第25話 わからない 1

 クルマは見慣れた街並みに入り、気付けば学校の前に停まっていました。

 耕一はクルマを停めてエンジンを切り、外に出てタバコを吸います。なにか考えているらしく、ぼくにおとなしく座っていろ、と言いました。

 タバコを捨ててブーツで揉み消すと、彼は一人で学校へ入っていきました。

 プレハブの校舎をまだ建設していて、狭くなった校庭には生徒たちが走り回っています。子供たちの声がこだまのように響いています。

 誘拐されたのはここからの下校時。その時まではあれほど日常としてぼくの大切な場所だった学校ですが、いまは他人行儀です。とても耕一について行く気になれませんでした。

 いい匂いがしてきました。お腹がグッと鳴っています。

 しばらくして耕一が戻ってきました。黙って運転席に座り、タバコを吸い始めました。自動車の灰皿はかなり汚れていて、吸い殻があふれそうです。

「一緒に来るか。おまえ何組? 何先生?」

「三年七組。桐山先生」

「桐山紀音子だね」

 フルネームでは覚えていません。

「たぶん」

「よし、来い」

 授業中の学校。ぼくだけがそこでは異質です。お馴染みのプレハブ校舎は鮮やかな緑色で、背景の生け垣と似合っていますが、遊び場だった校庭を潰している不自然な存在です。

 黒い板に白く書かれた三年七組。キンコンカンコンとチャイムが鳴って休み時間となりました。午前中の授業はもう終わりです。給食の時間はとても慌ただしいので、走って出ていく生徒たち。

「あ、俊ちゃん!」

 何人かがぼくに気付いてくれますが、見知らぬ男と一緒なので怖がって近づきません。そして桐山先生がやってきました。キュッと中央に向って突き出たような顔。細くて鋭い目がさらに険しくなっています。

「どうしたの、俊君」

「すみません、この子はここの生徒ですよね?」と耕一が前に出ます。

「確かに生徒でしたわ。あなたは?」

 耕一は「お父さんの友人です」と言いましたがとうてい信じては貰えそうもありません。

「ではご存じですわね。引っ越しされたの」

「引っ越し?」

 先生の言う引っ越しの日は、ぼくが誘拐された二日後なのだ、とあとで耕一が教えてくれました。

「詳しい話をうかがいたいわ。あちらでお待ちいただけません?」と本校舎の職員室へ誘います。

 耕一は、ぼくの腕をぎゅっと掴み「そうですね。ぜひ」と答えたのに、先生を先に行かせてかなり距離が離れると「行くぞ」と反対側へ歩きはじめます。

「ちょっと!」

 先生が声をかけてきたのを合図に、「走れ」と言われて耕一に引っ張られていっきにクルマまで戻りました。

「ねえ、どうして戻るの?」

「あのまま学校にいたら警察に通報されて、おれが誘拐犯にされちゃう」

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