第十四幕 水月との遭遇

 水月のその目を丸くした表情は一瞬、確かに驚きのそれであったが、すぐに何かに納得したような表情に切り替わっていた。


「新太郎、また映画見てたの? しかも今回は……」


 視線が俺の隣の英へ移る。


「英さんと一緒に」


「や、あの、これは、その」


 目が泳ぐとはこういうことか。英も気まずそうに後頭部を掻いて目線を水月から逸らしている。

 白いワンピースを着ている私服の水月は、上から下まで英を見た後にこう言った。


「英さんって結構お洒落なんだね」


「……は?」


 けんか腰に応える英。


「いや、なんかヤンキーの人ってだいたいだぼだぼなスウェットとか、厳つい柄シャツとかのイメージだったからさ、びっくりしちゃった」


「さすがに部屋着じゃねえんだから……」


「ごめんごめん、英さんも女の子だもんね!」


「んだよ、煽ってんのか?」


 ケタケタ笑う水月ににらみを利かせる英。あれ、なんか空気悪くね。

 それよりも、陰キャな幼馴染である俺と不良少女が共に歩いているというこの状況を思いの外すんなりと受け入れている水月に俺は違和感を覚えた。

 そして英から視線を俺に戻した水月は、そんな俺の心を見事に読み取ってこう続けた。


「あの時はまさかと思ってびっくりしたけど、これで合点がいったわ」


「……あの時?」

「……あの時だ?」


 俺と英の台詞がシンクロする。

 聞けばこうだ。


 中間試験の結果が奮わず召集された補講初日、颯爽と撤収した俺たちはレンタルショップ・デオに行ったわけだが、そう、その最寄り駅である青葉台は俺の、そして英の地元であると同時に、水月の地元でもあるのだ。

 あの日、もし誰かに俺とこの不良少女が共に歩いてるところを見られたら、という不安、そういえば水月も同じ地元だったけどさすがに、という油断が、この結果を招いたそうだった。

 たまたま、俺と英がデオに入る瞬間を、車道を挟んだ反対側の歩道で彼女は目撃していたという。


「新太郎がデオに行くのは別に珍しくもないと思ったけど、まさか女の子と一緒ってと思ってよーく見たらそれ、英さんだったんだもん。英さんも映画好きなの?」


「……まあ」


 こんなにやりにくそうな英は初めて見る。俺と同じように水月のコミュニケーション能力の高さに圧倒されているだけかもしれない。


「ふーん、へー、なるほどねえ」


 にやにやしながら俺たちへ距離を詰めてくる水月。絵にかいたような『冷やかし』のようだった。


「私は映画ほとんど見ないからなあ。スタジオギラリのアニメとか、好きな少女漫画の実写とかは見たことあるくらいだけど、新太郎の趣味にはついてけないからなあ。仲良くしてあげてよね、英さん!」


 お前は俺の親かよ。


 それだけ告げると水月はさっき出てきた店とは違うブランドの店へと逃げるように入っていった。

 もっと意外がられたり、むしろ英に対して最悪嫌悪感のようなそれさえあるかもしれないと思っていたけれど、この前の時介もそうだったが、なぜこうも皆理解が速いのだろう。


「あいつ、美術部の森だっけ、友達なの?」


「友達というか、クラスメイトというか、幼馴染みたいな。親同士が昔から仲良くて」


「……なんだ、それだけか」


「え?」


「なんでもねえよ。市川、友達いるんじゃねーか、くそかよ」


 軽く肩を叩かれた。理不尽。

 しばらくその場に立ち尽くしていた俺たちだったが、ポッケからスマホを取り出した英は何かを確認して俺にこう持ち掛けてきた。


「軽く何か腹に入れるか飲むかしよう、どっか店に入って」


 終始、英のペースに頼っている自分が少し情けなくなったのは心の中に。



◇◇◇


 てっきり映画の感想でも語り合うと思っていた俺だったけれども、や、本来は英もそのつもりだったのだろうけど、ショッピングビル地下一階にあるカフェに入ってほぼ満席の店内からなんとか一番奥の空席を見つけ出し、そこで俺は俺自身と水月、そしてついでに時介について語ることになった。


 両親共働き、母は製薬、父は楽器の販売営業の仕事をしていて、毎日帰りが遅い。中学三年の妹がいて、俺と間違って出来がいい。

 水月とは物心つく前からの仲、時介とは腐れ縁でこいつが俺を映画好きにしたある意味で張本人。だが二人とも映画についてはあまり明るくなく、俺はぼっち映画の日々がほとんどだった。


 家族や友達や、それに近い話を英にするのは少し気が引けるが、彼女は手元のアイスコーヒーをちまちま飲みながら案外素直に相槌をうってくれていて、それならばとだんだん俺も話すのが楽しくなってきて、こんなにも込み入った自己紹介をまさか今日この日、不良少女相手にすることになるとは思いもしなかった。


「……という事があった、ってわけ」


「市川って思いの外饒舌なんだな」


「こんだけ聞いて最初に出る感想がそれかよ」


「いやいや、もっと薄っぺらい人生かと思ってたから」


「それめっちゃバカにしてない?」


「バカにしてた。過去形だよ」


 ふふっと笑う英の表情や仕草は、学校で見る不良少女のそれとはだいぶ違って見えた。


「あとてっきりあの美術部と付き合ってるのかと思ったわ」


「水月と? ないない、幼馴染なだけだよ」


「そっか」


 自分から話をふってきた割に、興味無さそうにストローを吸う英。

 そこで俺は彼女のコーヒーの残量に比べて自分がまったく紅茶飲んでないことに気付いた。どれだけ話込んでいたんだ俺は。


「ところで英は、生徒会長の高島と学校が同じだったんじゃないの?」


「ああ、一応な」


「今はもう遊んだりはしないのか?」


「あんな真面目なやつが不良とつるんでるってなったら迷惑だろ」


「そうなのかなあ」


「英もほら、普通に過ごしてればそこまで不良だなんだって気にしなくてもいいと思うのに……」


 そこまで言いかけて、俺は彼女がストローを噛み締めているのに気付いた。


「あ、ごめん、英にもあれだ、色々あるもんな、その」


「いや、大丈夫」


 ストローから口を離して英は語りだした。


「私の方が、薄っぺらいよ」

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