第17話 こわいこと 2

「ん? いま、なんか言った?」

「言ったわよ。ちゃんと聞きなさいよ」

「おだまり!」

「あんたこそ」

 唇は閉じ、ギョロッとした目がこっちを見ています。笑っているのでしょうか。不気味な表情。目が大きく感じるのは、目の縁を描いて強調しているからですし、巨大な虫のような睫毛がパタパタしていて、それでいて眉は薄くて茶色いのです。

 白い肌もなにかを塗りたくっているのだと気付きました。

「ここは、どこですか?」

「どこかな?」

「バカ、クイズじゃないんだよ。ここはね、盾沖埠頭の横にある倉庫街だよ」

 たておきふとうのよこにあるそうこがい。

「名前は? 言える?」

 ぼくはそこまで子供じゃない。もう子供用のイスなしでレストランでミートボールを食べることができるのです。

「壁野俊」

 今度はその人たちが「かべのしゅん」と平仮名で口にしています。何度も。

「壁紙の壁、野原の野、俊敏の俊」とぼくは最近覚えた言い方で、自分の名を強調しました。

「うん、わかった」と彼らはうなずきました。

「ぼくの、ランドセルは?」

「え?」

 このとき、はじめてぼくがどういう状況なのか、あたりを見回したのです。

 とても天井の高い薄暗い建物。近くに電灯がいくつかぶら下がっていて、そのオレンジっぽい光は頼りなく、いまが朝なのか夜なのかもわかりません。

 剥き出しのマットレス。ビスみたいなものが点々とへこみを作っていて、ちょっと湿っています。

 なによりも驚いたのはぼくの服装。手首まである袖。そこにはひらひらとしたレースの飾りがついていて、オレンジの光を浴びて輝いています。袖を肩までたどると、肩はなにかが詰めてあって少し盛り上がっています。そこから腰に向って、曲線的に縫われていて、やがてそれは足元に向って広がっていくのです。胸元には、二列にボタンが六個。

 これは、女の子の服装です。それも、外国のお人形が着ているような。

「やっぱりそうだよね」

「うん、だと思った」

「あんた、男の子だよね」

 ぼくは激しくうなずきました。すると首や頭がまだ痛いのです。ぐわんぐわんとなって、さっきまで落ち込んでいた気持ちの悪い夢に戻りそうになります。

「急に動いちゃだめ」

「だって、あんた、五日間もそうしていたんだよ」

「すごい熱と汗でさ」

「伝染病かと思ったけど、これがあったからね」

 白い顔の人がいきなり袖をまくりました。

 そこには黒ずんで見える小さな痣。

「内出血だよ。なにか注射されたね」

「それも乱暴にね。上手にやればこんな酷い内出血は残らないはずだものね」

「医者や看護婦さんじゃないんだろうさ」

「ああ、悪いやつだろう。覚えていないかい? 誰かに注射されただろう?」

 まったく覚えていません。

 倒されて、「大丈夫?」とか聞かれたような気がして、そこから意識がないので、その人はぼくを助けるふりをして、その注射をしたのでしょうか。

「ヒロポンかね」

「子供にヒロポンなんて……。死んだらどうする気だろうね」

「変質者だよ。男の子に女の子の服を着せて、こんなところに連れ込んで」

 ぞっとしました。

 村井繁雄。誘拐されて殺された彼のことが浮かびます。ぼくも、もしかしたらそうなっていたのかもしれません。繁雄がどんな風に誘拐されて、どんな風に殺されたのか、もっと探っておくべきでした。

 探偵なら当然、そうすべきだったのです。

 こんな初歩的なこともできないなんて。

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