第18話 こわいこと 3

「いま、電話してくるから待ってね」

 一直線になにかが向って来たのです。繁雄ちゃん、美枝子、そしてぼくに……。一体、なにが? 誰が? どうして?

 ふいに目の前の人が立ち上がります。アドバルーンの巨大風船みたいな体形。それが視界から消えました。ガタンと大きな音、そしてサッと白い光が、切り裂くように伸びてきましたが、すぐに細くなって闇に戻ってしまいました。

「あいつはグレ太。あたしはガル坊。双子なんだよ。驚いた?」

 二重に見えていたのではなく、同じ顔をして同じ姿をした人が二人いたのです。二個の派手な風船。

「以前は芸人をやってたんだけどね。いろいろあって、いまはこの界隈で暮らしてんだ。五日前にあんたを見つけて、それからずっと介抱してたんだよ。汗を拭いたり、お医者さんを呼んだり、水を飲ませたり……」

「おとうさん、おかあさんは?」

 彼は黙りました。

「ごめんね。あんたがどういう子かわからなかったからさ。下手に警察とかに言うと、あたしたちが面倒なことになっちゃうんでね。気がついたら、あんたは自分でどこかへ行くだろう? それまで面倒見ようって。だって、放っておくわけにいかないだろ。震えて、熱出して、汗かいて、うなされて、意識が戻らないんだもの。コレラかと思ったわよ。だけどあんたは、下痢はしていなかった。それにしても、あんた、ホントにかわいい。お人形さんだね」

 笑うガル坊。

 怖いのです。怖くて固まっていました。泣きそうになりますが、泣いちゃだめだと自分に言い聞かせます。ぼくは探偵。この事件をちゃんと解決しなくちゃいけない。誘拐犯を見つけ出すんだ。そしてみんなのところに帰るのです。

 それに第一、ぼくは殺されてはいけない。探偵は死んだらおしまいだ。そして必ずといっていいほど、悪い奴らから命を狙われる。それは誰よりも早く真実に辿り着くから。悪い奴らにとって、それが脅威だから。脅えるのはぼくじゃない。ぼくを誘拐したやつらなのです。

 繁雄ちゃんを誘拐して殺し、美枝子のお父さんを追い詰めて殺した犯人が、ぼくを誘拐したのでしょうか?

 鉄のドアが開いてまた光が差し込み、そのままにしておいて欲しいけど、バタンと閉じます。

 グレ太が戻ってきます。

「あたしとグレ太の区別はね、ここ。顎の横にホクロがあるのがグレ太ね。あたしはない。あたしは顔にはホクロがないの。どこにあるかは秘密」

「お待たせ」とグレ太は、ぼくにオレンジジュースの瓶を渡してくれます。

「飲んだほうがいいわ」

 この人たちは男です。女の人もしないような厚化粧と格好ですが、男を隠すわけでもありません。

 ぼくはジュースの瓶に口をつけました。甘い香り。夢中になって飲みました。ちょっとこぼしてしまいましたが、すべて飲みました。

「えらい、えらい」

 服についたジュースをタオルで拭きとり、瓶を受け取ったグレ太。すかさずガル坊がスプーンを差し出します。

 甘くて玉子の香りがする、ぷるぷるの食べ物がスプーンにのっていました。はじめて食べたそれは喉をつるんと通っていきました。

 お腹がすいている……。

 グレ太が持つ小ぶりの瓶を奪うと、その中に詰まったプディングをむさぼり食べました。これがプディング。甘くて柔らかくてとろけていく……。

「よかった。元気で」

「ヤバイ薬だったら、またおかしくなるかもしれないわよ」

「そこまでは、あたしたちの責任じゃないわ」

「それより、どうだったのさ」

 そうです。外に行ったグレ太は、ただジュースを買ってきただけではないはずです。

 顔を横に振っています。

「いい、しっかり聞きなさい、俊ちゃん」

 グレ太がぼくに告げます。

「あなたのことは、誰も探していない」

 そんな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る