第40話 ひもづける 4

「いまおれたちは水面の下にいる。だけど表だ。この壁の向こうは裏。ここに穴が開いたらどうなると思う?」

「沈みます」

「水が流れて込んでくる。溺れる前に逃げれば無事だ。だけど溺れたら?」

「死にます」

「裏ってのはそういう場所だ。裏で生きていく方法を知らずに行くと殺される」

 なんとなくわかります。

「裏ではなにが起きているのか、知っていないと、この町では表の生活ができない」

 大事なルールを話しているのだと感じました。耕一の口元に集中しました。

「裏では、お金の流れだけではない。さまざまな欲がある。人間の欲だ。彼女が欲しいとか、贅沢な暮らしがしたいとか、人の上に立ちたいとか、そういう欲だ」

 美枝子……。ふいに彼女のつるんとした冷たい肩とかわき腹とか太ももが恋しくなりました。彼女と冬眠ごっこはもうできないのでしょうか。

「そこに思想が加わる。ここが大事なところだ。欲、思想、宗教、お金。この関係がこの町を造っている。たとえば表向き日本人は、全員同じように見える。俊ちゃんも相手が日本人だと安心するだろう。S線に乗っていたら米兵とかよく一緒になったんじゃないか? でっかい体で知らない言葉を話している彼らを見たら、不安にならないか?」

「なります。怖いときもあります」

「ところが、同じ日本人も裏に回ると、別の顔があるんだ。思想で言えば、いまの政府を支持している人たちがいる。いまの政府に反対している人たちもいる。政府に反対している人の中には、共産主義の人もいる。別の理由で反対している人もいる。反米主義とか平和主義とか。自分が信じている宗教に基づいて考えたり行動する人たちもいる……」

 頭の中で耕一の言葉が一本の糸のように、ぼくの中にある本棚の中を通って関連する言葉をつないでいきます。

「原潜反対ってわかるよね。いまやってるやつだ。アメリカ軍の原子力潜水艦を日本の港に寄港させたくない、という人たちがいる。その中には、共産主義もいれば反米主義もいる。宗教的な反戦活動もある。共産主義は、俊ちゃんが読んだマルクスの考えに共感して新しい国を作ろうとしている。だけど反米主義の人たちはそうではなく、日本を戦前の姿に戻そうとしている。天皇陛下を頂点とした日本帝国の姿こそ日本人が安心して暮らせると信じている。しかもそこに人種がからむ。日本にいる朝鮮人で右翼、つまり戦前に戻そうとしている連中もいれば、日本に住むアメリカ人でキリスト教の信者として反米や反戦を訴えいる人たちもいる。表と裏、その組み合わせで世の中は動いている」

 いろいろなことがつながり、ぼくはワクワクしていました。「共産主義を日本で広めようとしている人たちが、目標としている国がある。どこだと思う?」

「ソビエト社会主義共和国連邦、中華人民共和国、キューバ共和国、朝鮮人民共和国」とぼくが答えると、耕一はうれしそうにビールを飲みます。


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