第三十九幕 新太郎、部活辞めるってよ?
何度も味わったことのあるはずなのに、どこか違う雰囲気を感じるこの長期休み明けの教室。
窓際最後列、俺の席の周りには既に時介と水月がいた。
「おはよう、新太郎」
「おーっす、新太郎」
いつもと変わらない挨拶に、いつもと変わらない返事をする。
「おはよ」
自分のいつもと変わらない口調がどんな感じだったか一瞬分からなくなるけれど、特に二人とも違和感を覚えた様子もなく聞き流してくれているので、おそらく正解だったのだろう。
時介は俺に背を向け、さっきまで向かい合っていた別のクラスメイトとの会話に戻った。
俺は鞄から筆記具やいくらかプリントを取り出して机の中に入れようとしたが、隣からの妙な視線にハッとした。
「水月?」
いつもなら他の女子生徒と女子トークを繰り広げているはずの水月がじっと俺の顔を見ていた。
「顔に何かついてる?」
思わず自分の頬を確かめるようにベタベタ触る。
歳の割にニキビのひとつもない、我ながら綺麗な肌だと思う。
「いや、別に何もついてないけど……」
物言いたげな様子。らしくない、歯切れの悪い返答が引っかかる。
「あ、もしかして宿題写させてほしいとか?」
「ばか。新太郎と違って私はそういうのは計画的に済ませてるの」
「そうだな。毎年そうだったもんな」
「毎年……。そうよ、幼馴染なんだからそれくらい分かってるでしょ」
「ジョークだよ。ムキになるなって」
幼馴染だからそれくらい分かっていたけれど、同様に、幼馴染だから何か言いたいことがあるのも分かっていた。
「で、どうした?」
言いたいことがあるというそれを見透かされてしまったせいだろうか、水月はハッとした表情を一瞬浮かべて、少し考えるような顔になった後、改めて俺の顔に向き直った。
「新太郎、今日の始業式のあと、私部活無いんだけどさ」
「そうなんだ」
「どっか行かない? 映画でもいいよ?」
悩むより先に、詩子の顔が過ぎった。
俺は男女間の友情は成立すると思っているし、ましてや水月は幼馴染だ。やましい気持ちなど起こらないだろう。
しかし今朝、彼女ができたばかりの俺が「ごめん、彼女いるから」なんてサラッと言えたものでもないけれど、脳死で「いいよ」とも答えれなかった。
「すまん、予定があって」
言わずもがな、本当は特にない。
「一人映画?」
「あー、いや、そうではないんだけど……」
「そっか……」
寂しそうな水月を見ていると申し訳なくなる。
この夏、この俺が意外にも海に行くという行動に出て、水月はこれを機に幼馴染として色々昔みたいに遊びたいと思っているのだろう。だからこそ俺を誘ったに違いない。
とは思ったものの、断られた水月のその様子は、どうもそれだけではない気がしてならない。これもまた幼馴染だから分かってしまうのだ。
誰かを知るということは人間関係においてとても大事なことだけれど、同時に知りすぎてしまうとこうもモヤモヤするのかと、改めてその難しさを痛感する。
水月はまたしばらく何かを考えるような表情を浮かべたのち、諦めたようにこう言った。
「また空いてる日、どっか行こうよ」
「ああ、良いよ」
俺の返答を受けてすぐに水月は席を立ち、いつもの女子トークをしているメンバーのところへと向かった。
お互いなにか引っかかっているものはまだあるのだろうけど、今日のところはひとまずこれで良しとしよう。
「なにか」なんてぼかして言ったけれど、ひょっとすると俺は、まさかそんなわけないと自分自身を誤魔化しているだけかもしれなかった。
こと詩子に関して、色々考えに考えた夏のせいで、俺の頭の中はめっきり春になってしまって、そのせいで変な考えが余所にまで及んでいるに違いない。
そう言い聞かしながら、俺は二学期を迎えた。
さて、体育館での始業式を終え、教室に戻りあとはクラス内で終礼を終えれば下校といったところで、スマホにひとつ通知が来ていた。
詩子からだ。
『キャリーと少し話してから帰るんだけど、待っててくれる?』
文面だけでドキッとする。それを誤魔化すように俺はスタンプひとつで了承の返事をした。
まもなく『ありがとう』のスタンプひとつが返ってくる。
さしずめ高島と映画を見に行く予定について二人で話しているのだろう。
そのくらい電波に乗せればなんとでも、と思わなくもないが、せっかく昔の二人に戻れたのだから、俺がとやかく言うべきところではない。
いくらでも待ってるから、いくらでも話し込んででもらって構わない。
終礼が終わってもしばらく席を立たなかった俺を見て水月と時介が不思議そうに尋ねてくる。
「あれ、新太郎は帰らないの?」
「新太郎今日予定あるってさっき言ってなかった?」
「あ、うん。予定あるからまだ帰らないかな」
「帰宅部のエースだと思ってた新太郎が……。ついに帰宅部退部か?」
「だれが帰宅部のエースだ」
「ま、いいや。俺はこのままサッカー部の部室いかなきゃだから、お先」
「また明日~」
時介が去っていく。
「じゃ、私はさっさと帰ろうかな。せっかく部活も休みだし」
「おう、また明日な」
「……うん。じゃ、またね」
水月が教室を出ようと席を立つ。
すると直後、いつもの女子トークのメンバーが水月に背後から抱きつき、「水月! カラオケ行こカラオケ!」なんて具合に絡みに行った。
眼福。
というのはさておき、水月のどこか寂しそうだった表情は一気に晴れたので、よかったよかった、と後方腕組幼馴染としてその背中を見送った。
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