第2話 おっかねえ 1
傾斜した茶色く枯れた草地は、上の方は道路に面していて比較的平たいのですが、下の方は徐々に草の背が高くなっていき、その先は崖になっているらしくて見えません。
途中に低く黒と黄色のまだらなロープがあって、そこから下へ行ってはいけない雰囲気はあります。でも、ロープはかつては地面から三十センチぐらいのところに張られていたのかもしれませんが、かなり以前から踏みにじられて草の中にだらしなく埋まってしまっています。
ぼくは冬休み、凧揚げをしたいので、よくその草地に行きました。怖いので上の方で遊んでいました。上級生たちは木箱などを使って橇のようにして、下まですべっていき、ロープあたりのところで止るか、横倒しになるかして「危ねえ!」と歓声を上げていました。いつか誰か崖まで落ちるのかな、と思っていましたが、見ているとそういうことは起きなくて、いつも噂で聞くだけでした。
その年の元旦は、前日は雪が降ったのに快晴になって、草のあちこちに凍った雪の名残が点々としていて、早朝に集まったぼくのほか五組ほどの近所の人たちがシルエットになっていました。
「おお」
誰かが声をあげ、ガシャガシャと三脚にのせた大きなカメラのシャッターを切る音がしました。
いずれ、その向こうを新幹線が通ると言われていて、工事現場は赤茶けた砂漠のような禿げ山になっていましたが、危険なのでぼくたちは近づくこともできませんでした。
「時速二百キロで走るんだ」
「ぜったい、見に行く」
「目にも止まらないんだ、見えないかも」
「騒音がひどいらしいよ」
「騒音どころじゃない。最高時速のときは、あたりのものが吹っ飛ぶぐらいだって」
雑誌の巻頭でよく未来の鉄道がオールカラーの絵で特集されていました。ぼくたちはお絵かきの時間によく新幹線を描いて、「試乗会に当たりますように」と願っていました。沿線近隣の人たちは、抽選で試乗に招待されるという噂があったのです。
「速すぎてションベン漏らすらしいぜ」
「窓の外を見ても、なんにも見えないって」
「乗ると病気になるらしいよ」
どうせ乗れないのだ、といい加減な噂を流す人もいましたので、当たればいいと思いつつ怖くもありました。当たればうれしいけど、乗るのは怖い……。おしっこを漏らすのは、あまりにも怖いですから。
その禿げ山の向こうから今年最初の太陽が昇ってきます。最初の光が鋭く天の上の方を照らし、周囲の空が青々としてくると、次はぼくたちを照らします。黒い影でしかなった人たちは、いま命を授けられたかのように笑みを浮かべて初日を見ています。
比較的暖かい朝でしたが、太陽が見えたときにビューッと冷たい風が吹いてきて、誰からともなく「ふおー」というような声が出ました。風は一瞬でした。挨拶のように。
この年の太陽は、まるで夕日のような毒々しい赤で、期待していた黄金色ではありませんでした。
血だ。
ぼくは瞬時にそう思いました。去年はみんなで来たのに、今年は誰も起きなくてひとりで来てしまったのです。家にいる父や母や兄や妹のことをちょっと心配になりました。振り向くと、ほかの家族たちの笑顔は赤く染まっていました。
探偵になれますように。
赤い太陽にそうお願いをしたのでした。
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