第13話 かしこそう 2
三人で港に近い、背の高い並木が続く上品な繁華街へ出ました。その中程にある明治時代からあるビルの二階にあるレストランに行きました。ぼくは、八千江が美枝子をしかりつけたように、突然、ぼくに向って手を上げるんじゃないかとヒヤヒヤしていました。
ですが、ずっと上品で機嫌もいいようです。
「弟の俊はね、お宅の美枝子さんと同級生なんですよ」と兄が余計なことを言い出したのは、ぼくのスパゲティーミートボールだけが来て、二人の頼んだよくわからない料理がまだ来ていないときでした。
日曜日のレストランはとても混雑していて、狭い席にギューギューで、タバコの煙が漂い、ガチャガチャと食器の鳴る音が止むこともなく、入り口付近ではお金を払って出て行く人たちと、席が空くのを待っている人たちでいっぱいでした。
ぼくはすでに子供用のイスは使わないのですが、向こうのテーブルで子供用のイスでのんびり食べているヤツがいて、少しうらやましい気もしたものです。でかいくせして、まだ子供用のイスかよ、と思いつつ。
するとみごとにスパゲティが一本、フォークから滑り落ちて真っ白なテーブルクロスに貼り付きました。ケチャップが飛び散り、血のような飛沫。
兄も彼女もまったく気付いていません。
「美枝子はこの頃、ぜんぜん言うことを聞かないんです。マセてきたというのかしら。うちも男の子が欲しかったわ。克彦さんみたいな賢くて頼もしい人になってくれたら……」と恐ろしいことを笑いながら言うのです。
「大丈夫ですよ。八千江さんの娘さんだもの。賢いに決まっています」
「だから心配なんじゃないですか」とまた笑う。
鬼は恐ろしい言葉を吐きながら笑うのです。ぼくはこの人の正体を知っています。鬼のような顔になって美枝子を叩くのです。
兄と彼女がなにを食べたのか忘れましたが、おそらくステーキみたいな肉料理だったのでしょう。フォークとナイフを白く長い指が巧みに使って肉の断片を口に運びます。その手で、美枝子のお尻を引っぱたいていたのです。
ごめんなさい、ごめんなさいという美枝子の泣き声が聞こえてきそうです。
八千江はいつか美枝子を食べてしまうかもしれません。そんな予告編は嫌です。
帰りの電車では、ぼくと兄だけになっていました。八千江がどこへ行ったのかは知りません。
「ねえ、どうしてあの人と仲がいいの?」
「別に仲がいいわけじゃないよ。これはお礼なんだよ。ぼくは相談に乗ってあげて、彼女の役に立ったらしいんだ。お金をくれるって言うから、そんなものは貰えない。そうしたら映画と食事ってことになったんだ。ただそれだけ」
ただそれだけ、なんてわけがない。
ぼくは美枝子に言えない重たい秘密を背負わされた気がしました。
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