第四十幕 生徒会長の好きなコト

 ただ教室でじっと待とうとも思ったけれど、どうもやはり帰宅部のエースと揶揄される俺が教室にいつまでも滞在するということは不審だったようで、時介と水月以外からも「あれ、市川帰らないの?」「帰宅部今日は休みなの?」なんて茶々を入れられ、あげく担任からも「珍しい。今日は補習ないぞ」なんてからかわれる始末。


 俺がみんなから一体どういう目で見られていたかがよくわかる。


 自分からあまり誰かと関わろうとしなかった俺だ。そそくさと帰って、時に映画館へ行って、そんな学校生活を送っていた俺が急にいつもと違う行動、それがしかも特定の誰かを待っているような、普段の俺からすれば異常な行動をとっているのだ。


「ところで、市川、暇そうだな。ちょっと頼まれてくれないか?」


 と、担任が都合よく利用してきたけれど、あいにくいつ詩子から連絡が来るか分からないのに、やすやすと引き受けるわけにはいかなかった。


 しばらく詩子からの連絡を待ってみたが、さすがに意味もなく教室に居続けるのは苦痛だった。

 しかも、さっき担任からの頼まれごとを「すみません、一応用事が」なんて言って断った手前、これ以上の滞在は許されないだろう。




 ふらりと教室を出て、あてもなく校舎を彷徨った結果、たどり着いたのは中庭のいつもの花壇。座り込んでサンドイッチを頬張っている詩子の姿が思い浮かぶ。

 初めてここでサンドイッチを食べている彼女を見たとき、まさかこんな関係になるとは想像もしなかったな。


 いつも詩子が腰かけている場所を空けて、その隣になんとなく座ってみた。


 見上げていくと、校舎の窓から廊下を歩く名前も学年もわからない生徒が見える。

 さらに首を上に向けて空を眺めてみた。

 ふたつの校舎に挟まれた空。まあ中庭から見上げているから当然なのだけれど、とても狭かった。

 なんとなく、いつも詩子がこの場所でお昼休みを過ごしていた気持ちがわかるような気がした。


 ここだけ、学校内のほかのどの場所からも切り取られているような気がした。


 校舎内を行き交うその生徒や先生も、違う世界の生物のように見える。



 しばらくして、ポケットに入れたスマホの通知でハッとした。

 なんとなく、うとうとと眠気が現れてきたちょうどその時、詩子からメッセージが届いた。

 高島との話が終わって既に校門で待っているとのことだった。


 もう少しこの場所でじっとしておきたい気もしたけれど、俺は鞄を持ち直して駆け足で中庭を去った。



「ごめん、お待たせ」


 駆け足のまま校門に着いた俺へ、申し訳なさそうに言う詩子。


「いや、大丈夫。それよりちゃんと高島と映画の約束してきたのか?」


「土曜の昼からってことになった。そのあとご飯も食べに行こかって」


「いいじゃん」


 嬉しそうにスマホをいじりながら答える詩子。スケジュールアプリか何かにメモしているのだろうか。なんとも微笑ましい。


「久々に二人で遊びに行く先がミニシアターで、しかもサメ映画ってなんか面白いな」


「悪い?」


「映画館ってとこが詩子らしくていいんじゃない? サメは高島の趣味かもだけど」


「チープなグロが好きなんだってよ」


「奇妙な生徒会長だな」


 詩子も当初想像していた性格とはだいぶ違っていたけれど、高島も高島でこれまた予想外な性格だった。


 しばらく話したのち、俺たちは校門を出て駅へ向かって横並びで歩き始めた。

 何人か同じ制服を着た生徒に見られてはいるが、変な噂をしているような素振りはなく、安心していた。


 さて、誰かが映画を見に行くという話を聞くと、なんだか自分も映画館に行きたくなってしまうこの衝動。

 よし、土曜日俺も映画館に行こう。ミニシアターは二人の邪魔になるだろうから、いつものシネコンへ行って、夏に見損ねたものを数本でも。

 この時期、公開作品が一気に減り、大作も少なく、従って動員も少ない映画館は俺にとって理想郷だ。

 ホワイエでもゆっくりチラシや、流れる予告編に耳を傾けて過ごせるし、コンセッションもグッズ売り場も並ばない。その動員の少なさゆえ、暇そうに気の抜けた大学生のアルバイトのスタッフを不意に見かけるのもまた一興。

 なにより人の少なさが、いつにもまして非日常感を加速させているのだ。

 映画館好きの俺が一番すきな映画館がそこにある。


 なんてことを考えていると、詩子が話を切り出した。


「新太郎、今日、ひま?」


 俺が暇なのは分かっているが一応聞いてみました、と言わんばかりの口調と表情であった。


「答えるまでもないな」


「だと思った」


「どこ行く?」


 少し黙る詩子。その沈黙は行き先を考えている訳ではなさそうだった。むしろ行き先は決まっているが、それをどう切り出そうか悩んでいる様子だった。

 一瞬よぎった変な妄想を振り払う。


「その、ミニシアターなんだけど」


「土曜に行くんじゃないのか?」


「いや、その、ひとりでしか行ったことないから……。誰かといった時の空気感というか、予行練習を」


 忘れていたが、詩子も俺と同じ『ぼっち映画勢』なのだ。

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