第38話 ひもづける 2
クリスティー、ルブラン、アリグザンダー、ノックス、フェア、ガードナー、マッギヴァーンなどなど。ガードナーは数点ありました。
もう一つの箱には、『三国志』『我が闘争』『哲学入門』『元師山本五十六』『共産主義批判の常識』『哲学ノート』『細雪』『きけわだつみの声』『裸者と死者』などさまざまな本がすべてかなり読まれた痕跡のある状態で詰まっていました。
「ぜんぶ、読んだのか」
「はい」
「理解できたの?」
今度はぼくが考える番。こんな質問をされたことがありませんでした。どう答えればいいのでしょう。
「読んでいくとわからない言葉もいっぱいあるし、読めない漢字もいっぱいあるので辞書を引きますが、それでも、言葉と言葉の関連というか結びつきはよくわからないままです。だから、理解はできていないんです。読んで、それがそこの本箱のように頭に入っているだけです」
「うーん」と耕一はうなり「天才なのかもしれないな」と呟きました。
天才。それは兄が求めていたもの。ぼくは天才ではないのです。ただ本を読む人です。
「まあ、食べて。熱いうちに」
「はい」
はじめて食べる中華まんじゅう。とても大きくてずっしり重く、ふわふわの真っ白なまんじゅう。木の薄い皮のようなものが底に貼り付いています。それを剥がしながら、耕一を真似てガブッといくと、確かに熱いのです。中にぎっしりと肉の餡が入っています。
「どうだ」
「ほふほふほふ……おいしい」
熱さが味になるまで少し時間がかかります。じゅわっと香り高い餡が口の中に解けていき、噛みしめると自分がこれを気に入っていることがわかります。これまで食べた物の中で一番おいしいもの。
「はじめてか?」
うなずきながら、言葉も出ず、食べ続けていました。
「すぐそこに中華街があるんだけど、行ったことないの?」
「ありません。Y市のこのあたりは、行っちゃいけない場所ですから」
「ああ、そうか。中華とか食べないの? ラーメンとか?」
「チキンラーメンはよく食べます。でもこういうのはありません」
家ではあまり楽しい食事はありませんでした。父も母も不規則に居たり居なかったり。母は滅多に家事をしないし。兄は几帳面でぼくたちを使って掃除をしたり、米とぎをして炊飯器で炊いたり、味噌汁を作ったり鍋をしたりもしました。でも、たいがいは父か母が買って来るコロッケやトンカツ、お寿司などがご馳走で、たまに全員がいるときは近所の店の出前でカツ丼とか蕎麦とかラーメンとかを頼んだり、外食をしていました。
兄はチキンラーメンが好きで、よく兄妹と三人だけのときは食べていました。丼に袋から茶色く固い麺を出して、ヤカンからお湯を注ぎ、鍋の蓋をしてしばらく待つ。みんなそれぞれ蓋が違うのですが、いつの間にか自分のお気に入りがあって、いつも同じ鍋の蓋を使っています。そしてなんとなくニヤニヤしながらみんなで時間がくるのを待ちます。兄が「できた」と判断し、鍋の蓋を取ったときに、ふわっとなんとも言えない香りが顔を包み、やがて食卓全体を包んでいくのです。
ぼくはいつも、一番最後に蓋を取って少し伸びた感じが好きで、妹はいつも待ちきれなくて早く、兄は時間ぴったりに蓋を取るのが好きでした。
「おまえなあ、Y市にいて本物の中華ぐらい食べないと」
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