第27話 わからない 3

 耕一になだめられながら、ぼくは、そこに広がる見たこともない光景に釘付けになっていました。

 真っ黒になった柱のようなものが何本か立っていて、まるで荒れ果てた墓場です。地面は黒焦げのなにかが積み重なって、濡れて光っているところもありました。繁雄の家や、その向こう側にあった家まで、すっかり無くなってしまっています。

「ここにいろ。動くなよ、絶対に」

 耕一に言われなくても、ぼくは動けなかったでしょう。

 なにがあったのでしょう。

 空が広い。家があったはずのところが、虚しい空間になっているのです。美枝子の住んでいた家の裏側が見えています。

 しばらくして耕一は戻ってきました。

「なにもかも、消えたな。ひでえもんだ」

「し、死んでないよね」とぼくは呟いていました。ここでみんな死んでいたらと思うと、気が狂いそうだったのです。

「あとで調べよう。だが」と耕一は、「たぶん人は死んでいない」と言いました。

「どうしてわかるの」

「なんとなく」

「なんとなくなんて……」

「おれにはわかるんだよ。死の臭いがね」

 根拠はわかりませんが、とりあえず耕一に逆らってもしょうがないのです。

「ここには死の臭いはしない。臭いけどね」

「なんのニオイ?」

「悪党たちのニオイ」

 耕一は、隣りの隣りの家へ行き「すいませーん」と声をかけ、そこにいる誰かと話し込んでいました。ぼくも聞きたかったけど、顔を出さない方がいいと言われて車の中で待ちました。

「やっぱりだ。放火だ。警察は事故だって言っているけどね。それから、あそこでは誰も死んでいない。確かめたよ」

「ありがとう」

 帰り道。耕一は、ぼくを小高い丘の上にあるドライブインに連れていきました。

「おまえの腹が、グーグーってうるせえよ」

 彼にも聞こえたようでした。

「ここは、ハンバーグがうまいんだ」

 駐車場にはピカピカの自動車が何台も停まっていました。一度、乗ったことのある赤いクルマに似たような大きなやつもあります。

 カランカランとドアについたベルを鳴らして入ると、アロハシャツを着た若いグループや、スーツを着たおじさんたちが大勢いました。みんなソファーのようなゆったりした席で楽しそうです。

 せっかくのレストランでも、ぼくにはみんなのような楽しさは、感じられなくなってしまうのでしょうか。自分だけ違う、誰とも違う。みんなは家もあるし家族もいる。誘拐されてもいない。そんな事件は新聞で読むだけ。

 二度とそっち側に戻ることはできないのです。繁雄の家が燃やされてしまって誰もいなくなっているのを見て、深くそう感じたのです。うちは閉じられて誰もいなくなっていただけですが、あそこは燃やされたのです。何者か。悪党のニオイのする連中によって。

 そいつらは、ぼくを誘拐して倉庫に放り出したのです。父母や兄や妹をどこに連れ去ったのでしょう。平気で誘拐をしたり家を燃やす連中なのですから、みんながどんな目に遭わされているかわかりません。

 分厚いメニューを持った若い女の子が来ました。

「お席にご案内します」

 幸せな人たちの間を抜けて、ジュージューと音を立てて肉を焼いているキッチンの近くの席に行きました。

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