第14話 かしこそう 3
学校で美枝子と会って、ごく普通の会話(勉強のことや妹のこと、絵画教室のことなど)をしていても、兄と八千江のことはしゃべりませんでした。話題にする勇気がありませんでした。
美枝子から切り出してくれればいいのに、と思いましたが、彼女は知らないのか、この話題には触れません。
一月も終わろうとしていました。映画のことがまだ生々しい記憶だった頃、この町にまた重大な事件が発生しました。
例の丘。急激に草原が下っていて、その下が崖になっているところ。新幹線の工事をしている場所から見たら、その崖に細いハシゴがついていました。
そこから人が転落して死亡したのです。
そのせいで丘は立ち入り禁止になってしまったと、よくそこで遊んでいた連中が言っていました。
いろいろあったので、あの日、美枝子とそのハシゴを見つけたのに、ぼくは確かめに行く機会がないままでした。もしぼくがそこに行って登っていたら、死んでいたのはぼくだったかもしれません。
どうしてもこの目で見たい衝動を抑えることができず、ぼくは崖の下へ行ってみました。残念ながら近づけないのですが、そもそも崖下はバラ線の張り巡らされた囲いがあって、道路から見るしかありませんでした。
確かに小さな空き地になっていて、かつてそこに家があって全焼した話を思い出します。日が当たっているのに、妙に陰気です。
これなら、もしぼくがここに来たとしても、ハシゴに登ることはなかったでしょう。怖すぎます。
ハシゴはほぼ垂直で、錆びていて、上の方は壊れていました。そもそも危険な状態だったところに、亡くなった人が登ったためその体重で壊れたらしいのです。バランスを失ってその人は落下。地面に激突して亡くなりました。地面といっても、泥の部分と分厚いコンクリートの塊が並んだ部分があって、どうやら不運にもコンクリートの上に落ちたようでした。そのあたりはシートで覆われていて、よく見えません。
「俊」
後ろから声をかけられ、ぼくは飛び上がりました。
兄が笑っています。
「見に来たのか?」
走って逃げたくなりましたが、兄を倒さなければ逃げ道はないのです。兄を倒すことは不可能です。かけっこでは負けませんが、捕まったら力で負けます。
「身元がわかったんだよ」
兄がボソッと言います。
「八千江さんの旦那さんだった」
「ええっ!」
美枝子のお父さん……。行方不明になっていた男。
そういえば、繁雄だって誘拐されて死体で発見されたのです。
美枝子のお父さんも、誰かに殺されたのでは? 逃げようとして、危険なハシゴに登ったのでは? だとすれば、いまぼくたちがいるここに、その時、誰がいたのでしょう。その人が彼をハシゴに向わせたのです。
以前、うちの向いに住んでいた美枝子の父。その裏側に住んでいた繁雄。一直線にうちに向ってなにかが進んで来ているような気がしました。
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