだ終わっていなかった数学の宿題をやるため俺から離れて行った。
二人と話しているうちに、昨日のアクシデントが夢なんじゃないか、という気持ちになんとなく傾いていたころ、ふと外のグラウンドを窓から見下ろしてしまった俺はその感情を一気に振り戻されてしまった。
始業チャイムギリギリに、後頭部を掻きながらゆっくりと校門をくぐり校舎へ歩みを進めるその姿。
「げっ……」
咄嗟に机に身を伏せる。
さすがにグラウンドから校舎三階のたった一角のこの窓から顔をのぞかせていた俺を向こうが認識できるとは思えないが、思わず身を隠した。
英詩子、登校。
——ヤンキーなのに真面目に登校はしてくるんだな
思い出す昨日の映画館でのアクシデント。スクリーンで号泣していた顔、そしてスタッフロールのあとのことを教えてくれた親切そうな顔、そして「殴る」と明言されたあのヤンキーの顔。背筋がひんやりとした。
始業のチャイムが鳴り響く。
俺の決死の一日が幕を開けた。
極力。
俺は出来る限り教室から出ないという戦法に出た。幸いにも今日は移動教室の予定もなく、お手洗いに用事ができることもなく、俺の尻は座面にぴったりとくっついていた。
しかし、大問題が発生する。
昼休みだ。
お弁当を広げるもの、コンビニで買ったおにぎりやサンドイッチを広げる者がいる中、俺は学食に行かねばならなかった。
穣が気を使って朝ごはんついでにお弁当を作ってくれていた時期もあったのだが、高校二年にもなって愛妹弁当なんて持って行くのは小恥ずかしいし、わざわざ貴重な朝の時間を弁当作りに割いてほしくないという遠慮から、俺はもっぱら学食かコンビニ飯で生きている。
が、今日は英詩子に気を取られ、コンビニに寄ることを失念していた。
時介は他のサッカー部の連中と昼休み早々に出て行き、水月は女子グループで楽しそうにお弁当を囲んでいる。
誰かをお使いに出すこともできない俺は登校以来初めて教室を出た。
——同じ二年といえども、広い校舎、そうそう出会わないだろう。
財布を右手に、俺は校舎一階にある学食へ向かう。
仮に出会ったとしても、わが校の全校生徒は少なくない。この昼休みの賑わいの有象無象に紛れれば、と思い、無事学食へとたどり着き、学食のおばちゃん特製爆弾おにぎりをひとつ買った。
いろいろ複数買ったり、学食でうどんを注文するより、さっさと会計を済まして教室に速やかに戻れる且つ、エネルギー補給は申し分なく出来るという観点からこの爆弾おにぎりを買った。ちなみに高校生活で初めて手にしたそれは思ってたよりもデカかった。
ところで、陰キャとは無意識に明るい気配を避けてしまう生き物である。哀しい。
学食を出た俺は、来た道を引き返して三階の教室へと向かおうとしたが、さっきまでいなかったはずの三年生と思われる陽キャ集団が階段で立ち止まって談笑していた。
周りの迷惑だろ、と口に出せない批判をしてから俺は遠回りせざるを得なくなった。
そして、何の神様のいたずらだろうか。
いや、悪ふざけだろうか。
「あっ……」
「お前昨日の……」
中庭の脇の花壇で、ひとり座ってサンドイッチを口に運ぼうとしていた英詩子に出会ってしまった。
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