第41話 ひもづける 5
「同じ共産圏でも思想は少しずつ違う。そのせいで必ずしもみんなが仲良くしているわけではない。いま、ソ連、中共とアメリカは対立している。アメリカはどういう国?」
「資本主義です」
「資本主義の国はほかに?」
「日本、中華民国、フィリピン共和国、イギリス連邦、フランス共和国、西ドイツ……」「そうだね。朝鮮半島で戦争があったことは知っているよね? いま休戦状態でいつまた戦争になるかはわからない」
「はい」
「そこに宗教も関わってくる。ベトナムではいま、カトリック教徒と仏教との間で大きな紛争が起きている。キューバではアメリカとソ連が第三次世界大戦を起こしかねない状態が続いている。アメリカのすぐ近くのキューバは、ソ連の支援を受けてミサイル基地を作っていた。それを脅威としたアメリカは、海上封鎖をしてミサイルの搬入を阻止する。ついこの間、核戦争になってしまうかもしれないほどの危機が起きていたんだ」
ニュースで見聞きしたことがつながっていきます。
「この町は、さっき言ったように、さまざまな国の人たち、さまざまな思想の人たちが住んでいる。だから裏側ではそれがものすごく複雑につながっている」
「つながっている……」
「そう。つながっている。たとえば昔の日本を取り戻したい反米の人たちに、そのほうが自分たちにとって有利になると考える暴力団が手を貸す。暴力団はほかの国の人たちによって自分たちの裏のお金を奪われるのは嫌だからね。中国の人は、中共つまり中華人民共和国か台湾、つまり中華民国かで真っ二つだ。朝鮮人もそうだ。北朝鮮か韓国か。同じような顔をしているからといって、裏ではまったく違う顔になる。だから、この町で生きて行くなら、二つの方法しかない。一つは裏のことは一切関わらずに表だけで生きる。まあ、それは難しいけどね。もう一つは裏のことをよく知った上で賢く生きる」
耕一は、きっと後者なのです。
「俊ちゃんはこれまで表だけで生きてきた。だけど、いまはこうして、裏に踏み込んでしまった。生きて行くためには裏のことを知らないといけない」
ぼくはいま、裏にいる。
「鬼……」
「ああ、鬼だ。誰が俊ちゃんにとっての鬼なのか、見分けていかないとならない。見た目ではわからないんだ」
とんでもなく怖く、不安で、いたたまれない気持ちになりました。
「脅しているわけじゃないよ。だけど、俊ちゃんはここにある本を読んでしまった。いろいろな言葉が頭にある。たとえば搾取。わかるよね、搾取」
「資本家が労働者から搾取すること」
「そう。それを不用意に使うと、資本主義を支持している人からは共産主義者だと思われるだろうね。つまり鬼だ。まあ、アカ鬼だな」
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