第19話 こわいこと 4

「待って、慌てることはないの。もし誘拐事件だったら、警察はあえて伏せているかもしれないからね。だけど、新聞記者とかが嗅ぎつけたら記事になってもおかしくないけど。この前、殺された子がいたでしょ。だからいまは伏せているかもしれない」

 どうすればいいのでしょう。

「考えないとね。あんたを誘拐した犯人は、あんたに薬を打って、女の子の服を着せて、こんなところに置いていった。それはなぜか」

 探偵ならすぐに解決です。でも、ぼくは探偵じゃない。探偵になりたいだけの子供なのです。

「新聞にも出ていないし、警察も捜していない。どういうことかしら」

 わかるはずがありません。

「子供は高く売れるって聞いたわ」

「そうね、想像するだけでも恐ろしいけど……」

 二人はその説に納得しているようです。

「誘拐してあんたをここに置いておく。あんたを買った連中がここに来て受け取る。なにか手違いがあって、その連中が来なかった。だから、あんたはここに置いておかれた」

 だとしても、ぼくにはなんの解決にもなっていません。

「家、わかる?」

「うん」

「住所は?」

 全部は覚えていません。だけど、通っている小学校はわかります。

「市立M小学校三年七組」

「M小? S線だろうね、たぶん」

「ああ、そうね。この間の殺された子の近所なんじゃないの?」

「うん。同級生」

 二人は顔を見合わせています。

「あんた、なにか見ちゃいけないものを見たんじゃないの?」

「犯人を知っているとか」

「そうよ。それで口封じ」

「まあ、怖い」

「すぐ、ここから出ましょう。もしかしたら犯人が戻ってくるかもしれないじゃない」

「五日間も来なかったのに?」

「死んでいるかどうか、確かめに来るかもしれないわ。売り飛ばすんじゃなくて、殺すために薬を打ったのかもしれないじゃない」

「怖いわあ」

 気持ち悪い言い方。野太い声なのに、女の人のような言い方をするからです。

 外は昼間でした。

 倉庫街。同じような倉庫が並び、向こうは海。ここは港なのです。古い港です。学校で習った海外の大型貨物船がひっきりになしにやってくる新しい埠頭ができたので、ここは忘れられてしまったのです。

 彼らに手を取られながらトボトボ歩いていくと交差点があって、その角に白いペンキで塗られたお店がありました。英語の看板やネオンがあります。外に乱暴にイスがいくつか置かれていて、雨にあたって汚れていて、商売をやめてしまったようにも見えます。

「ここだよ」

「覚えておきな、ハーフェンハオスっていうんだよ。ドイツ料理を出していたんだよ、昔はね」

「いまは店はやってないけどね。このあたりの人はみんな知っている」

 HAFENHAUSと電気の入っていない白いネオン管の看板。

 ガランとした店内に、ソファーやベッドが置いてありました。ぼくが寝かされていたマットレスを持って来たほうがいいかな、と思ったのですが、そこにはちゃんときれいなマットレスがありました。だけど、グレ太とガル坊が誘拐犯ではないとは断言できません。

 なぜなら、ぼくが着せられているこの服は、彼ら好みの服だからです。

「そこに座って」

 真っ赤でつるつるしたソファーに座りました。この着せられている衣装は窮屈で奇妙でした。布が多すぎてお尻の下が落ち着きません。

「おかしいわ。壁野なんて名前、載ってないわよ」

 ホクロのあるグレ太がY市の電話帳をしきりにめくっていました。

「電話、あります」とぼくは必死でした。

「電話帳に載ってないのよ」

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