第24話 おかしいわ 5

「原潜なんてさ、間違いなく原爆を積んでるわけだからさ。ぜったいに入港させちゃいけないんだよ」

 原爆はわかります。とんでもない爆弾。いま、アメリカとソ連、中国はそれよりすごい水爆を作っていて、そういうニュースをよく見ます。南の海で実験をしたりして問題になっているのです。

「休戦から十年経ったけど、どうなるかわからないしな……。サンパルソンとグンサブンゲソンは正確には違うけどな」

 耕一はまたしてもよくわからない言葉を発しています。ぼくに伝わっていないことなど気にしていません。

 恐らく朝鮮戦争のことでしょう。ニュースなどでなんとなくわかります。すぐ隣りの国で十年前まで戦争があったのです。ただ、ぼくの周囲にはその影響はまったく感じることはありません。原爆も水爆もおっかないですが、毎日の学校や宿題や晩ご飯とはかけ離れた世界です。

 そもそもこの日本は、ぼくの生まれる十数年前まで戦争をしていて、原爆をはじめたくさんの爆弾を落とされて負けたのですが、その実感はまったくありません。

「なあ、おれ、何歳に見える?」

「わかりません」

「ちょっとは考えろよ、坊主」

「坊主じゃありません」

「俊ちゃん。少しは考えてください」

「はい。うーんと、えーと」

「お父さんとおれとどっちが若い?」

「耕一さん」

「そうか。で、お父さんは何歳?」

 兄の三十歳上。ぼくは九歳。兄は七つ上で十六歳。で、兄の三十歳上だから……。

 無性に会いたい。いますぐ会いたい。こんなところにもういたくない。みんな、ぼくを置いてどこに行ったんだ。

 叫び出したいし、泣きわめきたいけど、ぐっと堪える。耕一やグレ太やガル坊はどんな人かわからないけど、ぼくが暴れたぐらいでなにかしてくれる人たちではなさそうだ。いま、耕一は、ぼくをかなり大人扱いしてくれている。それに応えることで、壊れた秩序が戻るかもしれない。

「父は四十六歳だと思います」

「へえ。そう。じゃ、あんまり変わらないな。おれも四十越えてるから」

 なんと返事をしていいのかわかりません。

「お父さんも戦争に行ったんだろう?」

「はい。中国にいたそうです。それからシベリア」

「シベリア、か」

 彼はしばらく運転に集中していました。

「その頃の話、お父さんはおまえにする?」

「いえ。まったく」

「うん。だろうね。で、お父さんはなにをやってるの?」

「タクシーの運転手です」

「乗せてもらったこと、ある? このクルマ、タクシーでもよく使われているよ」

「えっ、そうなの? タクシーは乗せてくれなかったけど、三回ぐらい赤い大きな自動車に乗せてもらった」

 二年ほど前。小学校に入って間もなく。ある日、家の前にすごく大きな真っ赤な自動車が停まったのです。羽が生えたような形でピカピカでした。

「アメリカのクルマか?」

「たぶん」

 前のタイヤの上の大きな膨らみがとても大きく、そこから後部へ流れるような線。後方に羽のように盛り上がっていきます。小さなドア。屋根が開きます。タイヤには白い線が入っていて、銀のホイールキャップもピカピカでした。席も、こんなに狭くなくて、なんといってもフカフカで、空を飛んでいるような気分でした。

「どこに行ったの?」

「箱根に二回。それとどこだったか忘れたんですが、富士山の近く」

「いいねえ。箱根で遊んだのか」

 最後に行った箱根は雨が降っていました。ぼくは母や妹と遊びましたが、父と兄はいませんでした。ホテルにぼくたちを置いて、しばらくどこかへ行っていたのです。どこだかは知りません。

 そういえば、兄は一度もその車に一緒に乗っていないのです。

 うちの中では、父や母や兄の行動をあれこれ聞いたりすることは、いけないことでした。必要なことは教えてくれるので、それ以外のことは考えたりする必要はないと教わってきました。

「知らなくていいことは、知らないままにしておくのよ」と母はよく言うのでした。

 探偵としては、それは失格です。なにもかも、知らないではいられないのが探偵なのですから。だから、ぼくは探偵になりたいのです。なにもかも、知りたいのです。

 そして謎を解き明かさなければ。みんなとまた会わなければ……。

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