第26話 わからない 2

 ぼくは警察に保護されてもいい。その結果、家族に会えれば。

 グレ太やガル棒や耕一は、すべて幻想の存在で、父母、兄、妹がいない世界ならぼくにはなにをどうしていいのかもわからない。

「引っ越し先を聞かなくちゃ!」

 ぼくはわめきました。

「会いたいよお、帰りたいよお!」

 耕一は黙ってクルマを走らせます。砂利道で水たまりにはまって大きく傾いたり、タイヤが砂利を跳ね飛ばしたりしながら。

「家はどこ?」

 少し冷静になったぼくは、見慣れた路地に勇気付けられます。家に行ってみれば、なにかわかるかもしれないから。家族がいるかもしれない。近所の人がなにか知っているに違いない。

 だってずっとそこに居たんだから。

「そこをまっすぐ行って……」

 毎日歩いていた道を教えます。

 住宅地の迷路。同じような家が並んでいて、ぼくも時々、わからなくなります。不安になります。だけど、間違いないない。斜めの電柱がある角の二つ先を右に曲がると坂道になって、その左側。

 ギーッとサイドブレーキを引いて、坂の途中にクルマを停めました。今度はエンジンはかけたままです。

 そして「じっとしていろ」と念を押されました。

 彼は三段の階段を駆け上がり、低い鉄製の門を開けようとし、ガチャガチャと音を立てました。長身の彼は門を飛び越えて中へ入りました。低い生け垣の向こうに彼の頭が見えています。玄関。勝手口。ぐるりと向こう側の庭へ消えていき、しばらくして門に戻ってきました。

 門の隣りにある庭を潰して作ったブロック造りのガレージ。その扉を難なく開けて中を覗き込みました。

 門を飛び越えて戻ってきました。

 怖い顔をしています。

「誰もいない。門にチェーンが巻き付いている。表札もない。ガレージも空だ」

 いよいよおかしなことが起きているのです。

「そんなはずない!」

 ぼくは車から飛び出して、階段を上がりました。

 太いチェーンが門にがっちり食い込んで、大きな南京錠で留められていました。門を耕一みたいに乗り越えたい。なんとか飛び上がろうとしているとき、耕一に背後から抱き止められました。

「やめろ。ムダだ」

「だって!」

 倉庫で目覚めてからぼくはずっと半泣き状態です。いまもボロボロ、涙が出ます。こんなのウソだ。なにかがおかしい。世の中がおかしい。みんながおかしい。

「近所の誰か、知ってるか?」

「うん」

 美枝子は引っ越してしまったけど、その向こうには誘拐された繁雄の家があります。繁雄の家族はぼくを知っているのです。学校へ行く前からの友達だったから。

「繁雄君の家に行こう」

「どこだ」

「坂を下って最初の角を右に曲がって右側」

 自分でもちゃんと言えて不思議でした。

「あそこか?」

 ぼくが住んでいた家の向いが昔、美枝子の住んでいた家で、その裏側は誘拐されて殺された繁雄の家です。

 ですが、そこには信じられない光景が広がっていました。

「なんで! なんでなの!」

 大声でわめいていました。静かな住宅地にぼくの声が響き、どこかで犬が吠えていました。

「落ち着け」


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