第39話 ひもづける 3

 耕一は呆れているようで、おもしろがっているのです。

「なにを食べていたんだ」

「ハンバーグ。ミートボール。グラタン。オニオンスープ、オムレツ、オムライス、カツレツ……」

 一つ思い出すと、つぎつぎと溢れるように料理が出てきます。よく行くレストランのメニューはだいたい覚えていたので。ぼくたちにとって、誰かに自慢できる食事はそれしかないのです。

「ビーフカレー、ピラフ、グリーンサラダ、ポテトサラダ……」

「もういい。洋食か。なるほどな」

 彼はなんだか納得しています。

「ほかにもあります。親子丼、天ぷらそば、野菜炒め、玉子焼き、目玉焼き……」

 涙が出てきて止まりません。玉子焼きと目玉焼きについては、母がときどき作ってくれたからです。

「いいよいいよ、わかったよ。おいしいものをいっぱい食べていたんだな」

 父母との外食。あれが、すべてもう手に入らない世界なのでしょうか。戻れない世界なのでしょうか。

 涙を手で拭いながら肉まんを口に入れ、ジュースを飲みました。

「いいか。これから大事なことを教える。まずはそれを理解しろ。俊ちゃんがここの本を読んだというから、信用して大人の話をすることにした。本当の話だ」

 耕一はビールでコップをいっぱいにし、溢れた白い泡に口から寄せていき、半分ぐらいいっきに飲みました。プハーッと息を吐く姿は父を思い出させます。

「この町はね、とても複雑だ。表向きの話をする。日本人がいて、中華街に中国人、朝鮮人街に朝鮮人、米軍住宅や基地、通信隊とか軍用倉庫とかにアメリカ人、そのほかこの港は古くから外国人居留地があったので、ドイツ人、ロシア人、フランス人、インド人ほかたくさんの国の人が住んでいる」

 確かに外国人用の施設もたくさんあります。教会、墓地、さらにレストランも。

「次に裏の話をしよう。裏というのは、たとえばおれが働いて稼いだカネで中華まんを買う。これは表のカネだ。だが、この近くにある酒場に行ったり、大人の社交場へ行ったり、そこで賭け事をしたりする。そこで使ったカネのほとんどは、裏へ消えていく」

 この先の船に乗り込んでいった陽気な女性たちのことを思い出します。

 彼女たちはどちら側なのでしょう。表? それとも裏側にいるのでしょうか。

 表と裏を同じおカネが流れているのです。資本にも表と裏があることになります。

「この運河と同じだ。水面に浮かんでるこの船やゴミは表。だけど沈んでしまったゴミは裏。見えない。この船の底も見えない」

「水が溜まるって言ってましたけど、大丈夫なんですか。まだ水はないようですけど」とぼくは床を足で確かめます。

「そう。いいところに気付いたな。船底はこの床の下なんだ。そこには滅多に行かないが、船底がなければ船は沈む。そこに水が溜まればポンプで汲み出す。この床の下が裏の世界だ」

 そして壁にある温度計のようなガラスの管を指差します。

「これが、ビルジ計だ。いまはあまり溜っていないけど、このあたりを超えたらポンプで汲み出さないといけない」

「はい」

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