第45話 おおあわて 3
甘辛い煮付けの湯気が船内を満たしていきます。その男は、捨てる部分を持って来た空き缶に入れて、竹カゴに戻します。
「野良猫にやるんだ」と耕一がぼくに教えてくれます。
「よお、耕一。あれ、見てくれた?」
手を洗った男。最初は感じた臭さが、いまは気になりません。
「ああ。これか」
本棚の裏から、クッキーの缶を引き出しました。
ドキッとしました。あの缶です。ぼくが触ったことがバレるでしょうか。
テーブルの上で缶を開けました。
「こんなもの、どうするんだよ」
「やるんだよ、革命をさ」
魚屋さんだと思い込んでいた小柄な男から、意外な言葉が飛び出してびっくりしました。
「なんだ小僧、驚いたか」
紙火薬、そして革命。それがあまりにも突飛な組み合わせで驚いたのです。
革命とは、『資本論』を書いたカール・マルクスの考え方で、簡単に言えば、資本家たちによる労働の搾取によって社会には矛盾の種が撒かれ、それが大きくなっていくことによって最終的には社会革命が起こり、労働階級独裁、プロレタリアートつまり賃金労働者階級による独裁国家が誕生するのです。この段階で、無産階級である労働者によって資本家階級は破壊されます。
資本主義が壊滅すれば、資本主義の骨格である市場や貨幣、そして賃金労働そのものが消えてしまい、まったく新しい社会が誕生するので、それを共産革命と呼んでいたのです。
大量の本を読んで、さまざまな言葉が頭に詰まっていて、引き出しを開けるとこんがらかったタコ糸が見つかったようなものなのですが……。
それをほぐすことはできないので、眺めて、この糸はあっちにつながっているんじゃないかと推測するしかありません。
しかも、浮かんだ言葉を口にするなと耕一に言われたので、質問もできません。
謎を解くのもそんな感じでしょうか。こんがらがった糸を解くのではなく、こんがらがったまま観察して、なにとなにが繋がっているかを見分けていくのです。見分けたり、見えない部分は想像したり……。こっちに見えている糸が向こう側へ消えて見えなくなっても、その先が再びこちら側に出てきている。出ている糸を見れば、それが向こう側でどうなっているか想像できる……。
想像すること。観察すること。
大事なことかもしれません。
「ぼくね」と口を思わず開いていました。
耕一に睨み付けられました。おっかない顔をして、しゃべるな、というのです。
「こんな子供に、わかるわけねえだろ」と耕一は言いました。耕一の手が、テーブルの下でぼくの太ももをぎゅっと掴みました。なにも言うな、という合図でしょう。ぼくは、ただその指を払い除けながら、何度もうなずいて口をつむっていました。
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