第20話 おかしいわ 1
電話帳に載っていない? そんなはずはありません。
ぼくは見たことはないけど、すべての電話番号が電話帳に載っているはずです。それに、ぼくの家にはときどき電話がかかってきました。父も母も、仕事に関係しているらしい電話や、叔父さんや親戚からの電話に対応していました。それも毎日のように。朝だったり夜だったり、時には真夜中のこともありましたが、とにかく電話はとてもよく使っていたのです。
「呼びだしとか、共同の電話とかじゃなく?」
「違います。そういう電話機、ありました」
黒い電話機。1に指を入れて時計回りに回すと、すぐ戻ります。ジーッと虫みたいな音がして。0に指を入れて午後六時ぐらいの位置から、ぐるっと回わって午後四時ぐらいまで指先だけで回転させるのはなかなか大変です。そして達成すると長い時間、ジーッと鳴りながらダイヤルが元に戻ります。
「共同電話でも機械は同じだわよ」
「じゃあ、わかりません」
父も母も、とても素早くダイヤルを回すのですが、大人になったらかっこ良く電話がかけられるようになるのかな、と思ったりしました。受話器も大きくて重くて、大人のようにひょいと持ち上げるわけにはいきません。
興味はありましたが、ぼくは一度も電話に出たことはありませんでした。「もしもし」と言うんだと教わっていたものの……。
「いい、俊しかいないときに電話がかかってきても、出ちゃダメよ。出てもどうしようもないでしょう? わからないでしょ? だからダメなの。中学に行くまでは、触ってはダメ」と母には言われていました。
だから、ぼくは自分の家の電話番号を覚えていないのです。兄なら覚えているでしょうか。
兄や妹は、いまどうしているのでしょう。突然いなくなったぼくのことを、心配してくれているでしょうか。
急に泣きたくなりました。
「もうすぐお医者さんが来るから、ちょっと診てもらいましょうね。それからもっとあんたのことを調べないとね」
警察に行った方がいいのではないでしょうか。
「とにかく、おかしいわ。奇妙だわ」
「こんなこと、あるのかしらね」
グレ太はどこかに電話をかけました。
「そう。ちょっと調べてくれないかしら。もちのろんよ。急ぎに決まってるでしょ。できればすぐ。難しい? だから頼んでいるんじゃない。あなたと私の仲だもの。ひと肌脱いでくれないかな。O区M町に住んでる壁野って人。壁紙の壁、野原の野」
そう言ってぼくを見て、グレ太はウインクをして笑いました。ぼくの真似をしたのです。
しばらくグレ太は受話器からのびる黒いコードを指でいじっていました。太くて固い布で巻かれたコード。
「ふーん、そうなの? 本当にちゃんと調べたの? 全部見たの?」
しばらく相手の声が強く響きましたが、なにを言っているかまではわかりませんでした。
「ああ、うるさいやつ」とグレ太はガチャンと受話器を置きました。受話器がびっくりしたのでしょうか、チンと鳴りました。
グレ太はぼくにはなにも言いません。しばらく考えてから「耕一に頼もうかな」と言い出しました。
「ええっ、あの子、大丈夫?」とガル坊は露骨に嫌な表情をします。
「しょうがないじゃない。やるときはやる子よ」
「それが怖いのよ」
「ほかに頼める人、いる?」
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