第23話 おかしいわ 4
女医の帰ったあと、すぐにぼくは膝が隠れるほど大きな短パン、何度も洗って伸びてしまったらしいランニングシャツ、耕一と同じような吊りバンドをします。その上から首がだぶだぶの黒いセーターを着ました。どう調整してもズボンはカッコ悪いほど大きく、ずり落ちている感じがします。
靴下は赤く、サンタクロースを思わせます。「それしかなかったの」と言われました。靴は、汚れた紐のついていない突っかけるもので、踵の隙間に指が何本も入るぐらい大きいのですが、仕方がありません。つま先に新聞紙を丸めて詰めてはくれたのですが……。
「あとで、調達しておくわ」とグレ太たちが言ってくれました。
「ありがとうございます」とお礼を言うと、「この子ったら」と彼らがくねくねして喜んでいる姿は、ディズニーの映画で見た踊るカバたちに似ていました。
「最高時速は百キロだ」
耕一の車の助手席。小さな車です。
耕一の自動車は、トントンと妙な音を立てるエンジンで、ブルブルと車体が揺れながら走ります。彼には小さすぎるのではないでしょうか。運転席でハンドルにしがみつくようにしながら前屈みになっています。
「なんてクルマですか?」
ぼくは助手席で三角窓をいじっていました。
「これか? カトルシュボ。4CVって書くんだ。通称、カトルとか亀の子とか。歩みはのろいってな。乱暴な運転すると、すぐ壊れるんだよ」
乱暴そうな耕一ですが、運転は丁寧です。それはクルマを壊したくないからでしょう。
「日野ルノーって言ってさ、フランスのクルマなんだけど日本で作っているんだ。フランス製よりも出来はいいって言う人もいるけどね」
道路の善し悪しで、ガクンガクンとぼくたちは跳ねます。たまにドンと跳ねると、耕一は天井に頭をぶつけて「チェンジャン」と怒鳴ります。それから「ちくしょう!」と呟きます。
似たような屋根の丸いクルマが何台も走っています。そこを船のように大きなオープンカーが猛スピードで抜いていきます。
「ああいうクルマ、欲しいけどねえ。ぶっ飛ばしたいよなあ」
市電の走る舗装された道から、砂利道。細いけど舗装されている道。そして片側を巨大なロードローラーが何台もゆっくり動いて舗装していたりします。たくさんの人たちが、その前でスコップを使って作業をしています。
熱いコールタールの臭い。
「ここさ、米軍が戦車を通すんだよ。だからカネかけて舗装しているんだ。S市ってY市の南側にあるんだけど、そこに軍港があって、そこからここを通って、A市の米軍基地まで行くわけだ。おまえが住んでいたところは、その途中あたりにある」
「戦車は見たことがありません。ジェット機はすごく低く飛ぶときがあります。ドーンってものすごい音が聞こえたりします」
「タイガーだよな。F11。頭来るよな」
別に頭には来ませんが、耳を塞がないといけないほどのすごい音や、ガラス窓がビリビリ振動することもよくありました。
「いまさ、世の中、原潜で揉めてるだろ?」
げんせん……。ちょっとわからない。
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