第44話 おおあわて 2
「おれは、そのやり方では、結局、少数の指導者たちがエリートとして支配層に君臨するだけだと思う。いまの支配者を皆殺しにして、自分たちに反対する者を刑務所に入れるなら、戦時中の日本と同じだよ」
耕一の言葉は厳しいですが、口調は穏やかです。
「たとえば、おれは探偵みたいなことをしている。探偵は警察じゃない。なぜだ?」
「法律ですよね」
「法律は公権力に法の下での行使力を与える。他人の権利に踏み込める。逮捕して拘束する。取り調べる。なんのため?」
「犯人を見つけて処罰する。正義のため」
「正義? 正義か……」
ぼくたちがなにかの「ごっこ」をするとき、最後に勝つのは正義の味方であるヒーローなのです。正義が実現しなければ、世の中は大混乱の中で多くの不幸が生まれてしまうのです。悪いやつがはびこって、いい人たちは苦しめられてしまうのです。
「正義のためというけど、要するに法を守るためなんだ。犯人を見つけて処罰することよりも、法を守ることが大事。彼らは真実を世に知らしめたいわけじゃない。正義を実現するだけでは満足できない。法治国家として法を執行することが一番大切なことで、そのための最短ルートを取ろうとする」
「探偵も犯人を見つけるんでしょ?」
「目的が違う。探偵は法を行使したいわけじゃない。ただ真実を知りたいだけだ。その真実は、正義の側にも悪いやつらの側にも、どちらにとっても明るみにしたくないことかもしれないよね。探偵にとっては真実がすべて。だから、探偵は反体制なんだよ」
正義にも悪人にも味方しない、ということなのでしょうか。そんな探偵って、あるのでしょうか。悪いことをした人を見つけて、法の下で裁くために明るみに出すことが目的ではないのだとしたら、探偵ってなにをする人なのでしょう。
ぼくにはよくわかりませんでした。
ギシギシと板が鳴り、微かに船が揺れました。
「誰だ」
耕一は素早く外が見える小さな穴へ向いました。
「なんだ」と拍子抜けしたようです。
コンコンとノック。
「今ごろ」と言いながら、耕一が入り口を開けてやると、ぷーんと魚の臭いがしました。
「よっ、どうだ、元気か」
威勢のいい声がしてどかどかと部屋に降りてきたのは、小柄な男でした。
「はい、これ」
テーブルに竹カゴを置きました。
「なんだよ」
「イワシ。いっぱい釣れた。アナゴとアイナメも少し。食えよ。うまいぞ」
「どうやって」
「さばいてやる。借りるぜ」
男は長靴を履いていて、五分刈りの頭にタオルを巻き付けていました。
狭いキッチンで彼は魚をさばいていきます。
「刺身とフライとつみれ。アイナメは煮付けたよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます