第49話 おおあわて 7

 ぼくたちは耕一のクルマに乗り込みました。後部座席にグレ太、ガル坊、その間にぼく。耕一の隣りがよかったのに、そこには魚屋が乗っています。

「ちゃんと食べてるの?」「耕一は面倒見てくれている?」「船なんかで眠れるの?」とグレ太たちに矢継ぎ早にいろいろ聞かれて、生返事をしていると、エンジンがウワンウワンとうなりを上げて、耕一が魚屋とどんな話をしているのかまったく聞えません。

 店の屋根が見えてきたところで、耕一はクルマを停めました。

「なにかあったらいけないから」

 耕一、グレ太、ガル坊が降りて慎重に店への道を進んでいきます。ぼくはうしろの席に残されて、魚屋がハンドルを握っています。エンジンはかかったまま。

 ゆっくりとした時間が過ぎていきます。

 なんの音も聞えません。

「あのさ」と魚屋が退屈したのか、ぼくに声をかけたとき「あっ」と店の方から走ってくる三人に気付きました。

「ちぇっ、なんかまずいことがあったみたいだ」

 魚屋はサイドブレーキを外して、クルマを彼らに近づけていきます。

「逃げるんだ!」

 耕一の声。

 慌てて乗り込んでくるグレ太たち。そして助手席に飛び乗る耕一。

 ですが誰かが追って来るわけではないのです。

「どうしたんだよ」とのんびりとした魚屋。

「いいから行け。話はあとだ」

「ハバハバ!」

 グレ太が怒鳴ります。

 バタバタと車のドアが開閉する音、そしてエンジン音が複数、店の方から聞えてきます。

「どこへ? 船?」

「だめだ。中華街に行こう。クルマを預けられるところがある」

「飛ばしていいの?」

「いいさ」

 ガリッとギアを入れて、クルマは突然狂暴になり、飛び出しました。ぼくたちはシートに押しつけられました。

 同じクルマとは思えません。ぼくの住んでいた家などを見てまわったときは、ほかのクルマに抜かれるぐらいのんびりしていたのに。

「おお、怖い」

「カミカゼだわ」

 後ろを見ると、大型のセダンが店の方から飛び出してきました。車体を大きく傾けながらこちらに方向を変えて突っ走ってきます。

 魚屋は耕一とはまったく違う運転をし、トラックもバスも抜き去って、信号が変わるギリギリを突破。交通整理をしている警官が激しく笛を鳴らしています。

 後ろから目が離せません。

「まだ二台、来てるよ!」

 魚屋は返事の代わりにいきなり左へハンドルを切り、さらにもう一度、左へ曲がりました。

「どうだ」

「もう、ついて来ない」

 しばらく眺めても、追ってくる自動車はありませんでした。

 それでも魚屋はスピードを緩めません。口を開けたら舌を噛みそうなので、誰も言葉を発しません。

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